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【短編小説】変装マスク(仮)

 来ちゃダメってヒドイわ。
 可愛い息子の晴れ舞台なのよ。しかもけっこう大役っていう話よ。観に行かないわけにはいかないじゃない。
 だからね、考えたの。私と分からなければいいの。そう変装。変装すればいいのよ。
 それでね、ショッピングに行ったのよ。黒皮の上着に、穴が空いたジーパンと破れかぶれのTシャツ。店員さんが選んでくれたの。
 私って、ふわふわひらひらした服が大好きでしょ。自慢じゃないけど、学生時代からズボンを履いたことないの。そんな私がパンクだって。
 これに髪を赤く染めて黒ぶちメガネと黒マスクを合わせたら、ほらもう誰か分かんない。
 あ、息子の部屋から棘々の帽子をちょっと拝借。
「うふふ、完璧」
 10才くらい若返っちゃったかも。うふ。
 さあ、バレずに息子の晴れ舞台を観ることができるかしら?
 会場はなんちゃらボールとかいう、まあまあの大きさ。千人くらい入るかしら。わあ、開演一時間前なのにもう並んでる。あ、グッズを売ってるのね。
 あらー、今回のお客さんは色とりどりね。普通の服の人もいるけど、なんか衣装みたいなの着ている子もいるわ。コスプレっていうのかしら。私もこういうのにすれば良かったかしら。でもちょっと露出が……。これなら私の格好もそんなに目立たないわね、きっと。浮いたりしないかドキドキして来たけど、大丈夫みたい。
 今日の舞台は2.5次元っていうの。なんか中世の吸血鬼が現代も生きているっていうゲームだかアニメだかの話なんだけど、うちの子ったら、その吸血鬼をやっつける役なんだって。けっこういい役どころじゃない。
 あ、あそこの子たち、うちの子の名前が入った団扇持ってる。うーんでも主役のケント君の団扇のほうが多いわ。ちょっと悔しい。うちの子の魅力が分からないなんて、まだまだね。あーあ、私も持って来れば良かったかしら、団幕。でも、あれ前に怒られたのよね。
「お客様、申し訳ございませんが、後ろの方のお邪魔になりますので、帽子を取っていただけますでしょうか」
「あら、ごめんなさい」
 ちょっとやりすぎちゃったかしら。まあ帽子取ったくらいじゃバレないでしょ。
 あ、幕が上がったわ。始まるわ。
 まあ、早々に息子が出て来たわ。
 あ、なによあの女。息子にべたべたしちゃって。あの子もあの子よ、そんな女、大したことなんだから、そんなのにかかずらうことじゃないじゃない。離れなさいよ。
 もうやめてー。なに抱き合ってんのよ~。
 ほら、悲鳴が聞こえるじゃない。あらホントに、隣りの女の子から悲鳴が漏れてるわ。
 あ、あの女。ほらやっぱりあの女、息子のこと捨てて、ケントのほうへ行っちゃったじゃない。
 あ、泣かないで。あんな女のために泣いたりしなくて良いのよ。
 なんだか私も悲しくなってきた。やだー。
 でもほらタカシちゃんは強いから、すぐに立ち直れるわ。ほらほら、その調子、あいつを倒して、あの女取り戻すのよ。そして捨ててやりなさい。
 タカシちゃんがんばれー。
 あれ。今こっち見た。そんなわけないか。分かるわけないもの。偶然よね。
 タカシちゃんがケントの城に乗りこんで戦ってるわ。ああ頑張って。
「エルドラルド様ー」
 タカシちゃんファンの子たちが名前を呼んでるわ。応援してくれているのね。
「マクスウェル様ー」
 負けじとケンジファンも声援を送っているわ。ここは声を出して応援しても良いところなのね。
「タカシちゃーん、がんばれー」
 あら、横の子がぎょっとしてこっち見たわ。名前はダメなのね。役名なのね。
「エルドラルドちゃーん」
 これで良いかしら。
 あら、今またこっち見た? エルドラルドちゃんこっち見た気がする。気づいちゃったかな。ま、大丈夫か。この変装完璧だもの。
 ああ、どういうこと。エルドラルドちゃん、んもう長いからエルちゃんとマクスね。エルちゃんがマクスにやられたわ。ううん、違う、違うわ。エルちゃんも吸血鬼になっちゃった。なんて美しいの。
 でもでもあの女、エリザベスは死んじゃったわ。あの女は吸血鬼にはならないのね。エルちゃんがエリザベスを抱いて慟哭してる。ああ、なんて悲しいの。会場中が涙にくれてるわ。私も涙が止まらない。
 そんなエルちゃんを慰める、マクス。え、マクス、狙いはエルちゃんなの。そっち? でもいいわ。マクス見る目あるわ。うちの子選ぶなんて。
 ぐすんぐすん。
 なんでこんなに泣けるの。結局、エルちゃんとマクスが結ばれたわ。
 ああ、なんて素敵な舞台だったのかしら。
 会場中が割れんばかりの拍手喝采よ。私も負けてられない。
「ブラボー!」
 これからのタカシちゃんがますます楽しみだわ。
 さ、帰りましょ。こっそり退散よ。人ごみにまみれればきっと大丈夫なはずよ。
 あ、出口でキャストたちがお見送りしてる。なんてことなの~。
 お願いそっちに行かないで。ああ、こんな時に限ってどうして私の列が、息子が立ってる出口に向かっちゃうの。
 どうしましょ~。
 ここは他の子たちに混じって、しらーっと息子の前を通り過ぎるのよ。しらーっとね。
 しらー
「母さん、バレバレだかんな。見た目を変えても中身を変えないと意味ないからな」
 ため息まじりに息子が、低い声でそっと私にささやいた。
「ひぃ!」


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