クレーマー・クレーマー
「馬鹿にするなよ貴様! 俺はなあ、五十年も警備員続けてンだ!」
つばを撒き散らしてもお客様。そしてお客様は神様だ。コンビニでタバコの銘柄が分からねえ程度で騒ぐ神様がいるのは参ったが、俺にとっての神は目の前のジジイより店長だ。首にならないように仕事をする。そうしてやり過ごすのが人生だ。
「てめェ! お客様は神様だろーが!! 適当な返事コくんじゃねェ!」
ジジイが唾を飛ばす。それはいい。だがおかしかないか? 飛んでくる唾でシャツが濡れるか? 怒声で後ろの棚が揺れるか?
俺は恐る恐るレジキーから顔をあげた。人間の顔に色がついて、感情を表すくらいは当然知ってる。だが皮膚そのものが『紅くなる』ことなんてあるのか?
「ニイチャン、ついてないね」
異形と化したジジイの後ろから、よく通る声で女が言った。女はホットパンツに高いヒールブーツを履いて、ネグリジェみたいに薄いレース付きのキャミソールを身に着けている。肌は健康的に黒い。夜のコンビニなら、ギリ普通に見かけるエロそうな女といったところだ。
普通でなかったのは、手に持っている携帯電話だった。まずデカい。手に余っている。そして、俺が子供の頃には絶滅したガラケーのように、アンテナが飛び出していた。
「ねえオジイチャン。あーしに、『神様』頂戴な」
ジジイが返事するより早く、女は腰を落とし、携帯を逆手に持つと──それを目にも止まらぬ速さで抜き払う!
アンテナが流星の如き光の軌跡を描いてジジイの首を切り離す。遅れて、首の断面から噴水の如く赤い血が吹き出した!
「いちゃいけないっしょ、クレーマーなんてさ」
手のひらでアンテナを戻して、ホットパンツと豊満な尻の間に携帯を差し込む。居合抜き。血にまみれながら俺は考える。
「アンタ、人殺した……よな?」
「人じゃない。神様。そしてアンタは『神を殺したところを見た』ってわけ。ついてないよね」
続く