#61 薨はきっと嘘をついた

エレベーターホールに現れた真琉狐さんは一昨日会った時よりさらに頬の肉が削れている様な気がした

そしてキャップのツバからチラッと見える眼光は鋭くギラギラと威嚇しているようにも思えた

私はその場から動けず只々立ち尽くす

夢子さんは真琉狐さんの肩を抱きながら控室に誘導

その時に
「もしかしてアンタ、ギリギリまで水抜きしてたんじゃないでしょうね?」
そんな声が聞こえた

真琉狐さんは無言のまま
2人は人目を避ける様に控室に入った


「真琉狐さん、、、」

私は真琉狐さんに何かしてあげたのだろうか?
そして何をしてあげれば良かったのだろうか?
改めて自問自答する

でも結局は2人がこの試合を通じてきっとあの時のように笑い合えることを祈るしかないのでは?

そうだよ
与えられた仕事でベストを尽くすしかないんだよ

私が今グダグダ考えても何にもならない
半ば強引に答えを捻り出し薨の控室へ戻った

薨はまだじっくりと柔軟を行なっていた

私は立ったままその様子を見つめていた


しばらくすると
「フーッ」

イヤホンを外し始めようやく柔軟が終わったようだ
そして大きなリュックからボディシートを取り出しながら私を見る

「タカエさん座ったらどうですか?」

「あ、ハイ、すみません。失礼します」
そう言ってパイプ椅子に腰掛ける

すると薨はタンクトップとトラックパンツを脱ぎ出しスポブラとセットアップのパンツ、要するにアンダーウェアー(薨の場合下着とは言えません!)だけという格好に

「ヤババッ」
思わずパイプ椅子ごと薨に背を向ける

「んんん?どうかしましたか?」
声のトーンがナチュラルな疑問形

「いっ、いやぁー、あのぅー何か見ちゃいけない気がしましてぇー、、、」

「んん?見ちゃいけない、、、?」

「あ、ええ、あ!えーっと何て言うんでしょうかぁ?まぁそのぅ結構露出がぁ、あのぅハイィ」
何言ってんだ私

「ん?あ、なるほど!下着姿だからってことですか?」

「え!あぁ、まぁ、ハイ」

「あぁ、それはごめんなさい!海外だとまともな控室が無い所も多くて周り気にしてたら着替えが出来ないもんでその癖ですかね。すぐ終わりますんで少し待ってて下さい」

「あ、どうもすみません、、、」

薨は私なんかに気を遣ってせかせかと体を拭いているみたいだ

大好きで憧れのスーパースターにこんな思いをさせるなんて、、、
恥ずかしさと申し訳なさで居た堪れなくなってきた

「よしっ、終わりましたよ!タカエさん」

私はそーっと振り返る
薨は短めのワンピースくらいの丈の真っ白な無地のビッグTに着替えていた

そして
「これでいいですか?」
と笑いかけてくれた

その優しい笑顔を見て居た堪れなさの限界になり
「薨さん!すみません!私みたいな下っ端に気を遣わせてしまって。お時間になったら呼びに来ますので、、、出ますね」
私はドアノブに手を掛ける

「タカエさん!」

「え?」
私は振り返る

「気遣いは無用ですよ!」

「え!」

「そしてアナタは下っ端ではありません!私が憧れて憧れてなれなかったセカジョのレスラーです!そうでしょ?」

え!え?
どういうこと?
どうして過去のことを自分から?

「タカエさんは全て知ってるんでしょ?あの日のことを」

え?
なんで?

