第2章 毒の博物館 2-4 菌類の毒のいろいろ、および、コラム07 間違えやすい毒きのこ:「特別展「毒」」見聞録 その12
2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。
同展「第2章 毒の博物館 2-4 菌類の毒のいろいろ」([2],[3]のp.60-69)では、様々な毒きのこやカビが展示された。なお、きのこの食毒を見分けるための万能の方法は存在しない(図12.01,[4])。
幻覚症状を引き起こすきのことして、ヒカゲシビレタケ、ワライタケ、および、オオワライタケが展示された(図12.02)。
ヒカゲシビレタケとワライタケはマジック マッシュルームの一種で、サイロシビン(シロシビン)とサイロシン(シロシン)を含む。
サイロシビンやサイロシンは、中枢神経系に作用し、中枢神経の興奮や麻痺、ならびに、幻覚を引き起こす。主な症状は幻覚、酩酊状態、狂乱、発熱などで、食べてから15~60分後に現れる。
食べた後、2週間~4カ月後に、飲酒やストレス、睡眠不足、他の薬物の服用などによって幻覚などの精神症状が再び現れる「フラッシュバック現象(再燃現象)」が起こることがある([5],[6])。
一方、治療抵抗性のうつ病患者へのシロシビンの投与で治療応答が見られたことが報告された。その作用は脳の機能的ネットワーク間の接続性を高めることによるもので、これは従来型の抗うつ剤エスシタロプラムでは見られない作用機構である。この知見は、うつ病の治療抵抗性の原因となる経路についての手掛かりとなる可能性がある([7])。
セロトニン5-HT2A受容体は脳の様々な部位に発現するが、部位によって発現量や周囲の環境が異なり、シロシビンの作用も変わってくると考えられる。そこでマウスの脳から、ある領域のセロトニン5-HT2A受容体を遺伝的に取り除いてシロシビンを投与する実験が実施された。1つは大脳皮質、もう1つはその内側にある大脳皮質下のうち、よく分かっていないものの「ストレス関連領域」と考えられている領域である。すると、大脳皮質のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは幻覚が起きず、抗うつ作用を発揮した。一方、大脳皮質下のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは、幻覚が起き、抗うつ作用は出ないという結果が得られた。
このことから、シロシビンの幻覚を見せる脳の部位と、抗うつ作用を発揮する脳の部位は、違うことが明らかとなった。理性や認知などの高次脳機能のみならず、実際の視覚など感覚入力にも関わる大脳皮質が、幻覚にも大きく関わっていそうだという結果もさることながら、大脳皮質下のあまり機能が明らかではなかった領域のセロトニン5-HT2A受容体が抗うつ作用に関わっていることや、それを取り除いてしまってもシロシビンによる幻覚が出るという非常に興味深い結果が出た([8])。
オオワライタケの毒成分は、苦味成分でもあるジムノピリンである。マウス中枢神経を興奮させる活性があるが、ラット脳神経細胞を活性化しない。一方、メタノール抽出物はラット脳神経細胞を活性化する物質だけでなく、グルタミン酸他異なる複数の活性化物質や心筋の機能不全に関係する物質も含む([9])。
痙攣などを引き起こすきのことして、ベニテングダケ、サクラタケ、および、カヤタケが展示された(図12.03)。
ベニテングタケは、イボテン酸、ムッシモール(ムシモール)、ムスカリンなどを含む([10])。なお、長野県において、ニホンリスが、ベニテングタケやテングタケを日常的に食べていることが明らかになった。同じ個体のニホンリスが数日間にわたってテングタケ属の子実体を食べ続けていたことから、ニホンリスは毒キノコを安全に摂取している可能性が高いことが分かった([11])。
サクラタケとカヤタケも、ムスカリンを含む([12],[13])。
イボテン酸はアミノ酸の一種でその化学構造がグルタミン酸に類似することから、中枢神経系に最も豊富に含まれる神経伝達物質グルタミン酸の受容体アゴニストとして作用し、興奮毒性とよばれる強力な興奮作用を引き起こす。また、このイボテン酸は容易に脱炭酸し、ムッシモールに変化する。ムッシモールは、抑制性伝達物質であるγ-アミノ絡酸(GABA)の受容体アゴニストとして作用し、その致死量はイボテン酸と比較して数倍低いとされている([14])。
一方、ムスカリンは毒性だけでなく、自律神経(副交感神経)刺激作用を持っている。ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合し、アゴニスト作用を示すことに起因する([15])。
悪酔いを引き起こすきのことして、ホテイシメジとキララタケが展示された(図12.04)。
ホテイシメジは(E)-8-オキソ-9-オクタデセン酸などの共役エノン、ジエノン構造を含む脂肪酸を有する。それぞれの脂肪酸の酵素阻害活性は高くはないが、足し合わせると高濃度で含まれている([16])。
ヒトヨタケはコプリンを含む(16)。
キララタケもまた、アセトアルデヒド分解障害を引き起こす([17])。
腹痛などを引き起こすきのことして、コガネタケ、クロハナビラタケ、および、ヒメカタショウロが展示された(図12.05)。
