VS熊本(A)2022.5.28(SAT)
◆結果を残す男:松本凪生◆
今、一番結果を残す流れをもっているのは、松本凪生かもしれない。前節同点ゴールを決めた際も、ボールの落下点に2度も現れ、最後には須貝のクロスを頭で流し込んでみせた。
スタメンの座をつかんだ松本は、今節もアシストの結果を残す。
ー12分ー
左サイドからの松本凪生の右足インスイングのコーナーキック。中央に位置どったウィリアン・リラが下がりながらのジャンプでボールを叩きつけると、ガラ空きとなった相手ゴールに突き刺さり甲府先制。今季、セットプレーからの得点が少なく苦しんでいた甲府にコーナーキックからのゴールをもたらした。リラのヘディングも素晴らしかったが、そこにピンポイントで合わせた松本のキックの質が抜群だった。
ー36分ー
甲府の右サイドのコーナーキック。小林岩魚と松本凪生がボール両脇に立つ。ここでも松本は、エリア外からスピードをもってゴール中央に走り込んだ宮崎純真にドンピシャで合わせ、力強いヘディングシュートが熊本ゴールへ襲い掛かる。キーパー佐藤優也の好守の前に阻まれてしまうも、可能性を感じるコーナーキックが何度も見られたことは、松本のプレイスキッカーとしての評価を高めたといえるだろう。
◆シャドー宮崎純真◆
熊本戦は、しばらく鳴りを潜めていた甲府の前からハメる守備が随所に見られた。素早い切り替えで熊本のボール回しに余裕を与えず、ショートカウンターを狙う形が復活した。試合前に監督が話していた、クロスを上げさせない意識も非常に高く、サイドでボールをもたれた際のプレッシャーやクロスを上げさせない対応が上手くいっていて、前半はこれといって危ない場面もなく、甲府が狙い通りに試合を進められていたように見えた。
左サイドのシャドーが宮崎純真なので、左サイドでボールを握って構成力で相手を崩すよりも、宮崎の一瞬のスピードや切れのあるドリブル突破、強烈なミドルシュートを生かすのに、前線からのプレスが有効だったという側面もあると思う。
しかし、宮崎が攻撃の起点としてボールを受ける際、トラップのミスや判断の遅れが見られ、時間を作れないため、味方の攻めあがるスイッチになりきれていないという問題を薄める戦術でもあったように思う。
今シーズンの宮崎は抜群のキレを誇っており、相手の最終ラインを破壊するアタッカーとしての能力は申し分ない。長谷川元希並にゲームを作れる選手などそうそういないので、彼のキープがチームの押し上げを担保する程度の信用を得られれば、より怖いプレイヤーになっていくだろう。逆に言えば、左サイドで宮崎がボールを受けた時の周りの選手の攻め上がりの遅さには気寒さすら感じた。
◆後半開始そして同点◆
前半、流れを掴めなかった熊本は、後半開始と同時に3枚替え。竹本、坂本、杉山を投入する。
ー54分ー
同点弾は一瞬の隙から生まれる。5-4-1のブロックを敷く甲府に対して、熊本は持てる範囲でボールを回しながら隙を窺う。最終ラインを経由して左サイドから右サイドへ展開。ここで黒木晃平のお手本のようなパス&ゴーが発動。ワンツーで帰ってきたボールを絶妙なボールタッチで押し出すと、一気に右サイドを攻略して、クロス。意表をつかれた小林はクロスに足を出すこともできない。エリア内の守備陣形は全く整うことなく、クロスボールは完璧な軌道を描く。そして、フリーで走り込んだ竹本にいとも簡単に決められてしまうのだった。
前半あれだけクロス対応に気を付けていて、実行できていたのにも関わらず、相手の個人技一発で組織が整う前にやられてしまう。サッカーの怖さと個人技術の大切さがつまった熊本の一撃だった。
◆疑惑の判定、しかし、運は巡るもの◆
同点ゴールから3分後。
ー57分ー
甲府に決定的なチャンスが訪れる。関口からのスローインに石川俊輝がイヨハの死角をとってうまくボールをキープ。2人のディフェンダーの間を縫って素早くゴール前に走り込む宮崎純真。抜群の反応である。完全に抜け出してゴールキーパーと一対一になるところを背後からシャツを引っ張られ、それでもあきらめずに果敢に足を伸ばす宮崎。バランスを失った体で何とか右足を繰り出し、シュートをすることに成功するも、キーパー佐藤の左足に食い止められ、ノーゴール。
完全にPKかと思われるシーンだったが、主審の笛が鳴ることはなかった。ユニフォームを引っ張り倒され、シュートを打てない方がよかったとでもいうのか、と悪態をつきたくもなるような判定だった。VARの介入がない以上、主審の判断が決定事項となるのは仕方がない。しかし、選手の頑張りが逆に作用するような判定は心が痛む。
宮崎は、プレーの調子と反比例するように、結果から遠ざけられてしまっている。もっともっと結果を出していておかしくない選手だ。判定も、シュートの軌道も、運がないとしか言いようがない。しかし、運は巡るもの。必ず運が宮崎の味方となるときがやってくる。苦しい今があるからこそ、報われてほしい。昨シーズン同様、宮崎純真が甲府を救い、勝利に導いてくれる日は必ず来る。近いうちに。何度も!
