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いつ、どこで、どうやって散るのか

スクランブルスクエアの、キラキラと光が降ってゆくあの建物が出来たあたりからか。
この街の夜が、少しだけ遠く思えるようになった。
僕は対岸に立って、その光を眺めているが、どうしても遠い。
バスケットボールストリートになった頃だろうか、道路の真ん中を歩かなくなったのは。
もちろん今も昔も僕はこの街で這いずり回っていて、ほとんど毎日この光景を見ているそんなはずだけど、ど真ん中を歩くのは、僕であってはいけないような気がするのだ。

この街の夜は狂奔の夜だ。
頭が弛むぐらいまで杯を重ね、身のない話を重ねて、終電を無視してぐずぐずした時間を過ごす。
そこから2件目に行って、アルコールの強いサワーやハイボールを詰め込む。視線が曖昧になり、視線の向く方向と視界の動きがずれる。
そして目に付いた人と語る話は、身がないようで少し熱がこもる。語気が強くなる。
外に出て、ブルーに染まる朝焼けの街を眺めながら、このままどうなってもいいやと思う。
そんな狂奔の夜が、今は遠い。
親しい人達は、今も狂奔の夜を続けていて僕もその街の一人なのに。今は遠い。
夜に陶酔し、人々の中に揺蕩う気持ちは遥かに遠い。

仕事観においても、同じだった。
文字通り、血反吐を吐くまで。
身体なんて壊れればいいし、健康なんて害すればいい。毎日毎晩体力を極限まで切り詰めて、残る精神だけで立ち続ける意志を持続させ、そうやって明日を望まなければならない。プライベートなんて言ってるうちはゴミだ。そう言われたこともある。僕はその仕事観を教科書通りに徹底的に身に宿した社内最悪のブラック社員に他ならないし、今もその印象は払拭できない。
だが会社は遠く変わった。世情に対して、しっかりと地に足をつけて対応する形に変わった。残った仕事観からは遠くかけ離れた規則、規範、外部への表情。それらは今、僕にとって見もしなかった隣の芝の光景そのままではるかに遠い。実現できる気すらしない。

それでも僕は、幸福を知った。
夕焼けに染まる部屋で背後からぎゅっと抱き締めてくれるあなたの小さな身体が、どうしてこんなに振りほどき難いものなのか。
それは、ギリギリまで切り詰められた精神の只中で掴む感触とは違う。

離し難いその気持ちは、狂的ではない。
あなたと立っていたいその場所は、いかに慣れ切っていても、いかに自分にとってありふれている場所でも、そこではない。狂奔の夜ではない。己の感情と歩む心を消し去る無限の雪田でもない。
このまま死んでもいいとか、投げやりでも刹那的でもない。
明日が来なければいいと倒れ込んだ夜ではない。
開けなければいいと望んだ朝焼けでもない。

あなたの気持ちを感じながらも、明日が来て欲しいと思う。どうなるかは分からない。明日は近くにいれないかもしれない。
ただあなたといるこの小さな街で、明日と未来を考えることから、意識を飛ばして理性を飛ばして逃げたくないと今はそう思う。

限界を超えるその力は狂気だ。
掴めるか掴めないか、確率の低い賭けに挑むのは狂気だ。その先に見出すものは、変わってしまった世界についてだ。

没入して、意識も理性も甘えも投げ出して世界を見たその後に、抱き締めてくれたあなたの日常が晴れていればいい。
今はそう思う。

そしてできればそんなあなたのもとに帰って来てやりたい。その気持ちは昔より遥かに強い。

限界を超えて高く飛んで、遥か昔から知る陶酔を超えたその後の凪を、共に過ごしてみたい。
僕たちは陶酔から始まってない。
正気で二人であることを、望んでいるからこそ、難しい事もあるのだろう。

正直な話、燃え尽きたいという気持ちは消えていない。およそ10代の頃に、遅くとも40代までで燃え尽きてしまおうと組み上げた人生は、そう簡単に組み直せるものではない。
40代以降をどう考えていたか?人生が尽きていれば結構、そうでなければ廃人だ。それで結構。
何でもいい、人との争いの中で、己の理性を飛ばして、我が身の保身を捨てて一手を打つ。今も昔もその世界で生きていくのだと思っている。変わらないのだ、心の奥底は一つも。

永く、あまりにも永く狂った夜を超えたこの精神でも
疾く、何よりも疾く燃え落ちるこの熱情を帯びた身体をもってしても誰かと心を通わせたいという人間らしい気持ちは殺せなかった。
いや、むしろそれが変わらないからなのかもしれない。自分の生命の際を、自分の存在の際を、自分の思考の際を超えて確率ギリギリの賭けをする時、これで人生が終わるという争いをする時、大事な人を側には置かない。今際の際は多分一人で路上に転がることになるだろうし、あるのかどうか分からないが、あの世に行ったら確実に道は違える。
何もしないで存在を認められる、そんな世界が天国だとしたら、それは苦痛以外の何物でもなく。争い続け、奪い続け、切り捨て続ける、そういう世界の方が自分にとっては当たり前過ぎるから、それが地獄なのだとしたら、喜んでそちらに行くだろう。

そんな事はもう、骨身に沁みて解っている。
だから尚更、あなたと。今、人生で一番大事に想うあなたとの時間を、あなたと歩む人生を、離れたくないと抱き締めてくれるあなたを、何よりも大事にしたいとそう思う。

思考が吹き飛んだ狂奔の夜も、恐怖が吹き飛んだ冷酷な断崖も、今の気持ちとは遠く離れた。
だが生きる場所も、存在する場所も、求める場所も未だにこの激流の只中である事は変わっていないのだ。
うるせえよ。
わかってんだよこの世はトータル地獄。
戻ったら全部粉々に吹き飛ばしてやるから。
今だけ小さな世界を慈しむことぐらい、許してほしい。

いつ、どこで、どうやって散るのか。

そんなことは生まれ落ちてから今も、未来も、ずっと考え続けている。そして、これからも続く。上手くいって60、70、そのぐらいで朽ちる身体だ。もっと早いかもしれない。その間に命を燃やして、身体を研ぎあげ、搾り上げ、何に対して高熱を吐き出すのか。そのことだけに人生の大半を費やしてきた自分は、あなたを腕に抱くその時も、我が身の奥で静かに燃え盛っている。

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薄情屋遊冶郎
サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。