【ライナーノーツ再掲】 ルナサ『ウイズ・RTÉオーケストラ』
【以下、ルナサ『ウイズ・RTÉオーケストラ』(2013年、THE MUSIC PLANT)の日本盤ライナーノーツより再掲】
1998年のデビュー以来、文字どおりフロントランナーとしてアイリッシュ・ミュージックの新たな可能性を追求してきたルナサ。彼らの魅力はとても一言では語れないが、なかでも僕が強く惹かれるのはその圧倒的「速さ」の感覚だ。
もちろん、トラッド界屈指のテクニシャンが揃ったこの5人組はやみくもにスピードだけを追求してきたわけではない。切ない情感を湛えたスロー・エアから春の陽射しのように温かなミディアム・チューンまでレパートリーは幅広いし、ライブやCDではさまざまなタイプの曲をバランスよく演奏している。だが、いったんギアが入った際の凄まじいドライブ感──ゆったりしたエアーからジグ、リールへと流れるようにシフトアップし、目の前の景色が突如音速を超えて変わり始めるあの瞬間は、一度味わうとやみつきになってしまう。物理的なテンポの速さというよりは、むしろ人為的な加速による体感スピードと言った方がいいかもしれない。
1990年代に入り、ケルト音楽シーンではダーヴィッシュ(アイルランド)、フルック(北アイルランド、イングランド)、ソーラス(アメリカ)など、伝統音楽に軸足を置きつつもロック的なセンスと革新性を持ち合わせたバンドが次々に登場したが、その疾走感においてルナサは随一だと思う。いや、ジャズ、ブルーグラス、ショーロなどこの地上に存在する全てのアコースティック・アンサンブルと並べても、ここまでの完成度に達したグループはなかなかないだろう。
だからこそ、3年ぶりとなる新作がオーケストラとの共演盤だと教えてもらったときは、少しだけ不安がよぎった。コラボレーションの相手はRTÉコンサート・オーケストラ。アイルランド放送協会(Radio Telefis Éireann)に所属し、これまでディープ・パープルのジョン・ロードやルチアーノ・パバロッティなど多様なジャンルの音楽家と実績を残してきた、いわば手練れの楽団だ。ケルト音楽とのゆかりも深く、世界的に大ヒットした舞台「リヴァーダンス」のバッキングを初めて務めたのも彼らだし、2010年、アルタンの25周年記念で録音されたCDはとても充実した内容だった。
でも、ルナサはどうだろう? 厚みのあるオーケストレーションは、その魅力である唯一無二のスピード感を減殺してしまわないだろうか。事実、これまで彼らは(何回かのメンバー交代は重ねつつも)7枚のアルバムをほぼゲストなしで制作している。ギリギリまで無駄を削ぎ落とし緻密に構築されたあのアレンジと、はたしてオケはうまく調和するのだろうか、と。
しかし、それはまったくの杞憂だった。本作『Lúnasa WITH THE RTÉ CONCERT ORCHESTRA』は、ルナサというバンドの音楽的エッセンスをより際立たせ、さらなる境地を提示した傑作と言っていい。全9曲。どのトラックを聴いても、オリジナルバージョンのスリリングさは一切損なわれていない。むしろ、控え目だが要所をわきまえたオーケストレーションの力を得て、よりブーストされている印象だ。弦楽器も管楽器も、抑えるべきところはぐっと抑え、出るべきところではしっかり前面に出て、曲本来の持ち味を引き立てている。ときにはアルバムで聴きなれたチューンが、よりルナサらしく響く瞬間もあったりして。曲の構造とアプローチをよほど深く理解しないかぎり、このような絶妙なハーモニーはまずありえなかっただろう。
プロジェクトの成り立ちをたどる前に、まずはバンドメンバーをごく簡単に紹介しておこう。ケヴィン・クロフォード(フルートなど)、ショーン・スミス(フィドルなど)、キリアン・ヴァレリー(イーリアン・パイプなど)、トレバー・ハッチンソン(ダブルベース)という、2001年のサードアルバム『メリー・シスターズ・オブ・フェイト』で確立した4人は不動。加えて本作では、2010年リリースの前作『ラ・ヌーア』で正式メンバーに固定したギタリストのポール・ミーハンが抜け、代わりに元フルックのエド・ボイドが加入している。エッジの鋭いエドのプレー・スタイルは、どこか2006年に惜しくも脱退した創設時のギタリスト、ドナ・ヘナシーを想起させるもので、その片鱗は今回のオーケストラとの共演でも随所に見出すことができる。
