サウナの『アウフグース』の本質とは何か。日本予選の舞台裏に迫る
2022年夏、『Aufguss Championship Japan』が日本で始まりました。目下サウナブームの日本においては『熱波甲子園』を筆頭に、熱波というジャンルが既に確立されており、それでも「ショーアウフグースで世界進出をする」というミッションが掲げられたことは界隈を驚かせ、話題となりました。
しかしながら人々がサウナ浴に求めているものは、ストレス解消、自分との内省、気心知れた者同士の交流、そして健康と癒しが主になるかと思います。エンターテインメントは必須要件ではなく、ショーアウフグースは自分ゴト化が難しい恐れがある。実は筆者も、そのような予想をしていました。
そして迎えた『Aufguss Championship Japan 2022』の開催。いざ蓋を開けてみると、古くから熱波師として活動されてきた方、温浴施設従事者でアウフグースを学び始めた方、ついには前職を辞め、若くして温浴施設に身を置くことさえ決意した方など様々な面々が、この初となる大会に参戦しました。
さらにアウフグースの大会が行われることで、アウフギーサー達の活躍の場に拍車がかかり、2022年はサウナイベントでアウフギーサーを招致することは当たり前の文化として定着するようになりました。アウフギーサー個人目当てで、サウナファンが足を運ぶという現象も見られるようになります。
このように大会がもたらしたものは、たった1年で業界に大きな一石を投じることになります。そして2023年に開催された第二回大会。昨年とは全く別物と形容せざるを得ないほど、日本選手のレベルアップが著しく、海外から訪れた審査員も驚嘆する程のパフォーマンスが披露され感動を呼びました。
筆者は横浜で開催された本戦大会に全日程参加したのですが、サウナにエンターテインメントは必須要件ではない、ショーアウフグースの自分ゴト化は難しいと考えてしまった自分の愚かさを戒めたくなります。サウナに携わる者であれば一度は目にしておきたい、それがショーアウフグースなのです。
ショーアウフグースの本質とは何か?アウフグースシーンが僅か1年で急成長を遂げたのは何故か?温浴業界や施設事業者にもたらすものは?いくつかのテーマに分けながらnoteをお届けしていきます。前編は日本大会で世界進出を決めた選手のストーリーから、ショーアウフグースの本質に迫ります。
ショーアウフグースの本質が垣間見えた演目
Aufguss Championship Japan 2023では数々の熱戦が繰り広げられましたが、地方予選のトップバッターとして登場し、そして奇しくも本選決勝の大トリを務めた印象的なアウフギーサーがいました。彼の名は『ユーシましも』。埼玉の温浴施設『美楽温泉SPA HERBS』から初出場のアウフギーサーです。
2023年5月23日、スカイスパYOKOHAMAでは日本選手権が開催されており、筆者も数多くの演目を現地で観戦しておりました。その日のプログラムも終盤に差し掛かってきた頃、彼が披露したショーアウフグースはとりわけ鮮烈な印象を放ち、客席からの歓喜や驚きにも似たどよめきを生み出しました。
アーカイブ映像にも記録されていますが、演目は「月の光 ピアニストと森のピアノ」。大会ではよくみられた和の装飾やテイストに寄ることなく、国境を超えたわかりやすさとシンプルなストーリー、そして日英両方のナレーションを取り入れ、あらゆる観覧者にとって明瞭な表現を心掛けていました。
しかし現地観戦で驚いたのは、演目がもたらす世界観の作り込み方。感情の起伏に合致した香りの表現、夜空を彩るプラネタリウム、ランプと煙による森の中の演出、闇夜に突如現れるピアノ。そして確かに伝わる蒸気浴の奏で。ここはまるで映画館なのではないか、と錯覚しそうな没入感への誘い。
「ショーアウフグースとは、かくあるように愉しむものなのか」
まるで映画館のように没入でき、観覧者自身も登場人物の一人のように思い込んでしまう五感への訴えと魔力。シネマ、ミュージカル、アトラクション。この世にはあらゆる体験があるけれど、ショーアウフグースは唯一無二の体験。そういった気付きさえ、観覧者に授けてくれるような演目でした。
迎えた決勝最終日の大一番、観る者が圧巻と感じる演目をサウナで表現し、個人3位として入賞を果たしたユーシましもさん。日本選手権出場者の全員が世界進出の基準点を満たしていたという極めてハイレベルな競争の中、大会初出場であるにも関わらず世界進出を成し遂げたのは快挙と言えます。
しかしこのような現在地にたどり着くまで、どのような軌跡を刻んできたのか。そこには一青年としての思いや葛藤、そして意外とも言えるエピソードの数々が舞台裏で繰り広げられてきたのです。多忙な温浴業務の合間を縫って彼のお話を伺いました。以下、ロングインタビューをお届けいたします。
