#009.5 久しぶりの


久しぶりの0.5刻みの回

年始一発目の通常回は無事更新されました。
年始早々、ケージ君、さちえさんから「0.5刻みの回」のリクエストがありまして、ありがたいです。元日にスペースボルケーノの公開放送にて「会議」の議題にまでなるとは。忙しさにかまけて録っていませんでした。すいません。#005から#008まで、やってなかったので、さらっと振り返り、#009についてもしゃべっていこうと思います。

#005について

ギチ完12月スポンサー紹介の回が終わった直後の収録でした。オープニングでみおがオフ会に行きたいといきなり言い出してびっくりしました。
お便りフォームを作ったら、山村達也さん、mikeさんが早速送ってくれました。ありがとうございました!漢字を多く使ってくれて、想定以上にみおの音読の練習になりまして、ありがたかったです。お便りフォームを設置しておりますので、なにか皆さんに投稿してもらいやすい話題作りの回をいつか録ろうと思ってます。まもなくギチ完1月のスポンサー紹介の回です。どんな感じで紹介されるかな?

#006について

マメシバぬいぐるみのマメがレギュラーになりました。いきなり(笑)。突然だったので、本当に笑いました。
みおが昼寝をしたので、深夜まで起きていたテンションがそのまま収録に多大な影響を与えた回でした。
ケージ君がつくってくれた4番組のジングル、「愛があるのがあたりまえ」、「YAMATAROFARMの福利厚生」、「シュウの放すラジオ」、「クローザーズのラジオ」の紹介をしました。私の想像以上にバラエティラジオ番組っぽい仕上がりにしていただいたケージ君に感謝です。またほかの番組のやつ、当たり屋しに行きたいです。

#007について

オープニングは成績表をもらう日の朝でした。正直あんましよくない成績表でしたが、次はよくなればいいなと思いました。
国語の授業でつくった「二匹のねずみのお話」を音読しました。まさか2匹とも川に落ちるとは。その発想におどろき、わらいました。すごかった。一年後くらい、もう一度お話をつくらせても面白いかなと思っています。そんなの思うのってPodcastやってるからだろうな。

#008について

このPodcastは「記録」という一面もあるので、帰省の途中のどこかで収録したら面白いかなと思っていました。ので、羽田空港でオープニングをとり、Part1では飛行機の上で録りました。短かったけど。想像以上に背景音?バックがうるさかったですね。その分、「記録」としての臨場感はでたかな。
ケージ君、さちえさんのおかげで、ジングルがもう一つ増えました!ほんとありがとうございます!うちの妻もあのかわいいジングルに大喜びです。これからもたくさん使わせていただきます。
年末最後の収録だったから、もうちょっとしっかり終わりたかったんですけど、みおがボケ倒す展開となりました。スヌーピーのスヌとキティのキーは反則だと思ってます。年始にケージ君にご指摘いただいたんですけど、「ボケ倒すお父さんを娘が突っ込む」みたいなのが一般的というか、よくある形かなって私自身も思ってました。今のうちはちょっと違うみたいです。自分で面白いことを言いたがっているようなので、落ち着くまで、このスタイルでいけたらなと思ってます。

#009について

別府から帰ってきて自宅で収録しました。自宅に帰ってみおも安心したのかな。興奮気味でした。年末年始に帰省した大分県別府市での出来事を話すことを目的としました。いつも以上に自由なみおをたしなめるのが大変でした。あんまり編集しないんですけど、パークプレイス大分の話をした後、切ったところがあります。パパとママが同級生という話をした後、「パパとママはつきあってるときにホテルに行ったことあるの?」と言い出して、困りました。旅行に行ったとか、そんな意味合いで言ったのかもしれませんが、バッサリいってます。
年末の年越し直前のタイミングで寝てしまったことを本当に悲しんでいるようで、収録の途中でも泣きそうになってました。通常、収録後、みおと一緒に聞きなおしているんですが、今回泣きそうになったところは思い出すから聞きたくないと今でも言ってます。
初の30分越えとなりました。新年特番みたいな感じでいいかなとも思ってます。実は、このほかにボツにしたパートが15分近くありました。いつかボツになった分を出せればいいかなと思ってます。

最後に(令和6年能登半島地震、羽田空港接触事故について)

1月1日に北陸で大地震がありまして、1月2日に羽田空港で航空機の接触事故がありました。
土木とくに水道の設計を今は生業としておりますので、大きな地震が起きた後は被害の状況が気になります。被害にあわれた方々へお見舞い申し上げますとともに、いち早く復興できるよう、お祈り申し上げます。今回の大地震でも上水道の断水が多くみられました。最新の上水道管は地震の揺れに対して抜けにくい管で、多くの自治体、水道事業者がそういう管を採用しております。道路の下に埋まっている上水道管は今から50年ほど前の高度成長期に埋められたものが多く、その当時の水道管は耐震性能が低く、地震の揺れに対して抜け出してしまうものが多いです。水道管は鋳鉄(鋳物)でできているものが多く、その耐用年数は40年ともいわれています。多くの水道管は更新時期になっていますが、新しく更新するにも更新する費用であったり、土木事業者が少なくなっていることもあり、一気に更新するようなことができません。ですが、少しずつではありますが、更新していってますので、お近くで工事とかされているところがあれば、応援してあげてください。工事自体はうるさかったり振動したりで迷惑なこともあるのかもしれませんが。私も一生懸命、設計します。復興支援で設計とかあればもちろん全力でお手伝いします。
また、2日の羽田での事故ですが、その日の午前中に大分から羽田に帰ってきたところだったので、おどろきました。5時間遅かったらその日に帰ってこられたか微妙なところでした。羽田空港にはAからDまでの4つの滑走路があります。当日の風向きなど4つの滑走路を使い分けてます。私たちが帰ってきたときに着陸したのも、事故があったC滑走路でした。ゼネコン社員だったときに羽田空港D滑走路の工事の一部に携わったことがあったので、C滑走路付近もよく近くを通りました。毎年年末年始は帰省のために飛行機を使います。飛行機を使う人間の心構えとして何か生じたときにどう逃げるかを常に考えておくことが大事だなと思いました。特に、子どもを連れている場合が多いので、どう逃がすか、今後もシミュレーションしておこうと思っています。

最後に、、、が長くなりました。最後までお聞きいただき、ありがとうございました。

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