◆甲府、3枚替え◆
ー59分ー
宮崎に代えて長谷川元希、小林岩魚に代わって荒木翔が投入される。前節、時間を経るごとに連携精度の高まっていった長谷川・荒木の左サイドがこの試合ではどのような活躍を見せてくれるか注目だ。また、ナイスアシストを決めた松本からチームの心臓、山田陸の交代も行われた。
早速チャンスを得たのは甲府。競り合いからボールを奪われたリラが果敢にプレスをかけ、ボールを奪い返すと、鳥海が拾って右サイドの関口へ展開。関口はセンス良く、ちょこんとボールを浮かせてボールは再びリラ。シュートフェイントで黒木をかわして右足シュート!
ここも佐藤優也がセーブ。
こぼれ球に再びリラが反応してシュートを放つも相手のブロックにあって得点ならず。リラの動きに怖さが増しており、夏場にかけてゴール量産が期待される。
後半になって鋭さを増す熊本の攻撃。右センターバックの機を見た攻め上がりについていけない荒木。須貝の存在で甲府の専売特許かといえるような攻撃を熊本に繰り出され、対応しきれない甲府。須貝の脅威を相手にやられて改めて感じる試合でもあった。
守備面においては交代前よりも強度が落ちてしまった左サイド。中2日だけあって全体的なトランジションのスピードも落ち、試合は徐々にオープンな展開となっていく。
ー72分ー
投入された3人の絡みから左サイドで攻撃を組み立てる。その流れで山田が長谷川に素晴らしい楔を打ち込み、ドリブルで仕掛ける長谷川。リラとのワンツーをはさんでシュートコースを作ると、左足で積極的にシュートを放つ。左サイドの崩しから久々に長谷川が放ったシュート。
これまでも何回か打てる流れになるも、トラップが乱れたり、パスを選択したりする中でシュートチャンスを生み出せずにいた長谷川。そのシュートへの意識の高まりを感じさせるシーンだった。
長谷川、荒木、山田の投入でボールを握りながら攻撃を組み立てるいつもの攻撃ができるようになってきた甲府だが、チーム全体としてボールを回収したあとの一本目のパス、鳥海の落としのパス、ワンタッチ目の精度の低さが試合を通して目立ちリズムを握り切れない。
だが、三平が77分にリラに代えて投入され、決定機が生まれる。
◆三平渾身のヘッド、鳥海の壁◆
右サイドの須貝から関口へ縦パスが入ると、左足で中央に送ったボールが三平の足元に収まる。ライン間でフリーになった鳥海が三平からボールを引き出し、ドリブルで左サイドへ持ち出しオーバーラップしてきた荒木にパス。このボールの精度も低い。ボール一個分後ろにずれて荒木のスピードが乗らない。それでも、三平が抜群の駆け引きでフリーになると、荒木から良いクロスが入る。若干ボールがずれたため仰け反る形のヘディングになったが、枠に飛ばす三平の技術には脱帽するも、クロスバーに弾かれノーゴール。おそらくボールが枠内に飛んでいてもシュートはキーパーに止められていた。鳥海がこぼれ球に反応したものの、落下点よりわずかに前にいたことで押し込めず。本当に惜しいシーンだった。押し込む意識はあったと思うので、オフサイドラインへの注意がもてればなおよかった。
鳥海はディフェンス・ポジショニング・体幹の強さ・ドリブル・シュート・クロスと全てのプレーレベルの高い選手で、甲府の貴重な選手の一人だ。だが、彼の能力からすると、チームの歯車として働きすぎている、もっと個人能力を発揮する場面が見られてもよいと思う。
それに、短距離・ワンタッチプレーに難を感じられる場面がこの試合は特に多かったように感じる。相手のプレッシャーもあり難しいことだとは思うが、今あるズレがなくなるほど、チームの攻撃は滑らかになり、鳥海自身へのプレッシャーも逆手にとれ、得意のドリブル突破力を発揮する場面も増えるはず。チームの歯車としても、個人としても攻撃のキープレイヤーになるための壁。ぜひ乗り越えてほしい。
◆その存在感、圧倒的◆
連戦をフルで走り抜けてきた男は、後半終了間際になってもその存在感を消しはしない。須貝英大。右サイドバック的ポジションでボールを受け、体の強さを生かしてキープしながら関口へスイッチ。この関口のプレーも圧巻だった。ディフェンダー3人に囲まれながらここしかないというドリブルコースで突破を果たすと、すかさず右サイドを駆け上がる須貝にスルーパス。ペナルティーエリア脇まで一気に陥れた須貝は、右足ヒールでカットイン。ディフェンスが反応できたとみるやこんどはアウトサイドへ切り返して右足シュート!
