ファージ療法(ファージ セラピー)関連記事纏め:サイエンスZERO「薬剤耐性菌への切り札! 最新医療“ファージ セラピー”」から学ぶ

2024年07月20日、私は『サイエンスZERO』「薬剤耐性菌への切り札! 最新医療“ファージ セラピー”」(以下同番組:再放送,[1])を視聴した。


同番組は以下のファージ療法(ファージ セラピー)を紹介した。


01.酪農学園大学 獣医生化学ユニットによるファージ セラピー([2]

近年、感染症といえばCOVID19による世界的なパンデミックが問題となっているが、薬剤耐性菌はそれ以前から長年懸念されている重要な問題である。このまま何も対処しなければ、2050年にはがんによる死亡者数を超える年間約1千万人が薬剤耐性菌によって命を落とすという試算がある。

また、2022年に報告された論文によると、薬剤耐性菌の感染が関連した死亡者数は世界で495万人であり、そのうち、薬剤耐性が直接の死の原因であるものが127万人にものぼると報告された。

そのような状況を救う切り札として期待されるのが、「バクテリオファージ」である。ウイルスの一種であるファージはヒトに感染せず、細菌に感染して細菌の中で増えて、その細菌を破壊する。

薬の効かない細菌にも感染して破壊する。それゆえ、細菌感染症の治療薬として人や動物の命を救える可能性がある。このファージを使用した治療を「ファージ セラピー」である。ファージ セラピーの歴史は古く、東欧諸国では、およそ100年にわたり人の感染症治療に応用してきた。しかし、世界の薬剤の基準に合致したファージ製剤はまだ存在しない。

とはいえ、このような状況の中、2016年に多剤耐性のアシネトバクターの感染による瀕死の状況からファージセラピーにより回復した症例であるパターソン症例が報告された。

米国では、未承認薬でも安全性を担保した中での緊急使用を認めるシステムがあり、申請から3日で許可を得て、およそ59日間のファージセラピーにより復帰した。


02.2023年06月27日、慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)の中本伸宏准教授、金井隆典教授らの研究グループは、肝移植以外に有効な治療法が少ない難治性自己免疫性疾患である原発性硬化性胆管炎(Primary Sclerosing Cholangitis:PSC)患者の腸内細菌を解析し、クレブシエラ菌とエンテロコッカス菌が高率に検出されることを確認したことを発表した。さらに、イスラエルのBiomX社との共同研究のもと、患者から分離したクレブシエラ菌を特異的に排除するバクテリオファージ カクテルの作製に成功し、マウスにこのバクテリオファージを投与するとクレブシエラ菌の腸内への定着が抑制され、クレブシエラ菌により誘導された胆管障害が減弱することが示された。本成果は、これまで明らかにされていなかったPSCにおける腸内細菌が病気を引き起こす仕組みを明らかとし、今後クレブシエラ菌を標的としたファージ治療による臨床応用につながることが期待される([3])。


03.2022年11月22日、岐阜大学医学系研究科ファージバイオロジクス研究講座の満仲翔一研究員(筆頭著者)、安藤弘樹 特任准教授(責任著者)らのグループは、ファージゲノムを試験管内で改変・構築して起動できるファージ合成改変技術を開発したことを発表した。これを使って実際に多くのファージを起動させ、また、データベース上の配列データからDNAを化学合成し、試験管内で構築し、人工ファージを起動させることにも成功した。これらの結果は、本技術の汎用性が高いことを示している。さらに、1回しか感染・殺菌しない生物学的封じ込めファージの作製方法を開発した。本技術を改変型ファージに応用することで、より効果的でより安全な改変型ファージセラピーの実現が期待される([4])。


04.2020年06月10日、自治医科大学医学部感染免疫学講座細菌学部門の崔龍洙教授、氣駕恒太朗講師らは、RNA標的型CRISPR-Cas(CRISPR-Cas13a[の遺伝子群をバクテリオファージに搭載することで、特定の遺伝子を持つ細菌を殺菌できる新しい殺菌技術を開発したことを発表した。本技術は、抗菌薬で殺菌できない薬剤耐性菌や毒素を産生する悪玉菌を狙って殺菌することができる([5])。