初出場のアウフギーサーが入賞を果たすまで
(ユーシましもさん、以下略)
「演目を作り出したのは年始あたりからですね。演目の案出しをしていた時に、アニメ・ピアノの森のシチュエーションが浮かびまして。その案を掘り下げたときに "サウナシアターのストーブガードにピアノ柄のタオルがあって、指を置いたら音が鳴る" というアイデアがチーム内で出て、それ、絶対にやりたい!と思ったんです。タオルと音のコラボ、まさにショーだなと」
「演目には、所属施設独自の要素を絶対に取り入れたいと考えました。例えば施設のスタッフロウリュでは、サウナ室でも安全性に高い "ホワイトセージ" というインセンス(お香)を使用しているのですが、お客様からの反応も上々で… 今回はランプ型の香炉で火入れの演出をしてみました。サウナの天井を星空にするプラネタリウムも、実は施設でやってきた演出なんです」
「ただ、ショーアウフグースを作るのは初めての体験だったので、予選に至るまでの準備は本当にしんどくて。普段やっているアウフグースとは環境も表現する内容も違いますし、役を演じるのも初めてで、予選を通過するまでは精神的に不安定な状態が続きました。でも本戦からは、演目の役に入り込んで、お客様により良いものを提供しようという気持ちに変わりました」
「各会場にお客様がいらっしゃる以上、各回で同じものを絶対にやりたくはなくて。予選、本戦、決勝、それぞれで違う体験を楽しんでいただきたいなと思って、本音は各出場者の演目を観戦したかったのですが、少しでも時間があれば練習をもう一回やろうとか、衣装を一部変えてみたりとか。次のより良いパフォーマンスのために、まずは自分の演目に集中しようかなと」
「ショーアウフグースの最中は、ユーシましもの素の人間性は忘れて。絶対に役を演じ切ると思って、本当に自分自身がピアニストの青年になった気持ちで、青年役に架空の名前をつけることさえしました。なので予選から決勝にかけてとりわけ心掛けたことは、青年役に没入するということでした」
「大会に出場するまでは、決勝に残れるか、そして世界に出れるかどうかというのはあまり考えてなかったのですが、演目が終わった後に個人的にはすごく手応えがあって、お客様の反応と自分自身の中で良い演目ができたという感覚があったので、自分の名前が呼ばれる瞬間を、最後は信じましたね」
若き青年が、アウフギーサーを志したきっかけ
「高校卒業後すぐに、貴金属系の卸売会社に就職して4年働きました。終業後にカプセルホテルに泊まるという時期があり、そこでサウナに興味を持ったのがきっかけでしたね。 "ドラマサ道" で入り方を知って、そこからどっぷりサウナにハマリましたね。ごくありふれたサウナ好きだったと思います」
「でも実は、アウフグースがやりたくてアウフギーサーになった訳ではないんです。それが驚かれるというか、周りにも珍しいと言われたりしますね」
「サウナにハマッたのにコロナで施設に行けないというモヤモヤが募り… その反動からコロナが落ち着いた頃、全国の施設を200軒ほど巡るようになりました。するとある時、自分はサウナ以上に温浴空間すべてが好きだということに気付いて。老若男女がいて賑わいがある、スーパー銭湯のあの感じに特に惹かれました。色んな施設を見てきたけれども、家族でもいいしカップルでもいいし独りでもいい、ああいう空間を作りたいなぁって気付いて」
「だけどいざ、前職を辞めてスーパー銭湯を目指すと決めた時に、自分には外で話せる温浴の実績が何もなかったんです。全国の施設を見てきた、個人的な私見を述べるだけでは採用してくれないだろうと思い、それでアウフギーサーの選択肢を考えました。まずは熱波師検定Aの資格を取り、そこでお誘いいただいたサウナ施設のイベントに、アマチュアとして参加しました」
「新宿区役所前カプセルホテルでアマチュアとしてデビューしてからは、Youtubeのアウフグース講座を参考にしたり、全国でアウフグースの講習会があれば、必ず顔を出しますという勢いでアウフグースを学んでいきました。色んな方からアウフグースを教わるうちに面白くなって、そしてアウフグースの魅力に目覚めました。でも、あくまで目指す場所は変わらなくて」
「老若男女問わず色んな人に温浴やサウナ、アウフグースの魅力を伝えていきたいと思いましたし、自分が働くとしたら、より来場者の間口が広いところで働きたいという想いは変わらなかったです。サウナが入り口なのに、スーパー銭湯に興味を持つのは珍しいのかもしれないですが… スーパー銭湯が自分にとって目指したい場所かなと。なのでその軸で転職活動をしました」
SPA HERBSを見て、より面白くなると思った