コガネタケなどは青酸産生きのことされているが、全ての分析は分光工学的に行われたもので、他の妨害物質の影響を避けることはできず、真の証明をした報告ではなかった([18])。
クロハナビラタケは誤食によって激しい腹痛と下痢を引き起こす([19])。
ヒメカタショウロの毒は記載されていな一方で、ニセショウロは毒成分としてスクレロシトリンを含有するが、詳しい毒性は不明である([20])。
細胞破壊を引き起こすきのことして、ドクツルタケ、ウツロイイグチ、および、コレラタケ(ドクアジロガサ)が展示された(図12.06)。
ドクツルタケはアマトキシン類(a-, b-, g-, e-amanitin)やファロトキシン類(phalloidin、phallacidin)などの環状ペプチドを含み、RNAポリメラーゼII阻害作用を有する。
中毒症状としては、毒成分としてアマニタトキシンを含むためタマゴテングタケによる中毒と同様の中毒を起こす。非常に強毒であるため、死亡例がある。タマゴテングタケの症状として特徴的なものは、中毒症状が2段階に分けて起こる点である。比較的潜伏期間が長いのが特徴。食後6~24時間ほどしてコレラ様の症状(嘔吐、下痢、腹痛)が現れるが1日くらいで回復する。その後4~7日くらいして肝臓肥大、黄疸、胃腸の出血などの内臓の細胞が破壊された結果の症状が現れ死に至る(14,16,[21],[22])。
ウツロイイグチは毒タンパク質であるボラフィニンを含む(16,[23])。
コレラタケはアマニチン類を含む([24])。
余談だが、スギヒラタケは古くより食用とされてきた。しかし、腎臓に疾患のある人を中心に急性脳症を起こすことが分かってきた。その主な症状は意識障害、不随意運動、上肢振戦、および、下肢脱力と報告されている。
毒成分は現在まで不明であるが、シアンを含有する。シイタケやマイタケなど食用のキノコにはない共役型脂肪酸類(エレオステアリン酸など)のほか、異常アミノ酸類やレクチンを含有する([25])。
特殊な中毒症状を引き起こすきのことして、ドクササコとカエンタケが展示された(図12.07)。
ドクササコは末端紅痛症を引き起こす。早い場合は食後6時間程度、遅い場合は1週間程経過してから、手足の先端が赤く腫れ、激痛を伴いこの症状が1カ月以上続く(冷やすと症状は軽減する)。
毒性成分は、アクロメリン酸類(強毒成分で、構造内にグルタミン酸構造を含む)、クリチジン類(弱毒成分)、スチゾロビン酸、スチゾロビニン酸、および、異常アミノ酸などである(13,16)。
カエンタケは食後30分から、発熱、悪寒、嘔吐、下痢、腹痛、および、手足のしびれなどの症状を起こす。2日後に、消化器不全、ならびに、小脳萎縮による運動障害など脳神経障害により死に至ることもある。
毒性成分はトリコテセン類で、毒性は強く、食べても、触っても毒である。死亡例もある。
トリコテセン類には、環状トリコテセン類のサトラトキシン(satratoxin)H類、ベルカリン(verrucarin) J、および、ロリジン(roridin)Eが含まれる(16,[26])。
「コラム07 間違えやすい毒きのこ」(図12.08)で、食用きのこと間違えやすい毒きのこが展示された。
クサウラベニタケは、ハタケシメジ、ホンシメジ、および、ウラベニホテイシメジなどに似ている(図12.10,[27])。
カキシメジは、チャナメツムタケ、ニセアブラシメジ(クリフウセンタケ)、シイタケ、および、マツタケなどに似ている(図12.11,[28])。
ニガクリタケは、クリタケに似ている(図12.12,[29])。
オオシロカラカサタケは、カラカサタケに似ている(図12.13,[30])。
最後にマイコトキシン(カビ毒)産生菌として、アフラトキシンの生産菌Aspergillus flavusと代表的な赤かび病菌Fusarium graminearum(トリコテセン類のカビ毒を産生する)が展示された(図12.14,図12.15,[31],[32])。
赤かび病菌Fusarium graminearum(フザリウム・グラミネアラム)種複合体は小麦に感染して、赤かび病を引き起こす(図12.16,[33])。
「第2章 毒の博物館 2-4 菌類の毒のいろいろ、および、コラム07 間違えやすい毒きのこ」の執筆のために参考文献を調べたとき、私はこう思った。
「幻覚症状、痙攣など、細胞破壊、および、特殊な中毒症状を引き起こすきのこやその毒は詳しく調べられている一方で、悪酔いや腹痛などを引き起こすきのこやその毒は余り調べられていない」。
また、食用きのこと間違えやすい毒きのこの区別はプロでも難しいことを痛感した。実際、2014年09月20日に「道の駅くつき新本陣(滋賀県高島市朽木市場777)」で販売されたパック入りキノコに、毒キノコ(ツキヨタケ)が混入していた可能性があったわけだし([34])。
そして、アフラトキシン生産菌Aspergillus flavusと麹菌Aspergillus oryzaeは祖先が同じであることも知った([35])。
なお、本記事は非常に書き応えがあった。
参考文献
[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年06月28日).