数十年の間、ソビエト連邦と東欧の社会主義諸国の患者たちは、西側世界で開発された極めて強力な抗生物質の一部を利用することができなかった。その対策としてソビエト連邦は、感染症を治療するための「バクテリオファージ」の利用に多額の投資を行った。ファージ療法は今なおロシア、グルジア、ポーランドで広く利用されているが、それ以外の場所では全く普及していない。エリアバ研究所(グルジア(現ジョージア)・トビリシ)は、100年近くにわたってファージを研究し、患者の治療に利用している。

現在では、迫り来る抗生物質耐性の恐怖に直面している西側の研究者と各国政府が、ファージを真剣に見つめるようになりつつある。2014年03月、国立アレルギー・感染症研究所(米国メリーランド州ベセスダ)は、抗生物質耐性に対処する計画の7戦略の1つとして、ファージ療法を挙げた。そして、2014年5月にボストンで開催された米国微生物学会(ASM)の大会では、ローザンヌ大学(スイス)のGrégory Reschが「Phagoburn計画」について発表した。これは、欧州委員会の予算で実施される、ヒト感染症のファージ療法に関する初の大規模な多施設臨床試験である([6])。


ファージ療法はいわば、ソビエト連邦と東欧の社会主義諸国における「苦肉の策」であったが、薬剤耐性菌の世界的増加により、ファージ療法が見直されていることは、私にとって意外かつ驚嘆に値することである。


実際、2024年01月18日、大阪公立大学大学院医学研究科 皮膚病態学の鶴田 大輔教授、立石 千晴准教授、ゲノム免疫学の植松 智教授、藤本 康介准教授らの研究グループは、尋常性ざ瘡(ニキビ)患者を対象としたバクテリオファージ療法に関する臨床試験を開始したことを発表した([7])。


「温故知新」とはまさに、こういうことである。



参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK).“薬剤耐性菌への切り札!? 最新医療“ファージ セラピー” 初回放送日:2024年7月14日”.サイエンスZERO ホームページ.過去のエピソード.https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/episode/te/56KP342J5X/,(参照2024年07月28日).

[2] 学校法人 酪農学園 酪農学園大学 獣医生化学ユニット.“ユニットについて”.酪農学園大学 獣医生化学ユニット ホームページ.https://rakuno-seika.jp/about.html,(参照2024年07月28日).

[3] 学校法人 慶應義塾 慶應義塾大学.“肝移植以外に有効な治療法が少ない原発性硬化性胆管炎の原因となる腸内細菌を標的とした治療法を開発”.慶應義塾大学 ホームページ.プレスリリース一覧.プレスリリース.2023年06月27日.https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2023/6/27/28-139330/,(参照2024年07月28日).

[4] 国立大学法人 東海国立大学機構 岐阜大学.“細菌の天敵ウイルス「バクテリオファージ」を試験管内で改変する方法および生物学的に封じ込める方法を開発 薬剤耐性細菌感染症治療への応用”.岐阜大学 トップページ.研究・採択情報.2022年11月22日.https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2022/11/entry22-11918.html,(参照2024年07月28日).

[5] 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED).“狙った細菌を選択的に殺菌できる遺伝子標的型抗菌薬を創出―薬剤耐性菌問題の解決へ―”.AMED トップページ.ニュース.プレスリリース.2020年06月10日.https://www.amed.go.jp/news/release_20200610-02.html,(参照2024年07月28日).

[6] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“見直され始めたファージ療法”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 11 No. 9.News.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v11/n9/%E8%A6%8B%E7%9B%B4%E3%81%95%E3%82%8C%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%9F%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E7%99%82%E6%B3%95/55191,(参照2024年07月28日).

[7] 公立大学法人 大阪 大阪公立大学.“尋常性ざ瘡(ニキビ)患者を対象としたバクテリオファージ療法の臨床試験開始のお知らせ”.大阪公立大学 ホームページ.最新の研究成果.2024年01月18日.https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-09898.html,(参照2024年07月28日).

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