「埼玉に住んでいたので、埼玉県内の温浴施設を色々と調べました。その時に意識していたのは、最初から裁量を持って働くことが出来る環境かどうか。例えば大手の温浴施設となると、裁量を持つまでにある程度時間がかかってしまうかもと考えたので、大手ではない施設も選択肢に含めました」
「するとさいたま市にある "美楽温泉SPA HERBS" というスーパー銭湯を見つけて。1店舗のみの運営だけれども、ニフティ温泉ランキングで3年連続1位を受賞するなど、スーパー銭湯として地元に支持されている魅力もありました。サウナとしての認知度はこれからでしたが、自分で裁量を持ってイベントを企画できたり、ここなら施設として面白いことが出来そうだなと」
「SPA HERBSは1店舗運営で、スタッフの数に対して正社員は少数精鋭。1人の社員にかかる裁量とウェイトが大きくなるから良いかもと思って、私から施設にお声掛けをしました。実際の面接では "こういう企画に取り組めば、よりSPA HERBSさんが盛り上がると思います" という構想をお話しました」
「晴れて正社員で採用が決まった時は、"サウナ好きなアウフギーサーが入社してきたらしい" という見られ方をされました(笑)実際に入社してみると、サウナの入り方がわかるスタッフがブームだからいらっしゃるんじゃないかなと思ったのですが、意外とそんなことはなくて。温泉やレストランのサービスに力を入れられがちで、サウナの優先度は高くなかったですね…」
「ただ、サウナ室自体の環境はとても良かったのが印象的でした。サウナ好きの方が運営されている訳ではないけれども、地域最大級の施設を作るということで、サウナ室のキャパシティは広めに作られていました。天井が高くてタオルが扇ぎやすいですし、一度に20名単位の大人数を収容できる。そういうサウナ室って、探そうと思ってもなかなか無くて。なんでアウフグースやってないんだろう、自分ならもっと面白くできるって率直に感じました」
「とはいえ、お客様に知っていただく前にスタッフの皆様に知って頂かなくてはならなかったので… アウフグース以前に、サウナはこういう感じで入ると初心者でも入りやすいという初歩的なレクチャーをスタッフ向けに行って。ましもさんはサウナの説明がすごくわかりやすい、という立ち位置から入っていきましたね。何をするにしても、まずは信頼関係が大事かなと」
県内唯一のアウフグース施設として急成長
「そしてSPA HERBSでイベントを企画することになったのですが、イベントをやるにしても、そんな簡単に集客ができないよという意見もありました。でもそこは自分の直属の上司にすごく信頼を頂いて、任せるという風に言って頂けたので。信頼を受けたからには、その想いに応えたいと思いました」
「最初はまず、知り合いのアウフギーサーを呼んでそこで集客ができるのかというところからスタートしました。SPA HERBSはサウナ関連の認知度が高くなかったのでイベント集客が気がかりだったのですが、でもアウフギーサーの反響だったり、SNSや口コミで盛り上がりが少しずつ出てきて、盛り上がっているならもっとやっていいよ、と上司にも言っていただけました」
「アウフグースイベントに参加されるお客様は、長時間滞在を前提にいらしてくださる方が大半で。アウフグースを受けられた後はレストランやリラクゼーションを併せて利用してくださる方が本当に多く、数字的にも明確に、お客様単価が上がるという実績に繋がることがわかりました。その実績もあって、アウフグースイベントを継続的に続けられているのだと思います」
「さらにSPA HERBSの場合は、定期的にイベントを開催していても "アウフグースを体験したことがない" という方が毎回5組以上はいらっしゃいます。SPA HERBSには浴室だけでなく、岩盤浴エリアにも男女最大50名を収容できるサウナ室があるので、参加者がリピーターのみに偏ることなく、新規の方にも体験頂けているので、間口を広げるという目的も果たせていますね」
「毎週日曜日は新規のお客様向けに外部からアウフギーサーをお招きしている一方、土曜日はリピーターの方を主に対象にした、スタッフロウリュを開催しています。新規とリピーターのお客様、それぞれの提供価値に合ったイベントを組み合わせて意識的に運用しています。それと土曜日のスタッフロウリュは、サウナ室が熱くなりすぎることを極力避けるようにしています」
「特に土曜日は、これまでにないアウフグース体験をテーマにしていて。しんどくない程度の体感温度にして、音叉やティンシャと呼ばれるヒーリングの道具を使用したり、ホワイトセージのインセンスを用いたり… すると新規の方から "ロウリュって意外と熱くない、こんなに良い体験だと思わなかった" とお褒めの言葉を頂くようになりました。このプログラムであればまた気が向いた時に受けてみたい、と思えるような工夫を試みています」