「ふふっ、夢子さんが何も気にせず私をカーコ、真琉狐を真奈美って呼んでたんでね。タカエさんは全て知ってるんだろうなって思って」

「あっ、、、」

不意の瞬間的な出来事から読み取るなんて私には全く考えつかなかった

そして目を丸くし固まってしまった私に

「何も気にしないでください。それに今ここを出ても社長に怒られるだけですよ」

「ハ、ハイ」
確かにそうかもしれない
職務放棄になってしまう
それにさっき建てた誓いがなんだったのかという話だ

「すみませんでした!がんばらせてください!」
頭を下げた

薨は優しい笑みを絶やさず
「じゃあメイクしますね」
と言い鏡の前に腰掛けた

その落ち着いた口調やトーンそして雰囲気に包み込まれ自然と自分の心情の浮き沈みが一定ラインに戻されていく

クルエボ・フュネラリオと言われるレスラーとしての薨とのギャップが触れれば触れるほど乖離されていくようだ

化粧水などの下地の準備が終わりファンデーションをメイクバッグから取り出し前髪をクリップで留める
意外に可愛いキャラモノだったのでちょっとビックリ

「あっ!」
いつも厚めの前髪で隠れている眉毛が見えた

薨の七不思議?の一つの眉毛が見れて少し興奮

割と太眉なんだねーなんて思いながらチラチラ見ていると鏡越しに目が合う

「ん?眉毛見てます?」

ギクッ!!
「えっ?あ、ハァ、えーっと、、、見てました、、、」
お恥ずかしい、、、それにきっと薨に嘘は通じないだろう
正直に言った

「本当はナチュラルでいたいんですけどねぇ。でもメイクすることでプロレスラーになれるっていうか。まあ変身願望みたいな感じですかね。自分で自分に魔法をかけるみたいな。なので眉毛だけは魔法がかかってないのかもしれませんね」

そう言いながらもすでにアイラインを引いていた
めちゃくちゃ手際が良い

そっかメイクでプロレスラー薨になる魔法をかけてるんだね


私がチラチラチラチラと薨を見ているのでまた鏡越しに目が合った

「そういやタカエさん。さっき戻ってきた時に表情が曇ってましたがもう大丈夫なんですか?」

「あ!」

「何かいけないこと聞いちゃいました?ちょっと気になったもんで。忘れてください」

「あ、いえ!そんなことはないんです、、、でもぅ、、、」

「でも?!ですか?」

私は意を決した
「薨さん!今日の試合が終わったらまた真琉狐さんと仲良く笑い合えるんですか?」

言った
言ってしまった
何てことを言ってしまったんだ私は

意を決したって聞いていいことと悪いことがあるって学んだばかりじゃん!

でももう呑み込むことはできない、、、

少しの沈黙
だが途方も無く長く感じていた

薨は変わらず淡々とメイクを続けながらも口を開く


「それはわからないですね、、、あの時、真奈美が必死で差し出してくれた手を振り払ったのは私です。なので記者会見の時に私に詰め寄る彼女の怒りは至極真っ当に感じました。そしてそれは私が招いたことなんですよね。それに自分が犯してしまった罪を許してくれなんて虫が良すぎると思いませんか?」

、、、

「私は私より強い相手と闘いたいだけなんです。真奈美はきっと海外やQOHを掛けて闘った誰よりも強いでしょう、、、私はいつの間にか戦闘ジャンキーになっていたのかもしれません」
薨はトレードマークの真っ紅なリップを塗り終えた


嘘だよ
薨はきっと嘘をついた
ほんの短い時間だけど薨はそうじゃないことくらいわかるもん

でもそうしておきたい何かがきっとあるんだね


その時

コンコン

ノックがしてスタッフさんがドアを開けた
「試合開始まで後30分ほどなんでよろしくお願いしまーす!!」


ということはすでに開場して30分は経っている
扉が開いた一瞬だったがフロアの鉄の扉を超えて聞こえるお客さんの高揚する声

「す、すごっ」

「あ、そうそうたまちゃん!夢子さん呼んでるんで。大部屋来て」

「あ、ハイ、わかりました」

「たまちゃん?」
薨は目を丸くさせキョトンとした表情

ここで気付いた!
さっきから何回か見せたその表情
薨の癖なんだね!

未就学児の子どもみたいでとても愛くるしい

「薨さん!ちょっと行ってきますね!5分前くらいには呼びに来ますので!」
ペコリ

薨はキョトン顔のままコクンと頷いた


「いよいよだね!」
私は自分で両頬を叩き気合を入れた

よしっ!

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