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渡米38日目 初めて仲間とバーで乾杯する

4時40分に目を覚ますとすでに妻が起きていて、子ども達に持たせるお弁当を作っていた。子ども達の学校が始まって以来、妻はいつもこの時間には起きている。学校では給食が出るもののあまり美味しくないと聞いていて、しかもあまり栄養価も高くないとのことで、毎日、お弁当を作って持たせることになったのだった。

「これからもきっと同じことが起きそうだから、自分でカメラを買うのはどうかな」

昨日のカメラ破損の件を妻にも共有すると、そんな意見が返ってきた。なるほど。今回壊してしまったカメラFuji X-XT3は数十万円で購入できる基本性能に優れたいわゆる一般的な一眼レフカメラだが、シネマカメラともなると一桁以上値段が跳ね上がりそうもいかない。大学の学費は高いが、その分カメラも照明も音響機材も様々な機材が借りられる仕組みになっていて、いわばその分も学費に含まれているようなものだ。

今回フルブライトが僕に対しては健康面での保険をつけてくれているので、家族はAIGの全員海外留学用の保険に加入したものの僕だけは保険に入らなかった。一度海外に出国してしまうと追加で同様の保険に入ることもできないので、やはり今後に向けてできることと言えば、気をつけるしかないかもしれない。僕はまずは素直に状況を担当教授のDavidに報告することにして、今回のカメラ破損について、丁寧にお詫びのメールを出すことにした。

今日早起きしたのにはもう一つ理由があった。Davidの担当するFoudation of image and Sound Production (映像と音響制作の基礎クラス)は朝10時から。今日それまでに、フォトショップの基本的な使い方をマスターしてしまいたかったためだ。Adobeの主要ソフトの一つであるフォトショップの基本的な使い方がわかっていると、今後、同じくAbodeが提供するプレミアで映像編集をする時にも、例えばカラーコレクションなどの基本的なツールの考え方は一緒なので、理解しやすくなるという。

昨日、ボストン市内の街角で車椅子に乗った黒人男性が車道に出て物乞いをしていて、それが車の大渋滞の原因になっていた。僕はFuji X -T3で撮影したその時の写真をフォトショップで編集し、写真の切り取りサイズを変えたり、男性のきていた赤いトレーナーの色を周囲よりも際立たせるなどして、その時感じた「混乱や無関心や格差」がその写真を通じて視覚的に伝わってくるように加工した。

8時前に子ども達を学校まで見送り、僕もその足でエマーソンへと向かった。教室に一時間以上前に着くと、まだ誰もいない静かなクラスルームの中で、僕はあらかじめ準備したお詫びのメールをDavidに送信し、来週の脚本クラスに向けて書き進めていた短編映画の脚本をFinal Draftと呼ばれるソフトの体験版を使って、こちらのスクリーンプレイフォーマットに直していった。今日はこの授業が終わると14時から、新入生が有志で集まって互いの脚本を読みあって、ブレストをすることになっている。もうすでにストーリー自体は出来上がっていて、あとはフォーマットをこちらの脚本スタイルに直すだけなのだが、なんとか14時に作品を間に合わせようと急いで作業を進めているうちに、クラスメイトが徐々に集まってきて、Davidの授業が始まった。

「グッドモーニング。今朝、カメラの件でメールをしました」
「まあ、事故が起こる時は起こるから仕方がないよね。EDCの方で対応してくれると思うのでコンタクトしてみてください」

機材は彼のクラスの課題のために借りているから、Davidにひとまず状況を知らせておくのが筋だと思ったので、授業が終わったら、EDCに故障したカメラを持って直接赴くことにしよう。今日のFoudantionクラスでは、それぞれが撮影したり加工したりした写真が、視覚的な効果を通じてオーディエンスにどのような影響を与えるかについてそれぞれ意見を出し合った。生徒達は、自らの写真をそれぞれ3つの形容詞で表してプレゼンをする。

Crowdy, Indifference, Difference(渋滞、無関心、格差)

僕はそう名付けた一枚の写真を提示した。車椅子に乗ったホームレスの黒人男性が街角で車道を行き来して物乞いをしていて、そのことが渋滞を真似ていている。その一枚には、アメリカ社会の多様性と混乱、無関心と格差が現れているように感じた。

