植田展大『「大衆魚」の誕生』から「マイホーム」の誕生を妄想する
待ちに待った新刊、植田展大『「大衆魚」の誕生:戦間期における水産物産業の形成と展開』(東京大学出版会、2024)。
全国で日常的に大量の水産物を消費するようになったその萌芽=大衆魚の誕生を戦間期にみる試みです。
ただ、そうした展開は当然とつぜん生まれたものではなく、その萌芽が戦間期にみられたという見立て。そこで本書は「日常的に水産物を消費する生活」を可能とした萌芽を、需要と供給の両面から明らかにします。戦後高度成長に連なる新たな消費生活の原型がそこに浮かび上がるというワクワクな一冊。
ちなみに目次はこんなかんじ。
第Ⅰ部は大都市で台頭したサラリーマンや工場労働者など新たな消費階層の登場と水産物需要の変化を、第Ⅱ部ではそんな消費の変化に対応すべく編成された北海道の余市や岩内、さらには樺太での生産体制の変化を丹念にわかりやすく追います。大都市の消費動向と地方中小企業の対応がなんともダイナミックです。
そう思うと、1939年に出版された『子供知識・魚づくし:講談社の絵本』(大日本雄辯会講談社、1939年)に登場する魚たち(川魚や金魚も含む)も、あんなこんなを経てやってきたのか、となんだか違って見えてきます。
で、この『「大衆魚」の誕生』を買ったのは、自分が生まれも育ちも漁師町だからではありません。戦間期の新中間層増大が生んだ需要と、それに対する供給体制の再編って「マイホーム」では中廊下!という霊感から。
「戦後高度成長期に連なる新たなる消費生活の原型」として戦間期に普及が進んだ戸建て・持ち家・郊外住宅。いってみれば『「マイホーム」の誕生:戦間期における住宅産業の形成と展開』みたいな。あめりか屋や三越型小住宅はじめ商品としての住宅展開はそっくり。
たとえば西村伊作が1922年に出版した『装飾の遠慮』(文化生活研究会)に登場する「洋風住家の様式数種」。まるでハウスメーカーの商品住宅外観いろいろみたいなラインナップ。コロニアル、バンガロー、コッテージ、シカゴ式…。
戦間期を含む1880年から1930年にかけての日本の住まいをあつかったジョルダン・サンドの本は、『「マイホーム」の誕生』の重要な先行研究といえそうです。
ちなみに西村伊作の『装飾の遠慮』から約半世紀後。ハウスメーカーが台頭し、商品化住宅が市場を席捲する当時、「日本の家」を標榜するパナホームは「北欧風から合掌造風」まで多様な外観を同一平面で実現する、日本の家パナホーム「大屋根」を展開します(ナショナル住宅建材、1979年パンフレット)。さまざまなスタイルをそれっぽく見せるためには、そのスタイルを典型づけるような住宅部品の開発が必要となります。
さて、そんな霊感をもとに『「大衆魚」の誕生』から得られるヒントはといえば「第Ⅱ部 新たな需要に対応する生産地域」がどのように住宅領域に置き換えられるか。従来の書院造をベースにした和風住宅から外来の住宅を日本化した洋風住宅へと転換するにあたって、各地域の大工・職人・建材等々の各業種はどう再編されたのか?みたいな問いをたててみる。
また、この本の守備範囲ではないものの、序章でも言及されているのが「大衆魚」という枠組みの変遷。かならずしも多獲性魚種に限ったものではなく、戦後復興期から現在にいたるまで「大衆魚」のラインナップはさまざま入れ替わってきました。食の好みや調理しやすさ、外食産業や輸入の状況などが複合的に影響している。これもまた「マイホーム」に置き換えられます。
余談ですが、この本の序章では、あの登場人物の名前が海産物づくしな国民的アニメのオープニングソングについて言及されます。でも、むしろそれ以上に連想されるのは、国民的消費ネタ流行歌「買物ブギー」でしょう。
朝ドラ「ブギウギ」がその名曲の誕生を描く今週(第22週)に『「大衆魚」の誕生』の発売日をもってきた東京大学出版会の粋なこと。
『「買物ブギー」の誕生』。西村伊作の「洋風住家の外観数種」が魚屋さんの店先に重なって見えてきます。「コロニアルにバンガロー、コッテージにシカゴ式、文化な生活とびきり上等建てなはれ。」
リリースされたのは1950年のこと。戦後をかたちづくった恒久的建築法制、建築基準法・建築士法・住宅金融公庫法が制定された年でもあります。
「魚は取立とび切り上等」な魚屋さんのラインナップはいかに可能となったのか?からの、「マイホーム」の個性化・多様化はどう実現したのかをたどる旅へ。
さあ、トゥリー・トゥー・ワン・ゼロ♪
(おわり)
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