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この街を出ていく

 沢山の出会いと別れ。
 繰り返していくたびにふと思う。
 もっと別の場所で出会えていたら、もっと深い関係を築くことが出来たのかな。なんて。
 例えば社員とアルバイト、同じ大学の同じサークルだったり、ゼミだったり、取引先だったり、はたまたネット上だけの関係だったり、恋人も友達も親子も兄弟も親戚も。
 深い関係性を神聖視しすぎて、それ以外にどこかで心の距離を取ってしまう。そんなふうになっていって。
 でもね。分かってる。別の場所で別の機会で出会っていたらなんてたらればは存在しない。そんなことがあったとしたらきっと私達は赤の他人のままなんだ。
 だからきっと、一期一会ではないけど、どんな関係性でも今、わかり合っていかなければ、分かり合う努力をしなければつまらない後悔ばかりが降り積もる。
 親友でも、最愛の人でもない。
 ただ私も、君も、この街を出ていく。
 その日は必ず訪れる。
 まったく違った人になって。
 それでも、ここで生きていて良かったと、後悔なんてなにもないとそう思えるように、ちゃんとさよなら出来るように日々を生きないといけないんだよな。

 初めて会ったのは自分がこの会社に入って2年目だった。ちょうど自分の店と、系列店の彼がいた店が同じタイミングで閉店して、そこから異動してきたのがきっかけ。当時はまだ学生だった。
 忙しい毎日の中同じぐらいの年齢の人たちと助け合って笑い合って、ちょっとそれが羨ましくもあった。
 自分は一年かけてやっと築いた自分の仲間たちとの別れを経験して、また一人でやっていこうとしていた時期だったから、その気持は尚更だった。
 きっと彼もそのうち卒業する。そんな中のひとり。仲間たちと卒業して、数年ぐらいしてあの頃は大変だったねなんて懐かしむような、そんなふうに出ていけるその期間だったんだと思った。

 それから数年間、彼は私の担当する店舗の一つでずっと残っていた。大学はとうに卒業したあとで、アルバイトを掛け持ちしながら、所謂フリーターとしてずっと残ってくれていた。

 雇用している側ではあったが正直彼の気持ちはあまり良く分かっていなかった。やりたい事がないモラトリアムなのか、それともここが自分にとっての天職と思っているのか、分からなかったが、それは私にとっても同じ事で、自然と彼に自分自身を重ねながら接していた。そしてもし、私についていこうと思っているなら、しっかり導いてあげようとも思っていた。けれどそれは危ういことで、人で仕事をする事自体には、難しい感情をその時の私は抱いていた。俺に付いてこればきっと大丈夫。そんなことを言えるほどその時の私は強くなかった。

 彼の本音を聞いたのは、それからしばらくしてから。
 その日は仲の良いアルバイトと静かに飲んでいた日だ。
杯を重ねるごとに、仕事以外のプライベートな部分を解き合って、今まで話していなかったことをたくさん話した。彼は最近学生の頃から付き合っていた恋人と別れ、傷心中なこと、相手は新卒として立派な企業に勤めるようになり、気持ちの距離が出来た。将来が見えないとか、何がしたいのかわからないとかそんなことを言われ別れることになったと。その時はよくある一般的な近況報告というか恋愛相談というか、そんな話で終わった。
 彼が荒れ始めたのは店を出てから。
 深夜4時過ぎ渋谷センター街のみずほ銀行の路地。
 そんなに酔っ払っている彼の姿はその時が初めてだった。行くあてもなく路地をフラフラしては座り込んで、何も言わずに介抱しようとした人の手を振り払って。
 3人で路地に寄り添って、彼の話を聞いていた。とはいえ話にはならないような話で、ただただ悔しさが募ったような話だ。
 ーもう元には戻らない。だから強くなるしかないんだ。
そんなことを言いながら、それでも自分だって答えを出せてはいないんだと思っていた。そのまま明け方まで話を聞いて、始発の電車で彼の地元の最寄り駅まで3人で行って、朝方のコメダ珈琲で一緒にコーヒーを飲んで別れた。