「Very interesting documentary photo in the style of the decisive moment photography shown in class.」(これはまさに先週の授業でも紹介した、ある種の決定的瞬間を捉えた非常に興味深いドキュメンタリー写真だ)

Davidからはそのような意見があり、クラスメイトのケイシーもとてもパワフルでいい写真だと評価があった。僕はドキュメンタリーカメラマンとしてのバックグラウンドがあるので、もちろんやはりそのような社会の一面を切り取ることに関心が高い。だが、生徒の中には、美大出身者も多いので、彼女達の作品にはまるで抽象的な絵画のように加工された写真も多く、きっと同じ景色を見ているように見えても、脳裏に思い描いているイメージは全く異なるのだろうなという感想を抱いた。世界は多様で芸術は奥が深いことをこのクラスに出席していると感じ、やはり映画作りにとって欠かせない映像や写真そのものを改めて謙虚な気持ちで学び直さなければと感じる。

授業の最後にはエマーソン大学が所有するアートギャラリーで展示されているRachel Rossinの極めて抽象的なインスタレーションを鑑賞した。来週の授業ではその展示を見て感じた感想を記したリフレクションペーパーを提出する。

授業後、EDC(機材貸出センター)に破損したカメラを持ち込んだ。

「カメラのことで深くお詫びしなければならないことがあるのですが・・・」

そう責任者のデーモンに素直にお詫びの気持ちを伝えた。

「気をつけていても事故が起こる時は起こる。心配しなくても大丈夫。まずはこちらで修理ができるか、一度試してみます」

このあと、修理にやはりお金がかかるのか、それとも無償で済むのかはわからないが、素直にお詫びの気持ちを伝えることができたこととその彼の対応のおかげで、昨日以来、大切な機材を壊してしまったことによる精神的なダメージからようやく回復していくような思いを抱えていた。今後はこのようなことを繰り返すことがないように、自分自身の見えづらさと不注意をより自覚しようと心に誓った。

14時過ぎに脚本ワークショップに着くと、すでに多くの映画学部の仲間が集まっていて、僕は自分が最近かいた二つの脚本を何人かの仲間に送った。僕が属するFilm and Media Artプログラムは今年は例年に比べて2倍近い40人近い新入生がいて、そのため、同じクラスを取っていない仲間とはこうした機会がないとほとんど接点がない。僕が脚本を送ると、インド出身のツシャーや一つ上の学年のサムがしっかり読み込んで、的確なアドバイスをくれた。さらにもう一つの脚本を別のグループに送ると、普段ほとんど接点のないデイビッドとイーサンがとても興味を持ってくれて、終了予定の15時半を過ぎても全く議論が過ぎず、18時頃まで僕の脚本に対して惜しみのないアイデアを出してくれた。

デイビッドとはその後、意気投合し、近くのバーに飲みに行った。彼はアメリカ西部のオレゴン出身で、高校卒業後一度はフィルムスクールに通い始めたものの様々なことで折り合いがつかず大学を退学し、その後社会人として様々な仕事を転々としたのだという。それでもやはり映画の道に進みたいと思い直し、こちらの大学はとても学費が高いので、6年間の兵役を務めて学費を免除される資格を得て、今エマーソンに通っているのだという。彼は今回の大所帯のクラスメイト全員をまとめ上げようと、毎週金曜日に上映会や今日のような脚本ワークショップを開催してくれている、とてもリーダーシップのある仲間だ。

彼が最初の一杯を奢ってくれたので、僕は次の一杯を奢った。僕はボストンに来て初めて、仲間と飲みに行った。帰りがけにクルマが欲しいと思っていることを相談すると、早速色々と調べてくれて、今度妻も連れて一緒に見に行ってくれるという。駅に向かう帰り道、全てのことに対して感謝の気持ちを伝えると、ふと思いがけないことをDavidが口にした。

「僕だって本当は色々と不安な気持ちでいっぱいだよ」
「そうなの?Davidはとても自信に満ち溢れているように見えるけれども」
「それは僕が表面的につけているシールドのようなものだよ。普段はそう見せているだけで、心の中はもちろん不安でいっぱいだよ」

だから僕が今新しい場所に来て抱えている気持ちもよくわかるから、困ったらなんでも相談してねと彼はそう言ってくれた。僕はここボストンに来て、初めて本当の仲間に出会えたような気がしてとても嬉しかった。

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