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パニック障害当事者の視点から観た「夜明けのすべて」
映画「夜明けのすべて」を観てきた。
最近ではこうしたパニック障害やPMSなど「見えづらい生きづらさ」にも少しずつスポットライトが当てられているが、メディアで公開される多くにリアルさが欠けていたり、当事者の気持ちが置いてけぼりにされていたりする側面もある。
そこで今回は、パニック障害の一当事者に映画「夜明けのすべて」はどう写ったのかを書いて行きたい。なお、これはあくまで僕個人の意見や体験を踏まえて書いたものであり、パニック障害当事者を代表するわけでも、全員に当てはまることでもない。
🚨注意!
・この記事には映画のネタバレ要素を含みます
・パニック障害についての症例を載せています。当事者の方、そうした表現が苦手な方は了承の上記事をお楽しみください。
僕について
基本情報
まず、この文章を書いている僕のことを簡単に説明したい。
大阪府に住む27歳の男で、2年半前にパニック障害と診断され、今も週1回の精神科への通院と服薬で療養中の身である。また、昨年の秋にはうつ病も併発したので、その治療も合わせて行っている。
仕事はフリーランスのデザイナー…というと聞こえはいいかもしれないが、実際はただ契約が業務委託というだけだ。体調が安定しないうえに、まだ体力もないからフルタイムで働ける場所がない。そして、働きたいと思える会社もない…。生活費や家事の労力を下げるために実家で暮らしており、時々犬と遊んだり、フットサルをしたり、NPOをちょこっと手伝ったりしている。収入は新卒の平均よりもずっと低いが、実家で暮らしているのでそこまで生活に困ることはない。たまに友達の結婚式などの急な出費でピンチになることはあるけれど。
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病状について
病状をもう少し詳しく説明する。
現在は劇中であったような、過呼吸をはじめとするパニック「発作」はほとんどなく、たまに動悸が激しくなったり、吐き気がやってきたりするくらいで、それなりに元気に生活できている。ただ、うつの症状で、気分のアップダウンについていけず、時々寝込んでしまうことがあるが、それも2日くらいすればある程度のところまで回復するということがわかってきた。
本当に症状がひどい時は、電車やバスはもちろん、部屋から一歩も出られず、自分の部屋で何もしてないのに物音がきっかけで体が反応してパニック発作になってしまうこともあった。現在のようにある程度仕事もできて、友達や恋人と楽しく過ごせて、遠方まで移動できる(この間は飛行機と新幹線を使って東京に行った!)ようになったのはここ1年半のことだ。それでも回復までかなり早い方だと思う。
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当事者から見ても「夜明けのすべて」はめちゃくちゃリアル
結論から言うと、夜明けのすべては「めちゃくちゃリアルで丁寧に作り込まれている」作品だと感じた。生きづらさを抱える者同士の言葉のやり取り、当事者を囲む周囲の人たちの振る舞い、どれも「わかるー!」と共感することだらけだった。
では、ここから先は具体的にどの辺りがリアルだったのか?を解説していきたい。なお、僕は医療従事者でもないし、それに値する資格も持っていないので、書いていることは医学的根拠に基づいたものでなく、あくまで個人的見解であることを先に記しておきたい。
抗不安薬「アルプラゾラム」
劇中でPMSに悩む藤沢美紗(上白石萌音)と山添孝俊(松村北斗)が処方されている「アルプラゾラム」という薬。まさか薬品名まで登場するとは思っておらず、これには僕もテンションが上がった。
アルプラゾラムは僕も今でも持っている薬で、不安を一時的に和らげてリラックスさせる作用がある。ソラナックスと呼ばれたり、他にもデパスという似たような薬があるが、共通しているのは「比較的即効性がある」ということだ。そのおかげで、山添が職場で発作を起こした時も、外に出てしばらくしたらいつもの様子に戻れていた。