 その時の答えは、どうしてかいつも言えない。
結局正社員がいいだとか、ずっと曖昧なままで働いているのが良いのかなんて、そんな話は世間とか周りが勝手に言っているだけの話で。
本当は続けることが何よりも大変で。例えば自分の将来だとかお金のことだとか、立場のために新しい場所に行くこともきっと正しいことだけど、自分自身で今いる場所で責任感を持って働き続けることだって間違っていない。やりたいことがないと言って流されて決めてしまうより、自分自身が納得出来るまで考え抜くことも間違ってはいないんだ。
 大事なことは、自分自身がそれを決めたこと。それを貫いていけるなら、誰が何を言ったとしても、関係ないんだ。

 そこから先、私と彼は言わずともその答えにお互いたどり着けたと思っている。
 私はそれから彼のいる店舗の担当から外れ、一人で別のエリアの立ち上げをすることになった。過去に共に働いてきた仲間は皆散り散りになったから、私は彼を引き抜くつもりで声をかけた。
 その時の回答は、予想していた以上だった。
 今の店舗から皆いなくなって、自分が支えていきたい。だからこの話には乗れない。
 どうしてだろうな。その時の私は、断られたという落胆より、嬉しさのほうが大きかった。ずっと流されて、何も決めずにやりたいことがないと過ごしていたように感じていた彼が、初めて自分で居るべき場所を決めてくれたことが嬉しかった。もしかしたらはじめからそう思っていたのかもしれないが、学生の頃から見ていた彼を、しっかりと導いてあげられた気がした。

 そうだよ。
 誰かがいるからとか、誰かと働くのが楽しいからとか、それを仕事をする理由にするのも確かに合ってる。
 だけどそれは、その誰かに自分の答えを委ねているから。
 いなくなった時に誇りを持てなくなってしまうなら
 それは危ういことなんだ。大事なことは自分で決めなきゃいけない。
 それが私のことだったとしても、しっかり回答を私に委ねず自分で居るべき場所を決めてくれた。それだけで彼は充分に強くなった。そう思えた。

 長い、長い時間がたった。
 彼とは県もエリアも大きく離れてしまって、もうあまり連絡を取ることもなくなった。日々に忙殺され、何年も何年も同じようなことを繰り返すようになった。たまたま来た本社の上司に、彼の退職を聞いたのがつい最近のことだ。それからすぐまたこっちに来たら飲みに行きましょうとか、そんな短いやり取りをした。

 積もる話は沢山ある。
 誰かがいるからという理由で仕事をしてほしくない。確かに今までずっとそう教えてきた。ただこの話には続きがある。
 本当に大切な誰かのために働くこと、本当に大切な誰かのために働くと決めたこと。決められたこと。
 それは仕事をする理由として、どんなものより強い。
 同じ業界、同じ業種の中にいるんだから、誰よりもわかる。
 これからいくつもいくつも、出会いと別れを繰り替えす。
 きついことばっかりさ。
 俺だって10年以上やっているのに、まだ上手な別れ方が出来ないんだ。
 想いをかければかけるほど、きつくなることが分かっているのに。
 全然かっこいい大人じゃない。しっかり人生歩けているわけではないし、
説教もアドバイスも全然出来ないよ。
 だから今君が辞めることも、当然きついんだ。
置いてけぼりにされている感覚はいつだってある。
 だけどな。もし本当に自分の居るべき場所を見つけられたなら。自分が本気でやれる仕事が見つかって、そのために人生をかけられるなら、それはすごいことなんだ。
 金でもなく、待遇でもなく、キャリアでもなく、かっこいい仕事でも尊敬される仕事でもない。社会に貢献できている仕事でもない。
 それが一体何だってんだよ。
 自分がそこに居る。そのことを決めたなら。もうとっくに立派な人間なんだ。自分の人生がどうだったか、そんな答え合わせは最後にすればいい。

 俺も君も、この街をでていく。
そうしていつか、自分が納得できる場所で自分らしく、誰かのために生きる。その事は誰も否定できない。馬鹿にできない。
 いままで散々迷ってきたって。それでも良いんだ。無駄じゃない。
 きっとそうやって迷っている人は沢山いると思う。
 すべては自分が決めたことが一番大事なんだ。世間からどう見られてもどう思われても、そんな事は一切関係ない。きっと迷い続けることも同じ場所に居続けることも、好きなことを好きでい続けることも一番難しいことだと思うんだ。だからそう決めたことは、誰がなんと言おうと正しいことなんだ。

 最後にこれだけ。
 心から言おうと思う。
 卒業おめでとう。


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薄情屋遊冶郎
サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。