ミートはせず力なくキーパーにセーブされたが、強靭なフィジカルとスピードをいかした守備面で貢献し、機を見たオーバーラップで攻撃を活性化。そしてシュートまで打てる存在感は、もはや唯一無二。その存在感は圧倒的といわざるを得ない。
◆中山陸投入◆
ー85分ー
関口に代えて中山陸が投入される。ウイングバックとしての出場だったが、ペナルティエリア内でヒールを使って長谷川にパスを出すなどアイデアの良さを感じさせる場面も見られた。第1次吉田政権時に鳴り物入りで入団した選手。伊藤監督時代に苦労を重ね、ベンチに名を連ねるまでに成長してきた中山が、吉田監督の下で再び輝く日が来ることを心待ちにしている。
◆アディショナルタイム、守護神河田◆
90分を回り、ATは4分。ホーム熊本の意地が鋭い攻撃となって甲府に襲い掛かる。
ー90分ー
ハーフウェイライン付近の浮き球をジャンプ一番胸トラップして山田と林田を置き去りにする相原。ちょこんと浮かせたスルーパスが須貝の鼻先をかすめてトップスピードの坂本にぴしゃり。須貝と中山が必至で追いかけるも、キーパーと1対1に。ここで守護神河田がチームを救うビッグセーブ!
決められていれば敗戦濃厚だっただけに、勝ち点0を勝ち点1にする最高の仕事をやってのけた。
だが、熊本の攻勢は止まらない。河田がセーブしたボールを拾って組み立て直すと、左サイドへ展開。90分走り通した鳥海は、距離的にも詰めることができず、琉球戦の失点シーンの二の舞といえるような形でドフリーにしたイヨハにクロスを上げられる。
そして繰り返されるゴール前のフリー。ラインを形成しながら相手を捕まえきれない悪癖が顔をもたげたが、今度は運が味方したか、シュートが枠へ飛ばず。九死に二生を得た形となる。
いや九死に三生か。
まだまだ続く熊本の猛攻。終了間際に沸き上がる熊本の選手たち。ワンタッチで着実にその選手たちを生かし、迷ったら前へ。
この既視感。かつてJ1の舞台で、強者たちに対して後半ロスタイムになっても勝利を目指して全員が駆け上がっていった甲府の選手たち。2006年マリノス戦の姿が重なる。この監督の、このサッカーが好きだった。
河原の願いを込めた縦のロングボールは、中山陸と競り合った相原の頭に合い、勢いをもって甲府ゴールへ向かっていく。
最高の形。気持ちもこもったシュート。
だが、甲府には河田がいる。再びその手の中にボールはがっしりと握られたのであった。
ラストプレーが近づく。甲府も意地を見せる。
三平、長谷川、石川とつないで、石川が起死回生のスルーパス。
ここでイヨハが魂のブロック。わずかに足に当てたことでキーパーとの一対一を防ぐことに成功する。左サイドを駆け上がった荒木にパスを送るが、相手にカットされ、コーナーキックを獲得。
このコーナーキックが跳ね返されたところで試合終了。
1-1のドローゲーム。
どちらも自分たちの力を出し切ったナイスゲームだった。
最初はそう思った。でも、本当にそうだろうか。
熊本のアディショナルタイムに出した勝利への執念は、チームの全員が走り切る姿勢に表れ、そして、チャンスを量産するに至った。
あの姿勢を目の前で見せられて、甲府は出し切ったといえるだろうか。執念を見せるとは、全力で戦って勝利を掴もうとするとはどういうことなのか。この熊本から学べることは多い。
甲府の選手たちはサッカーをやらされていない。だが、やりきることはできていない。一方、熊本はサッカーをやりきることが当たり前で、さらに選手がそれをやりたがる。
メンバーも環境も違う。大木監督の経験もさらに積みあがっていて。あのころと同じサッカーではない。でも、根底にあるものはやはり変わっていなくて。
◆サッカーはエンターテインメント◆
今になって考えると、大木サッカーとは、観客にとってサッカーがエンターテインメントである以前に選手たちにとってエンターテインメントなのだ。全力を出し尽くした先にある自分達の限界も超えた強さを体感した時、選手すらそのサッカーの虜となる。大木武という名将の名将たる由縁はそこだろう。だから、観るものすらも魅了する。
甲府のサッカー、練習は楽しいという。その楽しさの本質は、チームとして強くなることにある。ただ、監督の目指す楽しさ、選手の描く楽しさにズレはないだろうか。
吉田監督にも甲府の選手たちにも響いただろうか。チーム全体が魂で戦うサッカーの鼓動が。
今の熊本からあの奇跡的な昇格を果たし、J1残留を果たしたチームの片鱗を見た。
もうクラブと監督という形では交わることがないであろう大木武監督が、このチームがさらなる高みへ行くための根本的な楽しさの真髄。その道標を与えてくれたような。
そんなドローゲームだった。