さて、もともとこの企画は、RTÉの側からバンドに持ち込まれたものだったようだ。両者の架け橋になったのは、本作のアレンジを担当したナイル・ヴァレリー。今、アイルランドでもっとも期待されている若手作曲家・編曲家の1人で、ルナサのファンならご存じのようにメンバーであるキリアン・ヴァレリーの兄にあたる。実はキリアンの家族は、北アイルランド・アーマー州では有名な音楽一家で、両親は60年代に「アーマー・パイピング・クラブ」を創設し伝統的イーリアン・パイプの継承・発展に尽力している。ナイルはパイプではなく7歳からコンサーティーナ(アコーディオンに似た蛇腹楽器)を弾き始め、90年代にはノモスという先鋭的なトラッドバンドの中核メンバーとして活躍していた(ちなみに彼、元ソーラスの人気シンガー、カラン・ケイシーの旦那さんでもあります)。キリアンの発言によると、コーク大学で音楽を修めたナイルはここ数年クラシックのグループとも相当数の仕事を重ねており、RTÉから「何か新しいプロジェクトを立ち上げないか」と打診されて、ルナサとオーケストラの共演を希望したのだという(※1)。
バンドがオファーを受けたのは昨年初頭。そこからは一気呵成にことが進み、2012年6月12日にはダブリン・ナショナル・コンサート・ホールで大規模なライブが行われた。その4か月後、ダブリンのRTÉスタジオで録音されたのが本作。実はコンサートの時点から、アルバム制作もセットで予定されていたようだ。レコーディングもライブと同じく一発録り。ルナサは通常、アルバム制作に数週間はかけているが、今回はたった2日。それも1曲について2~3テイクを重ねただけで、ダビングも一切なし。それだけに「メンバーのプレッシャーは相当のものだった」とキリアンは語っている。
収録曲については、ナイルとバンドが相談。スローなチューンとアップテンポなチューンとが、バランスよく選ばれている。出典を記しておくと、(1)(5)(7)(9)は『メリー・シスターズ・オブ・フェイト』(2001年)、(2)は『6~シェイ』(2006年)、(3)は『レッドウッド』(2003年)、(6)は『Lá Nua~ラ・ヌーア』(2010年)、(8)は『ルナサ』(1998年、アルバムには「Aibreann」の楽曲名で収録)、(4)は今回新たに選ばれたチューンだ(ただし後半の「Scully's」は『メリー・シスターズ・オブ・フェイト』に収録)。オーケストラとのマッチングを念頭に置いた結果、バンドの多彩な側面がよく出た“ベスト・オブ”的な選曲になっているのが面白い。
本作を何度も聴き込むと、トラッドとクラシックの双方に通じたナイルが、この冒険的プロジェクトを成功に導いたキーマンだったことがはっきり見えてくるだろう。前述のように、ルナサの魅力は何と言っても、アグレッシブなリズムと豊かなハーモニーとが高い次元で融合していること。骨太なダブルベースと鋭いギター・カッティングがリズム楽器として低域を支え、その上でフルート、フィドル、イーリアン・パイプなどが複雑な三声の旋律を奏でる。ほとんどプログレと言ってもいいほど、構築的な音楽だ。
今回ナイルはそのダイナミズムを最大限生かすため、やみくもにシンフォニックな装飾音を重ねるのではなく、むしろ5人のアンサンブルを補強する方向で、弦や管のセクションを加えている。再びキリアンによれば「ルナサ・サウンドの要であるベースのラインが埋没してしまわないよう」、そこからアレンジを組み立てるケースが多かったようだ。またスタッカート的な短いフレーズを多用し、ストリングスやホーンで曲全体のリズムを強調するという手法も、よく用いられている。これなどはまさに、オーケストラのルナサ的解釈と言っていいかもしれない。
