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「少女漫画のヒロイン(男)ってなんて呼ぶの?」

現在、YouTubeに『東京ミュウミュウ』のアニメが公式からアップロードされているため、先日、序盤をチラ見していた。そこで、青山くんというキャラクターに関して思ったことをなんとなくTwitterに投稿しようとして、少し考え込んでしまった。というのも、『東京ミュウミュウ』は少女漫画が原作のアニメであって、この場合、「ヒロイン」と言うと一般的に主人公の少女のことを指す。青山くんというのは、主人公の少女(=ヒロイン)が片思いしている相手の男の子である。彼は少年漫画に置き換えると、少年を主人公とした作品(特にラブコメ)における「ヒロイン」のポジションとなるわけで、それならば一言で簡単に役割を説明できる。

しかし、これが少女漫画となった途端、青山くんのような、少年漫画であれば「ヒロイン」に該当する男性キャラクターを何と説明すればよいのか、的確な語彙が浮かんでこなかったのである。そこで思った。

「少女漫画のヒロイン(男)ってなんて呼ぶの?」

調べてみた「ヒロイン」

不肖、ネットでサクッと検索したところ、「少女漫画のヒロイン(男性)」は「男主人公」といったように主人公の片割れと見做され、そう表現されるか、そうでない場合、(女主人公の恋愛の)「相手役」と呼ばれるのが通例なようである。例えば『彼氏彼女の事情』のような、男女が相思相愛のカップルとして話が進行する作品であれば、ヒロイン(男)の有馬くんは前者の「男主人公」、青山くんは後者の「相手役」で通用するだろう。

釈然としない「ヒロイン」

そもそも、「ヒロイン」と「ヒーロー」が(性別を軸とした)対義語として存在することは周知だろう。しかし、それならばヒロイン(男)を指す語として「ヒーロー」が使われてもよいはずなのに、その場面があまり想像できないのはなぜだろう?

「ヒーローの女性バージョンって?」という疑問に「ヒロイン」と答えるのは、何となくではあるがわかる。

反対に、「ヒロインの男性バージョンって?」という疑問に「ヒーロー」と答えると、どうも腑に落ちないのだ。

その理由を考えてみる。

便利すぎる「ヒロイン」

「ヒーロー」と聞いて我々の頭に浮かぶのは、スーパーマンや歴史上の偉人、プロのスポーツ選手といった典型的なモデルである。「ヒーロー」の日本語訳が「英雄」であるように、そのままの意味として捉えられ、かつ使用されている。辞書に拠れば「物語の男の主人公」という意味もあるのだが、上記のような英雄的イメージがない限り、主人公であってもヒーローとはなかなか呼ばれない。

つまり、物語に限って言えば、「ヒーロー」は、「英雄的な主人公」または「英雄的な登場人物」のいずれかのみを示す。

では「ヒロイン」と聞いて、我々は何を想像するだろうまた、会話の中で何気なく「ヒロイン」と使うときに、具体的にどのような意味を込めているか意識することはあるだろうか……? 例えば少年漫画のみに焦点を絞ってみても、男性主人公の恋愛対象であったり、恋愛が絡まずとも、中心人物だったり、作品のシンボル的な女性だったりと、かなり広範に使用されているのがわかる。辞書的に言えば「ヒーローの対義語」であり「主人公の女性」のことであるそうだが、もはや辞書が現実に対応し切れていないのである。

これはもう、物語の中心的な役割を担う女性の登場人物であれば、それが主人公でも脇役でも、総じて「ヒロイン」と呼べてしまえるのが現状なのではないだろうか。そして、最終的にその登場人物の役割の大小を決めるのは鑑賞者の自由(主観)なので、極言すれば、物語に登場する女性はみんな「ヒロイン」である。このように、「ヒーロー」と「ヒロイン」では、互いのニュアンスの幅に差がありすぎるのだ。

不健全な「ヒロイン」

すると、女性キャラクターは「ヒロイン」と呼ばれるのに対し、男性キャラクターは特に言葉で指し示されない(指し示す必要がない)という構図が浮かび上がってくる。このことから読み取れるのは、物語がもともと男性のためのものであり、よって男性が登場するのは至極当然のことであり、反対に女性が登場することには常に特殊な意味が付随されるという、歴史的に培われてきた男性本位の意識ではないだろうか。

と、ここに一旦結論じみたものを添えておく。

エピローグ:恋愛対象の「ヒロイン」 〜気の毒な青山くん〜

最初に述べた、筆者が『東京ミュウミュウ』の青山くんに関してTwitterに投稿しようとした感想とは、およそ次のような内容である。

「青山くん、少年漫画のラブコメにおける“負けヒロイン”オーラが凄まじい」

注記しておくと、筆者は現時点でまだほんの序盤までしか見ていない。

青山くんは容姿端麗、文武両道で学校の女子生徒(主人公含む)からモテモテなうえ、デート中に3時間も眠り続けた主人公が目覚めるのを待ってくれるほどの優しさも兼ね備えているのだが、それ故に、キャラクターとして血の通っていない、作劇上のお飾り感が激しいのである。それに加えて、他に登場する男性キャラクターはいずれも個性が際立っており、視聴者からの人気もそちらに傾きそうだ。

・主人公に対して態度は荒っぽいがミステリアスな魅力を放つ高校生の白金。

・白金と常に行動を共にする、超紳士的な青年の赤坂。

・敵キャラながら、主人公の唇を突然奪う、サディストなキッシュ(この行為は青山くんとのライバル関係を示唆する描写だと読み取れるが、流石におぞましいので名前をキッショに改めるべきだろう)。

彼らのうち、主人公と真に恋愛関係が築けそうなものは白金くらいだが、彼らの個性が際立てば際立つほど、青山くんが没個性化していく。実際に、青山くん一筋と見える主人公までも、白金に惹かれつつあるような描写がちらついている。キッシュも可能性としてゼロではなく、彼はもともと異星人であり、人間とは別の論理に則って行動しているため、下衆な行為も許されないとは限らない。それにあくまでボス敵の手下であることから、立場を翻すパターンも予想できる。

これは少年ラブコメ漫画の、特にハーレム系に見られる傾向と一致する。ハーレム系には、いわゆる「正統派ヒロイン」は最終的に主人公とくっつかないというジンクスがある。青山くんはその「正統派ヒロイン」と同様のオーラを発揮しているため、筆者は上記のような感想を発信しかけるところまでいった。そこでヒロイン(男)の正式な呼称が気になり、考察をしたのが本記事の執筆のきっかけとなった。

しかし、結局ツイートをしなかったのは、青山くんが気の毒だったというばかりでなく、「負けヒロイン」という言葉に、ある種の差別的な響きを感じ取ったからだ。もしも筆者が青山くんに対して感じたお飾り感が、ハーレム系を読む女性読者が常々感じるようなものなのであるとすれば、主人公の恋愛対象としての「ヒロイン」という括りは、かえって不名誉なのではないか。そうだとすると、ヒロイン(男)にこれといった明確な呼称がないことは、むしろ健全だとも言えよう。

そんなことを、青山くんを通して考えさせられるのであった。

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