14.小さい臓器を作り出す研究室のヒミツ:理化学研究所 神戸地区 一般公開2023 BDR いきいきいきもん から学んだこと その05
2023年11月03日、私は理化学研究所 神戸地区(以下神戸地区,図05)を訪れ、一般客として理化学研究所 神戸地区 一般公開2023 BDR いきいきいきもん(以下「いきいきいきもん」,[1],[2])に参加した。なお、理化学研究所 神戸地区 一般公開は、神戸医療産業都市 一般公開2023の一環でもある([3])。
生命機能科学研究センター(RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research:BDR)生体模倣システム理研白眉研究チーム(以下同チーム)は工学・生物・情報など複合技術を駆使して、細胞周りの微小環境を制御した実験プラットフォームを構築することで、創薬や発生メカニズム解明に繋がる生体機能を体外で再現するための研究を行っている。特に気管支にターゲットを当て、あの複雑な形状がどのようにして自律的に形づくることができるのか、実験とモデルをフィードバックしながら体外で人為的に誘導することで明らかにしようとしている。また、組織間の連関が解析可能な臓器チップの開発も同時に行っており、従来の動物実験を凌ぐ実験解析系の構築を目指している([4],[5],[6])。
時間を過ぎていたので、「14.小さい臓器を作り出す研究室のヒミツ」での展示物は見られなかったが、気管支の3Dプリンタモデルを見ることはできた(図05.01)。
2021年06月29日、同チームの萩原将也チームリーダーらの共同研究グループは、微細加工技術を用いて、細胞集団をさまざまな形状に並べた環境下で、細胞の動態を解析したことを発表した。その結果、細胞が周囲に存在する細胞外マトリックスから物理的な抵抗を受け、新しい場所に進むのを阻まれていることが明らかになった。さらに、光ピンセットを用いた解析と数理モデルにより、この抵抗は細胞とマトリックスとの相互作用で徐々に低減され、細胞が「場」を再構築しながら新たな道を作り、他の細胞がそれに追随して細胞の進行方向を決定していることを明らかにした。
本研究結果から、細胞自らが行う細胞外環境の再構築は、細胞の移動方向および組織パターンの形成に与える影響が少なくないことが明らかになった。現在、体外で臓器を再構築するオルガノイド技術の開発が世界中で進められている。組織パターンを制御するために、工学技術を駆使して細胞の配列や形態形成因子の勾配を操作することは行われているが、今回の結果を細胞外マトリックスの設計・制御理論へとつなげていくことで、体外での組織再構築に貢献すると期待できる([7])。
2023年01月31日、同チームのカシナン・スッティワニット 特別研究員、萩原チームリーダーの研究チームは、3Dプリンターを用いてL字型のフレームを持つ培養器を作製し、異なる性質を持つ複数のゲル(マトリゲルなど)を、表面張力を利用して空間的に自在の位置に配置するキューブ型の培養プラットフォーム「MultiCUBE」を開発したことを発表した。これにより、細胞に対して空間情報が与えられ、オルガノイドを生体により近い複雑な構造の環境下で成長させることが可能になった。
今回開発したMultiCUBEを用いることで、ピペット操作だけで簡単に細胞周囲の環境を設計・制御できるようになった。これにより、細胞を生体内により近い環境で培養でき、従来よりも格段に高次の形態を持つオルガノイドの形成が期待できる。また、実験作業はピペット操作だけのため、工学技術に不慣れな作業者も簡単に取り扱うことができ、幅広い応用が期待できる。
本研究チームの別の研究において、既に細胞集団の位置を、MultiCUBEを構成するCUBE内で自在に配置する技術は達成済みで、今回その細胞の周囲環境の配置も制御できるようになった。これらの技術を組み合わせることで、細胞から臓器への形づくりを高精度に設計できるようになり、生体内システムを、より高度に生体外で表現できるようになると期待できる。
現在、本技術を含めたCUBEプラットフォームによる生体模倣システムの事業化に向けて開発を進めている([8])。
2023年03月24日、同チームのイサベル・コウ特別研究員、萩原チームリーダーの研究チームは、CUBE型の培養器内でオルガノイドに特定因子の濃度勾配を与える「Gradient-in-CUBEシステム」を開発したことを発表した。本システムを用いて、iPS細胞]塊から、恣意的な方向に神経外胚葉と中胚葉の分子マーカーが局在するオルガノイドを作製した。作製したオルガノイドは、与えた濃度勾配の方向を見失うことなく解析が可能であり、オルガノイド培養から体軸方向付与・解析までシームレスな実験ワークフローを確立した。
今回開発したGradient-in-CUBEシステムは、オルガノイドに体軸方向を付与し、より高次な臓器へ成長させるための基盤技術になることが期待できる。また、CUBEを用いた実験から解析までのワークフローによって、従来よりも簡便な方法で、オルガノイドに対して体軸形成に必要な位置情報を与えて解析できるため、オルガノイド培養の新たなプラットフォームとして幅広い応用が期待できる。
因子濃度勾配以外にも、細胞に位置情報を与える要因には細胞外マトリックスの局在や細胞集団の形状などがあるが、研究チームの別の研究によって、これらの要因を再現する技術は既に達成済みである。今回の技術を加えることで、細胞から臓器への形作りをより自在に設計できるようになり、生体内システムをより高度に生体外で表現できるようになると期待できる。現在、本技術を含めたCUBEプラットフォームによる生体模倣システムの事業化に向けて開発を進めている([9])。
オルガノイドは解剖学的にも機能的にも生体内の組織に近いという特徴があり、ミニ臓器とも呼ばれている。近年では、健常者から採取した細胞由来だけでなく患者から採取した細胞由来のオルガノイドも多数作製されており、治療薬開発や臨床応用にも期待が高まっているとはいえ、課題も多い。
