自#634「マスクは感染予防には役立つと、充分、理解していますが、喋るのが億劫になって、どうしても寡黙になります。喋らないよりは、積極的に喋った方が、やはりより健全で、健康的だと、間違いなく言えます」

        「たかやん自由ノート634」(音読)

 朝日新聞の声の欄で、「声出して天声人語を読み続ける」というタイトルの投稿を読みました。投稿されたAさんは、90歳の女性です。「毎日音読で人生を変える」という本があって、その本をお読みになって、天声人語の音読を始められた様子です。
 毎日音読で、人生が変わるかどうかの検証は、難しいと思いますが、日々のモードを、ポジティブで、メジャーな方向に変えてくれることは、まず間違いないと、私も源氏物語の音読を、日々、実践していますから、充分、理解しています。私は、読書(黙読)が趣味ですし、音楽も聞きますし、絵も見ます。が、これらの読書や、音楽・絵画鑑賞は、メジャーやマイナーとのはっきりとした相関関係はありません。まあ、どっちかと言うと、ややともするとマイナーの方に、傾きがちだと、推定しています。
 引きこもって、読書三昧、音楽や絵画をひたすら鑑賞するといった生活は、どう考えても、精神衛生上、不健康です。昔から、晴耕雨読と言われています。晴れた日は、身体を動かして、畑仕事をし、雨の日は、閉じこもって読書をするという生活です。晴天と雨天の割合の問題もありますが、モンスーン地帯でも、半分は晴れています。この四文字言葉が生まれたのは、中国の中原地方です。中原地方、つまり華北ですと、晴天と雨天の割合は、8:2くらいだと、私は推定しています。八割が身体作業、二割が頭を使う知的作業というバランスですと、まずもって、うつに陥ったりせず、快適に日々、過ごして行けると思います。この比率が、逆で、八割が知的作業、二割が身体作業ですと、正直、ちょっとしんどいかもです。知的作業が多い人でも、多くてもせいぜい5割、あとの半分は、身体を動かすことに努めるべきだと、私は考えています(ちなみに教員は、身体作業が9割、知的作業が1割だと、私は判断しています)。
 90歳のSさんにとっても、身体を動かす運動は、やはり必要です。が、90歳ですから、そう気軽にランニングやダンベル上げや、スクワットなどの筋トレメニューを、日々の生活の中に組み入れることも、できません。が、本を黙読せず、音読すれば、それが身体作業につながります。
 別段、天声人語じゃなくても、普通の本でいいと思います。が、朝日新聞は、天声人語を書き写すノートまで拵えたりして、日頃から天声人語を推しまくっているわけですから、天声人語の音読をしている方の投稿は「即、掲載決定」になったんだろうと推測しています。
 Sさんは、深代淳郎さんの講演を「朝日婦人教養のつどい」で聞いたことがあるそうです。毎日の原稿を書くのは、大変だろうと思っていたら、「会社を休む時は日々の動きとは直接関係ないことを事前につづっておく」と聞いて、それ以後、一層、天声人語が大好きになったそうです。
 深代淳郎さんは、コラムの天才でした。私が知る限り、天声人語の高い文化の香りの枠を拵えたのは、深代淳郎さんです。天声人語は、書き手が次々と変わって行きます。が、深代淳郎さんの遺産のようなものは、やはり残っていて、引き継がれています。源氏物語の場合、自然と人事とが巧みにミックスされているわけですが、天声人語は、オフィシャルとプライベートを、巧みにコラボさせています。これは深代淳郎さんの遺産だと想像しています。
「毎日音読で人生を変える」を私は、読んでいませんから、最近の音読ブームの位置づけは掴めてませんが、東進ハイスクールが、音読室を拵えているのとは、その目的もノリも違うと、さすがにそれくらいは理解しています。東進ハイスクールが、音読をpushしているのは、記憶を定着させるためです。健康面のメリットなどは、別段、考慮してません。が、まあ音読をすれば、結果として元気が出るくらいのことは、受験関係者なら、誰だって常識として理解しています。
 最近の高齢者の音読ブームは、誤嚥性肺炎予防のためだろうと、私は判断しています。私の母は、最後、寝たきりになって、世田谷の病院に入院していました。血管に針を入れて、栄養の補給をしていたんですが、担当医に「もう血管がボロボロなので、栄養は管を通して、鼻から入れます」と、言われました。そのあと、「もちろん、誤嚥性肺炎の危険性は、充分、あります。そのことも、ご承知下さい」と念を押されました。母、多分、チューブで栄養を補給されることを、無意識の内にも、拒否していたんだと思います。その後、すぐに母は逝去しました。どっちみち、死ぬのであれば、楽に死なせてやりたいと思いましたが、病院に入院させている以上、医師の判断が、やはり最優先です。
 肺炎の七割が、誤嚥性肺炎です。食べ物が食道に入らず、気道に入ってしまって、誤嚥性肺炎を起こします。食べ物をきちんと食道に嚥下できるように、日頃から喉を鍛えておく必要があります。嚥下に必要な筋肉と、発声のための筋肉は、その9割が重なっています。声を出すことで、飲み込む力も鍛えられます。
 私が子供の頃、年寄りの婆さんたちが、井戸端に集まって(まだ普通に井戸はありました)のべつ、どうでもいい世間話をしていたんですが、あれは、まあ結果として、誤嚥性肺炎を防ぐために、喉を鍛えていたんだと言えると思います。誰とも喋らず、都会の部屋の一室で、テレビばかり見ていて、食材は生協で届けてもらうような生活ですと、正月に餅を食べると、その餅が、気管に詰まってしまうみたいなリスクは、当然、あります。今年の元旦、東京では、男女16人が、餅を喉に詰まらせて、病院に緊急搬送されたそうです。16人の内、15人が80歳以上です(80代が11人、90代が4人)。運ばれた16人の内、4人が死亡しています。4分の1が死亡しているわけですから、ロシアンルーレットよりも、高い死亡率です。
 歌を歌っても、喉は鍛えられます。が、好きな歌ばかり歌うと、いつも同じ部分だけを鍛えてしまって、鍛え残してしまう筋肉が出てしまいます。嚥下のための筋肉を、全集中で、全部鍛えるためには、毎日、違う文章を読むのがベストだそうです。時々、私は、喉を痛めます。喉を痛めると、歌える曲と、歌えない曲とがはっきり区別できます。歌えない曲の場合、あっ、この部分が今使えなくなっているなと、皮膚感覚で、どのあたりが損傷しているのか、何となく分かります。
 まあですが、私の経験では、喉を鍛えるためのベストのトレーニングは、英文を読むことです。英文を声を出して読めば、間違いなく喉はしっかりと鍛えられます。ネイティブスピーカーの音声を聞いて、それをシャドーウィングで真似ながら発音すると、英語独特のテンションの高さも、それなりに身につきます。
 英文の次は、古文です。漢文の方が、効果的かもしれませんが、古文もかなり喉を鍛えてくれます。現代文と違って、古文はリズミカルに音読できます。将来、コミュニティセンターで、古文講座を開設する時に「誤嚥性肺炎予防のための、源氏物語購読会」と尾ひれをつけると、多少は、受講してくれる人は、増えるのかもと、思ったりもします。

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