
都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(3)
ドモンは刀を抜いた。抜くべきだと考えた。男はすっくと立ち上がり、首を左右に傾けながら骨を鳴らし、ナタを握った手を前に出した。刃は肩と水平に。ナイフ術に似た構えであった。
「に、逃げたほうがいいか……?」
「少なくともその準備はしといてくださいよ」
ドモンは自分の額に冷や汗が浮いているのを感じていた。それほど目の前の男には異常な『何か』が感じられた。
こいつは殺さねば、逃げられぬ。
男がテーブルを蹴ったのは次の瞬間であった。ドモンが食べていたポップコーンのカス、食べかけのピザ、ビール瓶がひっくり返る。空中でテーブルが一回転して、顔にゴミが飛ぶ。
その顔めがけて、ナタの刃が貫通する。仕留めた──と思っただろう。しかし、現代に生きる剣士であるドモンにとり、戦闘状態下で意図せず瞬きをしないことくらいは当たり前であり、切っ先を避けるため体をずらす程度なら朝飯前である。
まるでバターにナイフを突っ込んだように、机のなかでナタの角度が変わり、上へ向かって切り上げる。ドモンはそれをめがけて横一文字に切り払った。机が上下真っ二つ、上半分は縦に割れて、男のガスマスクが見えた瞬間──すかさず返す刀で袈裟がけに男を切り裂いた!
手応えあり。返す刀で横一文字に首をふっ飛ばす!
ぽろり、と花が落ちるように、首がカーペットに転がった。サイは思わずひっと小さく声をあげた。
血は出ていなかった。項垂れたように膝をついた遺体が、砂嵐をバックに佇んでいる。
「これは──何? なんだ? 何が起こったんだよ?」
「……わかりません」
ドモンは残心し、刀を注意深く納めた。遺体は遺体のままだ。怪人は死んだ──はずだ。
「マリーのチャンネルが派遣したのか? こんなに早く? 大体なんで、も、モニターから出てくんだよ!?」
「だから僕にもわかりませんって」
ドモンはキッチンからナイフを二本持ち出すと、怪人の遺体──その心臓に向かって投げた。深く刺さった以外に変化はない。死んでいる。今度は首に近づいた。うええ、と声にならない嫌悪を見せながら、サイは後退った。
「冗談だろ……」
「中身を見ないと何者かわからないでしょう?」
ガスマスクは後ろでガッチリとベルトで繋がれていた。ドモンはサッカーボールでも拾うように首を手に取ると、それを外した。セシルカットで茶髪の──女だった。その顔には、額から鼻にかけて、醜い火傷跡が残っている。──女? 明らかにおかしかった。首から下──今項垂れたままの遺体は、明らかに男性の体つきだった。筋肉だって男の付き方だ。実際に立ち会ったドモンが、見間違えるわけはない。目で相手の戦力分析を行うのは剣士として当然の技能であり、暗殺者として研鑽を重ねた彼の目の精度は高い。
「どうなって──」
後頭部を見て、耳の形を見て、正面を向かせた時──ドモンと女の顔の、目が合った。
直後、ドモンの頬に拳が叩き込まれ、サイ自慢のDVD棚に突っ込んだ。
首無し死体が立ち上がり、そのまま転がっている首を拾って、『まるでブロック人形を直す』ように、ぐりぐりと切断面に押し付けたのだ。
サイはあまりの恐怖と混乱に、ただただ後ろに下がるばかりだ。
「どお……」
女は何度か咳払いをして、もう一度喋りだした。
「どおも。ホロウです」
「何……?」
「ホ・ロ・ウ。あなたは生贄として千ドルで捧げられました。故に──」
ホロウと名乗った女は首を文字通り傾けて、断面を見せつけながら笑った。
「首を斬ります」
心臓に突き刺さっているナイフを抜いて、下に転がっているナタを拾った。
殺される。サイは壁に背中をつけながら絶望する他なかった。
ドモンは覚醒を始めていたが、それでもだ。首を斬っても、心臓を刺しても死なない怪物に、剣士とブン屋がどう戦えばいいと言うのだ?
その時だった。ドモンが力の限り叫び、ホロウにタックルを繰り出したのだ。虚を突かれた彼女とドモンは、そのまま窓を突き破り外の駐車場に飛び出していく!
ここは二階だぞ!?
サイは窓から外を見るが──そこにはアスファルトの上で呻いているドモンの姿しかなかった。女がいない。
「無事か、ドモン! ホロウはどこ行った!?」
「わかりませーん!」
体中をしたたかに打ち付けたが、奥歯を噛みしめればなんとか耐えられる程度ではあった。骨も折れてはいない。
女は消えた。窓から飛び出した瞬間は確かに体を押し出したはずだ。地面に達する前には、もう彼女の存在はいなかった。
続く