例えば2曲目「LECKAN MOR」導入部に耳を澄ませてみよう。軽やかなホイッスルとギターのカッティングを支えるように、まずストリングスが主旋律のカウンター・メロディーを優しく奏でる。2回目のリフレインからはピチカート奏法がユーモラスな味わいを加え、やがて金管セクションがダブルベースの1音、1音を補強するように短いフレーズを重ねていく。あるいは3曲目の「SPOIL THE DANCE」。3本のホイッスルがやわらかく絡み合いながらユニゾンを奏でる冒頭はオリジナルとほとんど同じだ。ただ、途中から木管楽器が加わり四声となり、ギターのリズムとストリングスの波長が次第にシンクロし始めて、曲全体の勢いが増していく──。
このように5人の演奏をマスキングすることなく、楽曲の展開に合わせて少しずつオケ・パートを足して厚みを作っていく手法は、見事のひとこと。端正で、しかもエキサイティングで、聴くほどに新しい発見がある。
11分20秒に及ぶ4曲目「AN BUACHAILLÍN BÁN」の導入部、荘厳なストリングスの上で切なく響くキリアンのイーリアン・パイプや、ハッチンソンがファズ・ギター顔負けの音色でベースを響かせる「THE MERRY SISTERS OF FATE」などプレーヤー個々の見せ場も多い。個人的に大好きなのは、軽快なショーンのフィドルで始まる5曲目「MORNING NIGHTCAP」。金管、木管、ストリングスが複雑に絡みあい、後半にかけどんどん前面にせり出してくるスリルは、ちょっとビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のアレンジを思わせるスリリングさ。本CDには特典としてライブの映像が収録されているが、これを見ればルナサのメンバーとオケ楽団員の間でいかに緊密なインタープレイが交わされているかが分かるはずだ。
巧みなアレンジに命を吹き込んだという意味では、RTÉコンサート・オーケストラの首席指揮者であるデヴィッド・ブロフィの貢献も見逃せない。キリアンも「彼はすごく柔軟で、しかも僕らの出自というものを完璧に分かってくれていたんだ。アイリッシュ・ミュージックの中に流れる“上げ潮”と“引き潮”についてよく理解していて、そのうねりを邪魔するようなことは決してしなかった。デヴィッドと一緒にこのプロジェクトを出来たのは、ラッキーだったよ」と手放しで絶賛している。ナイルと並ぶ、もう1人のキーマンと言ってもいいだろう。もう1つ、ぜひ強調しておきたいミキシングの素晴らしさ。5人とオーケストラのバランスを完璧に保ちつつ、各パートのボリュームを微妙に調節して、リッチで存在感ある音像を創り出している。手掛けたのはルナサのツアーで専属エンジニアを務めるリチャード・フォード。彼もまた、第3のキーマンと言っていいと思う。
自らの楽曲に新たな角度から光を当てるのは、バンドにとっても新鮮な経験だったようだ。スポークスマンでもあるケヴィン・クロフォードは、「長く放っておいた曲のホコリを払い、まるで新しい環境で耳を傾けてみるのは、すごくカタルシスのある経験だった。メロディーには新たな命が吹き込まれ、僕らはもう一度、楽曲への愛とリスペクトを新たにできたんだ」と語っている(※2)。
アイリッシュ・トラッドという豊かな土壌の上で、真に革新的な表現を求め続けてきたルナサ。彼らにとって本作は、自らの原点を再確認し、新たな領域へと踏み出すきっかけとなったに違いない。本作に収められた生命力あふれる演奏からは、現在のバンドのコンディションのよさとモチベーションの高さが生き生きと伝わってくるようだ。この12月には、恒例「ケルティック・クリスマス」で久々の来日も控えている。世界最高峰のライブユニットを至近距離で体感できるまたとない機会。しかも東京では、待望の単独公演も開かれる! このCDを聴きながらその瞬間に思いを馳せたい。
2013年10月
大谷隆之
(※1)ウェブサイト「POLLSTAR」のインタビューより
(※2)ルナサの最新バイオグラフィーより