#92 UNI、入場「DELIGHT」
ほどなくして下から音楽が聴こえてきた
時計を見ると大会開始時間
始まった
いつもなら夢子さんに話しかけているだろうが夢子さんはストレッチも終え椅子に腰掛け腕と足を組み目を閉じて集中している様子
迂闊に声はかけられない
おーなんかもぞもぞするぅー
観客ではなく関係者として初めての他団体の大会
何か居ても立っても居られないのだ
静かな控室に薄っすらと聞こえてくるゴングの音
きっと第一試合の開始だ
廊下の方から聞こえてくる音も慌ただしくなってきた
私はどうにか試合を観れないものかとそればかり考える
今回、夢子さんはXとして出場
入場するまで絶対にバレてはいけない
なのでセコンドの私もちょろちょろして見つかっては全てが台無しになる
ちづる選手やUNIが私を認知していたようにお客さんもあの試合を見て私を認知している可能性は非常に高い
なので私もギリギリまで姿を現すことは許されない
黙って控室に座ってるしかないのだ
またゴングの音が薄っすら聞こえてきた
きっと第一試合が終わったのだろう
ぬおおぉぉぉぅー
もどかしいぃぃ
もどかしすぎるうぅぅ
それから10分程経ち
またゴングの音が
第二試合が終わり次はセミファイナル
とうとうUNIが登場する
考えろ!考えるんだ私!!
何とか観る方法を!!
ポクポクポクポク
下から聴こえる音の雰囲気で青コーナー側の入場は始まっているようだ
ポクポクポクポク
のおおぉぉぉーっ!!
早くせねば!
ポクポクポクポク
チーーン!!
頭の中で鐘が鳴った
「ゆ、夢子さんっ!!」
夢子さんはゆっくり目を開き目線だけを私に向ける
「トイレ行ってきます!!」
古典的な方法なのは百も承知
でもこれしか浮かばなかった
控室の扉を出ると
スネアの4つ打ちから曲が始まった
「UNIの入場だ!」
そこからゴリゴリの男の人の声でのユニゾン
歌い終わりにスネアの連打からのブレイクを挟みもう一度歌が始まるタイミングでUNIは登場するのだ
何度か映像では目にしているが生で観たかった
怒りや悔しさだけではなくやはりどこか羨望の眼差しで見ている私がいる
だからこんなにも複雑な感情を抱いているのだと今気付いたのかも知れない
階段を駆け降り入場ゲートの幕間からこっそりと覗く
ピンクのファーをあしらったコスチューム
髪型もさっきとは違い巻いた髪を二つ結えに
華やかに派手に魅せながらもその整った顔立ちを活かした足し算だけではなくしっかりと引き算もされているメイク
そして彼女は会場中を練り歩きながら歌い、踊り、煽る
そして観客は拳を振り上げUNIのパフォーマンスに応える
まるでライブハウスだ
そうこのパフォーマンスこそが今一番女子プロレス界で注目され練女が来月久々の後楽園ホール大会を開催出来ることになった原動力なのだ
しかもそれだけではなく彼女は私と違い子どもの頃からプロレスを愛しずっと取り組んできたというヒストリー
そして確固たる強さもある
カッコいい
かわいい
いや!違うだろ!
私はコイツに勝たなきゃなんないだろ?
負けてたまるかっ!!
複雑な想いが胸で交錯する
すると
「たまえさんっ!何やってんの?」
後ろから優しい声がした
「ん?うぉっ!ち、ちづる選手!!」
振り返るとちづる選手が私の顔を覗き込むようにして立っていた
「えーっ!私の事ちづる選手って呼んでるのぅ?」
そう言っていたずらっぽく笑い掛ける
「あ、いやいや、あ、え、なんかあのぅ、ちづるさんって呼ぶのも馴れ馴れしいのかなぁ?とか思いまして、ハイィ」
「そうなんだ!別にいいよ。ちづるさんでもちづるちゃんでもちーちゃんでも」
「あ、いや、あのぅ、、、じゃあ、ちづるさんで」
ちづるさんはフフッっと笑い
「じゃあ私もたまちゃんって呼ぶね!で、たまちゃん!」
「あ、ハイィ」
「こっちで観ない?ちょっとだけならお客さんにもバレないと思うから」
「あ、はぁ」
そう言ってちづるさんは私をリングアナのいるPA卓が置いてあるスペースへ案内してくれた
そしてリングに上がったUNIを見つめながら
「あの子、UNIって凄いと思ってるの」
「えっ?」
「元々あの子って何故か小学生の頃からロックが好きで、んー?ロックっていうよりパンクなのかなぁ?私はそういうの疎いんだけど。でも割とプロレスのお客さんってそういうパンクだったりヘビメタとか好きで詳しい人も多いし逆にそういう音楽をやってる人がプロレス好きだったりとかってあるのね。で、まああの子がデビューする時に入場曲の依頼をしようとしたらこの曲がいいって。絶対この曲で私は会場を沸かせてみせるって。こっちからすると試合で沸かせなさいよって思ったんだけどあの子にとっては試合で沸かせるのは当然。何か話題をさらってとか新たな切り口で盛り上げるってことは私たちには無かった発想。昔はもしかしたら思ってたかもしれない。でもずっとやってると凝り固まった概念みたいなのが生まれて忘れちゃうのよねぇ」
「そうだったんですねぇ、、、すげぇや、、、」
素直に思った言葉がポロッと口をついた
サビが終わりスカのパートではビートに合わせて踊り更にアジテーションする
「この曲って自然と心躍るというか懐かしいというかすごく聴き馴染みがあるんですよねぇ」
「フフフッ。歓喜の歌」
「え、歓喜の歌?えーっとたしかベートーヴェン?」
「そう!お正月とかによく流れるでしょ?CMとかで。その曲をパンク風にアレンジしたんだって」
「だからか。だから聴き馴染みがあるんですね!」
大サビが終わりラララの大合唱
UNIの動きに合わせて手を振る人や中には隣同士で肩を組み体を揺らすお客さんたちもいる
「DELIGHT」
「え?」
「この曲のタイトル。喜びって意味。あの子の作るこの会場の雰囲気にピッタリのタイトルね。ま、でもいつもフルコーラスは困るんだけどね」
そう言ってちづるさんはハハッと笑った
「喜び、、、かぁ」
きっとUNIは私の考えつかないようなことを常に考えて体現してるんだ
私は私でUNIという人間に出会えた喜びを感じていた
曲が終わりUNIはコーナーポスト最上段へ飛び乗り手を広げる
私の隣のリングアナが叫ぶ
「赤コーナー!今日のこの日の喜びをっ!!UーNIーッ!!」
両手いっぱいに手を広げたその手で今度は自分を抱きしめる
そう会場中の喜びも一緒に抱きしめるかのように
※この曲が流れていると思って読んでみてください