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ただ僕の知る限りではあるが、アルプラゾラムをはじめとする抗不安薬はパニック障害の「急性期」、つまり僕でいうと発作が頻発していた頃に使われる薬で、常用薬ではない。処方されていたとしても、発作が起こった時だけに緊急薬として使われたり、持っているだけで安心できて、いざという時にでも大丈夫だという「お守り」としての効果を持つことが多い。
藤沢が薬を飲んでから眠ってしまうように、一定の効果は得られるものの副作用も強いので(もちろん個人差はあるが)ガブガブ飲める薬ではない。たまに精神科医で「これをとりあえず飲めば大丈夫」だとアルプラゾラムをはじめ、大量に抗不安薬を出す医者がいるが、そういったところで治療を受けるのはおすすめできないので、当てはまる人がいたら注視した方がいいかもしれない。
また、リアルだなと思ったのは、薬を飲んでも発作がすぐに治らなかったこと。よくドラマなどで薬を飲んだらすぐに落ち着いて話せるようになる、みたいなシーンがあるが、パニック発作の場合は飲んでから15~30分ほど時間がかかることが多い。ちなみに僕の場合は体調や発作の強さによっても効き始める時間が違っていて、長いときは1時間たってもまったく効果がなかった時があった。その時はもう…過呼吸と吐き気が治るまでベッドで横になることしかできなかった。
エアロバイクと加湿器とガム
まずエアロバイクについて。これは推測ではあるが、山添は自分でパニック障害の治療方法について調べるうちに「適度に運動することが大事」というネット記事を見かけて、購入したものだと思う。
有酸素運動がいいとされていること、ジムに行くには移動するか人混みの中に入っていくことが必要なこと、そして何より自宅だと「パニック発作が起きない」もしくは「発作が起きてもなんとかなる」と考えたのだろう。
実際、発作がある程度の頻度まで落ち着くと、自宅では発作が起きないという人は多く、僕自身も急性期を過ぎてから家の中で発作が起きたことは一度もない。
これはあくまで僕個人の意見ではあるが、パニック発作そのものも怖くてつらいものだけど、それ以上に発作によって人前で倒れてしまうこと、周りの人に迷惑をかけてしまう申し訳なさはハンパじゃなく、だからこそ家の中ならそういった心配がないから発作を引き起こすトリガーが少なくて済む、ということかもしれない。
劇中で、発作を起こして早退する山添に藤沢が「心配だから」と家の前まで着いていくシーンがあるが、僕だったら絶対にやられたくない(笑)発作が起きて自分のみっともないところを見せてしまった恥ずかしさや、迷惑をかけてしまったという申し訳なさでいたたまれない気持ちだし、過呼吸で体力もヘトヘトなのに、それほど仲良くもない同僚におせっかいをかけられるのはごめんだ…。
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そして加湿器とガム。
まず加湿器について。そもそも「加湿器なんて冬なら乾燥を防ぐためにやるだろう」と思われるかもしれない。ただパニック障害を始め、一度強烈な体の不調を経験すると、セルフケアに入念になっている描写だと考えられなくもないと思った。
できるだけ自分の体調を崩す要因になることはシャットアウトする。その一つが加湿器を炊いて乾燥を防ぐことだろうし(同じく常に部屋は加湿している)、僕の場合はカフェインを避けて、コーヒーを飲まず、スタバでもオプションでデカフェにするかマンゴーパッションティーフラペチーノ、日頃の飲み物はノンカフェインの麦茶である。
余談だが、過去にパニック障害を経験したアーティストの星野源は今でもガブガブとコーヒーを飲んでカフェインを摂取しているので、発作を誘発しないのだろうかと少し不安になる。
ガムについてだが、これは僕も本当によく噛んでいる。山添のリラックスのルーティーンが炭酸水であったように、僕は常にガムが手放せない。このように、パニック障害の当事者がリラックスのルーティーンを持っているのは結構あるあるなのかもしれない。発作が起きそうな対処療法として、飴を下の上で転がしたり、塩を舐めたり、親指の付け根のツボを押したり、親族の顔と名前を一人ずつ復唱する人もいた。あと精神科医がよくいうのはペットボトルを握ったり、目にうつる色に注目するなどがある。あまり医者からのアドバイスをそのまま実践しているよりも、何かしらのオリジナル対処法を持っている人が多いが、共通しているのは「自分の体から意識を逸らす、もしくは逆に刺激を強くする」ということだろう。
