進路を変える時の不安を打破する心を持つためには~漫画『宇宙兄弟』の手島有利を題材に~
〈はじめに〉
ご存じの方も多いでしょう、漫画『宇宙兄弟』を題材に、今回は進路を変える決断をする心を持つ方法について考えます。
『宇宙兄弟』は宇宙飛行士としての活躍を目指す南波兄弟の、努力と協調と発想によるサクセスストーリーを描いた作品です。
主人公である南波六太(ムッタ)とその弟である日々人(ヒビト)を中心に、目の前の課題を様々な工夫と努力、そして協力によって見事乗り越えていく様が非常に痛快。ひとつひとつの話が、登場人物の格言めいたひとことで締めくくられており、その各話で発せられるメッセージ性を持った言葉によって、何か行動を起こす勇気が励起させられます。体の中に、静かに、かつじんわりと熱がこもっていく感覚を覚えます。
さて、今回題材として扱うこの『宇宙兄弟』に登場する手島有利(ユーリ)は、主人公のムッタと、物語序盤において「宇宙飛行士の選抜試験」で競い合うことになります。
ユーリは今や36巻まで続く『宇宙兄弟』の序盤に登場し、それ以降は活躍の機会が(ほぼ)ないものの、運命を自ら打破しようとする志の強さが、限られた登場期間のなかで克明に描かれています。立場としては脇役というものになるかもしれませんが、非常に強いインスピレーションを受けたので、ここで紹介したいと思っています。
〈手島有利について〉
ユーリは父親の強い期待を一身に受けて、生まれ育ってきた。
その名前は人類初の宇宙飛行を成し遂げた稀代の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンから父が名付けた。その父親自身もかつて宇宙飛行士選抜試験を受けており、息子であるユーリには自らの夢を委ね、宇宙飛行士になってもらうことを幼少期から熱望していた。
ユーリは大学講師として勤める中でこの宇宙飛行士選抜試験に参加。父親のこれまで期待が実ったのか、選抜試験においては班内でも一番の成績を残しており、宇宙飛行士になる道は周囲の目からもすでに確実なものと思われていた。
(ちなみに試験の最終課題は、集団での密室生活を通して、班内で一人、合格者を決めるというもの。自分以外の人間を合格者にする、という選択をしなければならない葛藤など、チームとして信頼し合うことの難しさが描かれている。)
知識や判断力だけでなく体力、そして周囲の人間との協調性…選抜試験では、宇宙という未開の空間で、適切に判断して行動できる総合的な能力が高い水準で求められていたのだ。
こうした難関を見事乗り越えて、班内1位で合格を勝ち取ったユーリだったが、最終的に下した決断は、「宇宙飛行士になることを辞退する」というもの。
親の強い期待がありながらも、幼いころから宇宙へのあこがれがありながらも、そして宇宙飛行士になる資格を実際に自らの手に収めていながらも、ユーリは、宇宙飛行士になることを辞退したのだった。
〈道を変える決断〉
辞退の理由は、
「宇宙に存在するであろう地球外生命体の研究をしたかった」から。
あくまで宇宙飛行士ではなく、研究者として宇宙に携わりたいと考えていたユーリ。選抜試験の終盤、宇宙飛行士を目指すチームメイトと地球外生命体の話をする機会があり、そこで改めて、研究者として働きたい自身の気持ちを再確認できたという。
親の強い期待を裏切ることに申し訳なさを感じていたユーリが、初めから研究者の道を志すことは難しかったため、宇宙飛行士の選抜試験を受けることにしていた…とはいえ、本来の自分の希望とは異なる道であることは事実。
そこで1位の成績を取れたのは、才能やひらめきといったものではなく、ひとえにユーリの努力あってのものだった。
〈今回扱いたいユーリのセリフ〉
合格通知を受けてJAXA(日本を代表する宇宙開発機関。選抜試験を実施し、宇宙飛行士を採用している)に面談に訪れた有利が、辞退した際に放った言葉が以下のもの。
「僕も父の望む通り宇宙飛行士になるんだって、自分に言い聞かせてました。(中略)あれは選ばれたくて必死になったわけじゃなくて……ここで(選抜試験で)もし一番になれたとしたら、何だってやれると思ったからです」
宇宙飛行士になりたいから頑張った、ではなく、
今後の自分がなんでもできる自信を持ちたかったから頑張った、ということだった。
〈まとめ〉
望まない環境に来てしまった。
本当は別の道を選びたかった。
もともと考えていた進路とは違っていた。
…と感じ、今の環境の中にいる自分に自信が持てない。
進学や就職といった形で進路選択をしたであろう学生や(若手)社会人なんかは特に、こうした感情を抱くことが、これまでにあったのではないでしょうか。
あらかじめ考えていたルートで、必要と思われることを努力して身に着けて、早い段階で第一線に乗り込むこと…すなわち、「最効率で最短のルート」が万人にはっきりと可視化されるようになった今この現代、そのルートを外れて、望まないルートに乗り入れてしまうことはある意味機会や時間の損失であり、遅れをとることになる、と捉えられ、自他ともに肯定的な評価をされることは少ないでしょう。
ユーリはこれまでの自分の選択から外れ、そして親の期待からも外れる、大きな進路変更の決断を下します。そして、そのきっかけになったのは、本来望んではいなかった宇宙飛行士選抜試験での1位合格。
しかし進路を変える決断をしたユーリの目に、迷いは既にありません。
今回、ユーリの発言と姿勢から言えることは、
たとえ現在、やっていることや身に着けていることが、
本来考えていたものと違っていたとしても、
本来の希望とは違っていた環境だったとしても、
そこでの頑張りによって培われた「自信」は
どこに行っても転用可能なのだということです。
たとえ自ら望んでいない環境にいたとしても、
目標を「自分の成長」に設定していれば、自然と自信が培われていき、
その後に周囲の期待やこれまでの経験とは外れる道に行くとしても、
それを乗り越えていける推進力になるということです。
なので、進路を変えたい(けれど勇気が出ない)と思うならば、
今いる環境で、「自信」につながるようにベストの努力をすること。
関係のなさそうなことに労力や時間を使うのは、一見回り道なように見えます。それでやる気も削がれてしまうこともあるでしょう。
しかし後に、決断して行動(今回では進路変更)する際には知識やスキル以上に「自信」が求められます。事の大小を問わず、なにかをやりきった!という感覚を手に入れ、自信を手にすることが、しっかり次につなげていける選択になるのだと思います。
〈おわりに〉
大きな期待をしていたのにも関わらず、こうして進路を変えたユーリに対して、父親はひどく落胆し叱責する…
ってわけでもありません。
宇宙飛行士を辞退したユーリに、父がかけた言葉は、
「もしいつか有利の手で史上初の地球外生命体を発見出来たら
……そいつに「有利」― お前の名前をつけてやれ。」
っていう、この先の成功を願うもの。
だからこの話、めっちゃええんですよ!
(ネタバレっぽくなりましたが、作品の序盤でこのシーンを読めるので、まだ読んだことのない方はぜひ。)