「ここまで1年間、イベントを定期的に開催してきたのですが、最近はアウフグースを目的に来場される方も増えてきていて、"次はこういうアウフグースを呼んで欲しい" という声も頂くようになり。埼玉県の中でも、アウフグースで牽引する施設の一つになりつつある実感が出てきました。SPA HERBSを通じて、埼玉のアウフグースシーンをもっと盛り上げていきたいですね」
「自分はアウフギーサーになるというより、アウフグースを入り口にスーパー銭湯で働きたいという想いでここまでやってきたのですが、全国の色んな施設を見てきた経験が確実に活きていると思いますし、個人的には、入社前に思い描いていた想像よりも、上手く行き過ぎているぐらいの感覚はあります。そういった環境を提供いただけたSPA HERBSには感謝しかありません」
アウフグース日本選手権に出場した本当の理由
「今回、Aufguss Championship Japan 2023に出場したのは "SPA HERBSの認知度を上げたい" というのが本当の理由なんです。SPA HERBSの存在をサウナファンの皆様に知って頂きたくて、アウフグース日本選手権の本戦進出ができればYoutube配信で多くの方の目に触れるので、出場するなら予選通過をするというのが個人的な目標でした。だから入賞のことは考えてなくて」
「実はAufguss Championship Japanに出場したい意向は、昨年に関しては強くありませんでした。というのも、昨年の大会にサポートメンバーとして入らさせて頂いていたのですが、大会を観戦していた時に、自分個人が出場者となる想像があまり湧かなくて。あとは実際にサポートをしてみて、演目は1人で作るものではないなぁと。なので演目はチームで作り上げましたね」
「大会までは正直個人プレイヤーとしてのウェイトはあまり高くなくて、大会ではもちろん演目づくりに全集中するのですが、これからアウフグースをやりたいんだけどやれる施設がないというアマチュアの方に機会を提供したり、タオル技術のライトな講習会を始めたりしていて、どちらかというと温浴施設のマネジメント業務にウェイトを置きたいという気持ちもあります」
「というのも、新宿区役所カプセルホテルでアマチュアとしてデビューし、SPA HERBSに従事できた私のように、温浴経験の有無に関わらず、アウフグースへの想いがある方をサポートしたいと考えています。もしかしたらその中から、温浴施設で働く方が出てくるかもしれないですし… アウフギーサーが増えて間口が広がることで、業界人口が増えて欲しいなと思っています」
「私個人は元来ネガティブなところもあって、それこそ大会中も精神的に不安定になってしまったシーンもあったんですけど、サウナに出逢ってからは、例え日常で失敗したとしても苦に思わなくなってきたかもしれなくて。もし嫌なことがあっても、外気浴で風を感じたら "これだけで幸せなんだからもう良くない?" という気持ちになれて不思議と視野が広がるんです」
「日常生活にサウナがあることによって人生が好転していった実感があって。自分が幸せに感じるものをお客様に提供できているという喜びと、お客様自身もアウフグースで気持ち良い風を感じて、きっとこのあと美味しいご飯を食べるんだろうなって思ったり、サウナとアウフグースを通じて、自分だけでなく、お客様にも幸せになって頂きたいという気持ちがあります」
次回予告 ~そして舞台は世界大会へ~
2012年、欧州でショーアウフグースの大会が行われるようになったのは「普段、裏方の温浴施設従事者にスポットが当たる舞台を作る」という目的があったと筆者は聞いたことがあります。ショーアウフグースの原点が温浴施設にあるならば、ユーシましもさんが歩まれてきた軌跡というのは少なからずきっと、ショーアウフグースの本質を辿っていたのではないでしょうか。
更にこちらの動画でも話題に出ていましたが、日本は世界有数のアウフギーサー人口を有するという「事実」が既にあるとのこと。私は欧州の方とも時折会話を交わすことがありますが、日本は欧州各国から見ると人口もマーケットも大きな大国なのです。そして日本のアウフグースシーンは、昨年と比べ物にならぬほどの急成長を遂げた。この事実は疑いようがないでしょう。
次回は後編として『AUFGUSS WM 2023』ドイツ現地でのレポートをお届けしいたします。筆者は8月よりヨーロッパ渡航を予定しておりますので、現地に滞在し、海外におけるアウフグースの本質とは何か?そして日本にもたらすものは?それぞれの観点をさらに掘り下げますので、ご期待ください。
そして私的な告知にはなりますが「サウナファン向けの半年間英語学習法」というnoteを7月めどでリリースいたします。アウフグース日本選手権でも英語活用の場面が増えてきましたが、英語を学びたいサウナファン向けに英語学習のリアルをお届けいたします。こちらも楽しみにしていてください!