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なぜ外食ができないのか
山添は「広場恐怖」というパニック障害の典型的な症状がある。電車に乗れない、髪を切りにいけないなど、人目に付く閉鎖的な空間に長時間拘束されることがパニック発作を引き起こす。
これが起こる場面は人によって様々で、エレベーターがダメという人もいれば、車には乗れるけど高速道路は無理、という人もいた。その辺りはパニック障害も徐々に認知が広がっているので知っている人も多いかもしれないが、ではなぜ山添は「外食」ができないのか。
これは「会食恐怖症」という不安障害の一種で、パニック障害の症状例の一つだけでなく、会食恐怖症だけ症状がある人もいる。山添が具体的にどのように外食ができなくなっているかの描写はなかったが、僕の場合ひどい時は家族との食事も辛かった。お店に入る前から動悸と不安感が強くなり、いざ席に座ると一気に吐き気が込み上げてくる。運ばれてきた料理を口にしても、喉がキュッとしまった感じがして飲み込めないので、一気にお茶で流し込む。本当に人との食事の場面が辛かったし、ご飯が美味しいと感じられなかった。
なぜそうした症状が出るのかは人によって様々で「小さい頃に給食を食べることを強要されたことがトラウマになった(これが意外に多い)」「食事の場で一度吐いてしまってそれ以来食べることが怖くなった」などがある。僕の場合、正直これといったきっかけや理由はないが、やはり「その場から逃げることが難しい」というのは、広場恐怖にも通ずることがあるように思う。
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特に日本人は、人とご飯を食べてコミュニケーションを促進しようとする文化が強かったり「もったいない」という言葉に代表されるように、食べ残しをすることについてもネガティブな印象を持たれることが多い。
会食恐怖症を相手に伝えて「食べなくても大丈夫だよ」と言われても、相当気の知れた人でないと、食べ残すと「ああやっぱり」と微妙な空気になりかねないし、食べれないと言っているのに「これは食べられないの?」と聞かれてしまう(もちろんそれも優しさだとは分かっているのだけど)。そうした症状に山添も悩まされているのでないだろうか。
おわりに
本当は劇中でちらっと登場した「暴露療法」や「山添と恋人の関係性」についても書きたいのだが、映画を観終わった勢いのまま5,000文字近く書いていて、そろそろ体力が尽きたのでこの辺で終わりにしたい。上記トピックについて書いて欲しい、教えて欲しいという人がいればいつか書きたいと思うのでコメントで教えてください。
まとめというか、個人の感想になってしまうのだが、当事者の視点で見てもこの映画の描写は本当にリアルで丁寧で、松村北斗の演技も素晴らしかった。PMS、グリーフケアなどの映像作品にはなかなか取り上げられないトピックを用いていたのもよかったし、よくある「家族や恋人の愛の力で乗り越えました!」ではなく、周囲のいろんな弱さを抱えた人たち同士で支え合いながら生きていくドラマが描かれていて温かい気持ちになれた。
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作品やこのnoteを通じて「もっとパニック障害について知りたい!」という方はこちらのpodcastをどうぞ!(ただの告知)
普段は恋愛やジェンダーに関するトピックばかり話しているが、番外編としてパニック障害について僕の赤裸々に語ってみたエピソードがあるのでぜひ是非聴いてみてほしい。
というわけで、少し長くなってしまったが、これで終わりにさせていただきたこう。誰のことも僕たちは救うことはできないけれど、できることがないわけじゃあない。強い結びつきだけではなく、弱さと少しの優しさでゆるやかに支え合いながら、たくさんの人が何気ない日常をおくれますように。