【短編小説】青天井
「おい小僧、貴様はあと七日の命だ」
唸るような声で私は目覚めた。途端に全身を激痛が襲った。
なにが起こってるんだ。分からない、なにも思い出せない。ここはどこだ。暗くて見えない。なぜ身動きができないんだ。
真っ暗で立っているのか横になっているのかさえ分からない。手足は辛うじてくっついているようだが、指すら動かすことができなかった。全身がなにかに押さえつけられているようだった。
真っ暗な記憶をたどる。
脳裏にかすかに残るのは、なにかに落ちていく記憶だ。私を覆っているのは石や土か。
「目が覚めたか。気分はどうだ。最悪だろう。ハハハ。貴様はこのまま命朽ちていくのだ。ガハハハハ」
低い声が不気味に高笑いをしている。
そうだ。気分は最悪だ。寒くはないが指先の感覚はない。身体はあらゆる方向から圧迫され痛かった。足のどこかも折れているようで、力を入れると痛みが走った。だがこの痛みこそが私が生きている証拠でもあった。
一体どれくらい眠っていたのだろう。七日とはいつから数えての七日なのか。
そうじゃない。
「お前は一体誰だ。死神か悪魔か」
相手の声は聞こえるというのに、声の主がどこにいるのか見当つかない。大体この閉じ込められた空間のどこに潜んでいるというのか。そもそも自分が声を出しているのか、頭の中でただ喋っているだけなのか分からない。もしかしたらこの声の主も私の頭の中で鳴っているだけなのかもしれない。
「俺はそんな高尚なもんじゃない。そんな陳腐な名前なんぞ不要だ。俺を知ることができるのは死ぬ者だけだからな」
「ならば名もなき者よ。七日と言わず今すぐ私を殺してくれ」
全身が痛くて痛くて声が出ないほど痛い。こんな苦痛が七日も続くのかと思うと耐えられなかった。気が狂ってしまいそうだ。まるで生き地獄だ。
「残念だな。俺は神じゃないんだ。俺はただ貴様の死を見届け、その命を運ぶだけの運び屋さ。そもそも生死を操ることなど神すらできない仕業。死は風が吹くのと同じこと」
「じゃあ、私はなんで今生きてるんだ」
絶えられないほどの苦痛に苛まれてまで。
「さあな。お前がただの死に損ないだからだろ。どうせ七日後にはお前は死ぬんだ。もしお前がここから出られたら、死に方くらい選ばせてやろうさ。どう死ぬかはお前次第さ」
「もういい。もういいから、殺してくれ。今すぐ。頼むから今すぐ終わらせてくれ」
私の叫びは暗闇の中に消えていった。その運び屋も一緒に消えたのか、もう呼びかけても返事は返ってこなかった。
静寂が耳をつんざく。痛いほどに。それは孤独の始まりだった。実際に私は気が狂い出し、激痛の中暴れた。だが、手足は驚くほど微塵も動かなかった。
あまりの痛みに、私はそのまま、気を失った。
なにかが顔に触れた。ぽたりぽたりと。しずくだ。地上では雨が降っているのだろうか。雨水は頭上から落ちてきた。
どれほど気を失っていたのだろうか。
思い出したように喉がヒリヒリと渇きを覚えた。思わず私は舌を突き出し、水を求めた。頬を伝う水滴を舐める。それは土と汗の味だった。
だがこれほど極上の味があるだろうか。
一滴の水が私の身体を目覚めさせた。
けれども私は、私の身体は、かゆい。尻がかゆい。唐突に尻がかゆくなった。
だが、手足は動かない。どうする。でも、指は動いた。雨のせいだろうか。それでも指が尻に届くわけもない。
思わず尻を押しつけているだろう岩か土にこすりつけようと尻を振る。
すると、微かに何かがに当たった。石だ。石が尻に当たったのだ。もう少し動かしてみると、少しだけかゆいところに届いた。
ああ、なんという幸福感。
そして腰回りに少しだけ余裕ができたことに気づいた。
私はこれを手始めに、痛みに耐えながら身体のあらゆるところを動かした。少しずつ少しずつ、身体にまとわりつく土や石を動かしていった。
時折顔に落ちるわずかな雨水に渇きを癒し、痛みが襲ってきたら気を失い、疲れたら眠る。それをひたすら繰り替えした。不思議と空腹感じなかった。
それは果てしない時間のように思われた。
こうまでして私はどうしたいのだろうか。生きたいのだろうか。自分が何者か分かりもしないのに。
やがて手も頭も自由に動かせるようになった。私は思わず顔を上に向けた。白い点が見えた。あれは光か。そうだ。微かに光が見えた。岩の隙間からだろうか。それはまるで道を示す糸のようだった。導かれるようにその光に向かって必死に上へ上へと這い上がった。
ただ無心に、ただひたすらに土をかく。
光はやがて青く光るようになった。
あれは青空か。
私は青天井に向かってのぼっていった。
青空が目の前に迫った。そしてようやく地中から這い出した。
「残念だったな。時間切れだ。だが、お前はあそこから抜け出した。約束通り、死に方を選ばせてやる。お前はどう死にたい」
私は青空を仰ぎ答えた。
「私は、私は、生きたい」
ポトリと小さな音がした。運び屋の足元に一粒の種が落ちた。運び屋はその種を土の中に押し込んで、空を見上げた。
「俺ができるのはここまでだ」
彼は命の運び屋。生物の体から命を命の源へと連れて行く役目がある。またその逆に、命の源から新しい生命に命を運ぶこともある。
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