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【短編小説】青空のノート
あの日、夏の青空の下で彼女と出会った。
それが、僕の人生を大きく変えることになるなんて、思いもしなかった。
高校二年の春、僕は誰とも深く関わることなく、淡々と日々を過ごしていた。
そんなある日、放課後の図書室で、一人の少女と出会った。
「ねえ、君、暇?」
明るい声だった。
振り向くと、制服のリボンをきちんと結んだ、見たことのない少女がいた。
「急に何?」
「ごめんね、びっくりさせちゃった? でも、ちょっと手伝ってほしくて」
彼女は僕の目をじっと見つめた。
「いいけど、何を?」
「……人生を楽しくする方法!」
意味が分からなかった。
「楽しむ……?」
「そう! 私、たくさんやりたいことがあるの。でも、一人じゃできないから、君に手伝ってほしいの」
半ば強引に連れ出され、彼女と過ごす時間が始まった。
彼女の名前は美咲。
とにかく明るくて、好奇心旺盛で、僕とは正反対の人間だった。
「今日は一緒にアイス食べよ!」
「今度は夜の公園で星を見よう!」
美咲の“やりたいことリスト”は驚くほどたくさんあった。
「どうしてそんなに色々やりたいの?」
僕が何気なく聞いたとき、美咲はふっと表情を曇らせた。
「……だって、時間がないから」
「時間?」
彼女は答えなかった。
数週間後、美咲が学校に来なくなった。
気になって訪れた病院で、僕は彼女の秘密を知る。
「……病気?」
「うん。私ね、長くは生きられないんだ。」
明るく笑う彼女の姿を見て、僕は言葉を失った。
「だからね、私、後悔したくないの。」
「だから、君を巻き込んだの?」
「そう! 楽しいことは、誰かと一緒にやった方がいいから!」
美咲は変わらず笑っていた。でも、その笑顔の裏にあるものを、僕は知ってしまった。
それからの毎日、僕は彼女と一緒に時間を過ごした。
花火を見た。 夜の海を歩いた。 電車に乗って、遠くの町へ行った。
美咲のやりたいことリストを、一つずつ叶えていった。
そして、最後の願いが残った。
「ねえ、君に一つお願いがあるの。」
「何?」
「私がいなくなっても、忘れないで。」
その言葉に、僕はただ頷くしかなかった。
夏の終わり、美咲は静かに旅立った。
彼女のノートには、最後の一行が書かれていた。
『楽しかったよ、ありがとう』
僕はそのノートを握りしめ、青空を見上げた。
涙がこぼれた。
でも、美咲が願った通り、僕はこれからも前を向いて生きていく。
彼女が教えてくれた、人生の楽しみ方を胸に刻んで。