[2] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“第2章 毒の博物館”.特別展「毒」 ホームページ.展示構成.https://www.dokuten.jp/exhibition02.html,(参照2023年06月28日).
[3] 特別展「毒」公式図録,180 p.
[4] 株式会社 キノックス.“きのこ驚きの秘密・その4 食毒の見分け方の迷信”.キノックス トップページ.きのこ博士.きのこの秘密.https://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/himitu/himitu04-1.html,(参照2023年06月28日).
[5] 一般社団法人 北海道薬剤師会.“マジック マッシュルーム”.北海道薬剤師会 ホームページ.道民の皆様へ.ほっかいどう・おくすり情報室.http://www.doyaku.or.jp/guidance/drug_info_01.html,(参照2023年06月28日).
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[7] シュプリンガーネイチャー・ジャパン株式会社.“神経科学:シロシビンによるうつの治療で脳の接続性が高まる”.Nature Japan ホームページ.注目のハイライト.2022年04月12日.https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/14044,(参照2023年06月29日).
[8] 学校法人 名城大学.“幻覚剤の、抗うつ薬としてのメカニズムと可能性を探る”.名城大学 ホームページ.MEIJO RESEARCH.特集.https://www.meijo-u.ac.jp/sp/meijoresearch/feature/medicine01.html,(参照2023年06月29日).
[9] 国立大学法人 鳥取大学.“毒きのこの子実体生産と化合物ライブラリーの商品化”.鳥取大学研究シーズ集 トップページ.アグリ・バイオ.きのこ中に含まれる新規生理活性物質探索.鳥取大学ビジネス交流会配付資料.http://www.cjrd.tottori-u.ac.jp/seeds_cgi/files/20110509161342_pdffile02.pdf,(参照2023年06月29日).
[10] 厚生労働省.“自然毒のリスクプロファイル:キノコ:ベニテングタケ”.厚生労働省 ホームページ.政策について.分野別の政策一覧.健康・医療.食品.食中毒.自然毒のリスクプロファイル.https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/kinoko_18.html,(参照2023年06月29日).
[11] 国立大学法人 神戸大学.“「毒キノコ」とニホンリスの関係 ~ ベニテングダケを食べるニホンリス ~”.Research at Kobe ホームページ.研究ニュース.理学研究科.2022年01月05日.https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2022_01_05_03.html,(参照2023年06月29日).
[12] 公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会.“サクラタケ Mycena pura (Pers. : Fr.) Kummer(キシメジ科 クヌギタケ属)”.農林水産・食品産業技術振興協会 ホームページ.読み物コーナー.植物ときのこの話.野生きのこの世界.きのこの種類.さ.https://www.jataff.or.jp/kinoko/329.htm,(参照2023年06月29日).
[13] 厚生労働省.“自然毒のリスクプロファイル:ドクササコ(Clitocybe acromelalga) キシメジ科カヤタケ属”.厚生労働省 ホームページ.政策について.分野別の政策一覧.健康・医療.食品.食中毒.自然毒のリスクプロファイル.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000142713.html,(参照2023年06月29日).
[14] 公益社団法人 日本薬学会 環境・衛生部会.“キノコの毒について”.日本薬学会 環境・衛生部会 ホームページ.環境・衛生薬学トピックス.2009年03月13日.https://bukai.pharm.or.jp/bukai_kanei/topics/topics03.html,(参照2023年07月02日).
[15] Chem-Station.“ムスカリン muscarine”.Chem-Station ホームページ.身のまわりの分子.2007年10月02日.https://www.chem-station.com/molecule/2007/10/muscarine.html,(参照2023年07月02日).
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[18] 科学研究費助成事業データベース.“科学研究費補助金研究成果報告書 スギヒラタケの毒性物質解明と急性脳症発症メカニズムとの関係”.科学研究費助成事業データベース ホームページ.スギヒラタケの毒性物質解明と急性脳症発症メカニズムとの関係.2009年05月29日.https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-18590632/18590632seika.pdf,(参照2023年07月04日).
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[34] 大津市.“9月20日に「道の駅くつき新本陣」でパック入りのキノコを購入された皆さんへ”.大津市 ホームページ.健康・福祉.大津市保健所(健康・保健衛生・感染症・医事薬事・動物愛護等).食品衛生.食品安全情報.食品衛生情報 平成26年度食品衛生情報.2014年9月22日.https://www.city.otsu.lg.jp/material/files/group/4/140922kinkyushokuhieiseizyouhou.pdf,(参照2023年07月05日).
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