だからこそ、オルガノイドから目を離すことなどできない([10],[11],[12],[13])。
参考文献
[1] 国立研究開発法人 理化学研究所 神戸事業所.“理化学研究所 一般公開 in 神戸 2023 ホームページ”.https://www.kobe.riken.jp/event/openhouse/23/#outline,(参照2024年02月21日).
[2] 国立研究開発法人 理化学研究所 神戸事業所.“いきいきいきもん”.理化学研究所 一般公開 in 神戸 2023 ホームページ.https://www.kobe.riken.jp/event/openhouse/23/bdr_ja.html,(参照2024年02月21日).
[3] 公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構.“神戸医療産業都市(KBIC) 2023 一般公開 ホームページ”.https://www.fbri-kobe.org/kbic/ippankoukai/2023/,(参照2024年02月21日).
[4] 国立研究開発法人 理化学研究所.“萩原生体模倣システム理研白眉研究チーム”.理化学研究所 ホームページ.研究室紹介.理研白眉研究チーム.https://www.riken.jp/research/labs/hakubi/h_hum_biomimetic/index.html,(参照2024年02月21日).
[5] 国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター.“チームリーダー 萩原 将也 Ph.D. 生体模倣システム理研白眉研究チーム”.理化学研究所 生命機能科学研究センター ホームページ.研究.研究室.https://www.bdr.riken.jp/ja/research/labs/hagiwara-m/index.html,(参照2024年02月21日).
[6] 国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター 生体模倣システム理研白眉研究チーム.“生体模倣システム理研白眉研究チーム ホームページ”.https://hbms.riken.jp/,(参照2024年02月21日).
[7] 国立研究開発法人 理化学研究所.“細胞は自ら通りやすい道を作り、その道を他の細胞も追随する-周囲環境再構築による組織パターン形成の誘導-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2021.2021年06月29日.https://www.riken.jp/press/2021/20210629_1/index.html,(参照2024年02月21日).
[8] 国立研究開発法人 理化学研究所.“培養ゲルを適材適所に-ミニ臓器の高次形態のためのプラットフォームとして期待-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2023.2023年01月31日.https://www.riken.jp/press/2023/20230131_1/index.html,(参照2024年02月21日).
[9] 国立研究開発法人 理化学研究所.“ミニ臓器に体軸方向を与える技術を開発-培養から因子濃度勾配の形成・解析まで一貫したワークフローで-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2023.2023年03月24日.https://www.riken.jp/press/2023/20230324_1/index.html,(参照2024年02月21日).
[10] 株式会社 日経BP.“オルガノイドとは”.日経バイオテクONLINE トップページ.連載.キーワード.2023年04月21日.https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/011900001/23/04/20/00544/,(参照2024年02月21日).
[11] 公益社団法人 日本農芸化学会.“オルガノイド培養の課題と展望 研究者目線で語るオルガノイド研究”.化学と生物 ホームページ.バックナンバー.Vol.61(2023).No.4.オルガノイド培養の課題と展望 研究者目線で語るオルガノイド研究.https://katosei.jsbba.or.jp/download_pdf.php?aid=1689,(参照2024年02月21日).
[12] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“オルガノイドの興隆”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 12 No. 10.News Feature.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n10/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E8%88%88%E9%9A%86/68008,(参照2024年02月21日).
[13] 国立大学法人 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA).“脳オルガノイドと生命倫理”.CiRA ホームページ.ニュース・イベント.刊行物.CiRAニュースレター Vol.47.FOCUS.https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/nl/vol47/focus.html,(参照2024年02月21日).
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