【VFK】VSブラウブリッツ秋田(H)2022.7.15(SUN) 戻るべき原点
◆仙台戦を経て◆
仙台戦、走れなかった。戦えなかった。出足、競り合い、予測、危機察知。すべての局面で仙台に上回られ完敗。今、甲府に足りないものはなんなのか、思い知らされた。それは、闘う意志。球際を魂際として闘う秋田は、甲府の闘志の芽吹きを測るのにこれ以上ない相手である。
◆先発変更◆
勝負の一戦となる秋田戦。吉田監督は前節から5人のメンバーを変更した。鳥海を宮崎に。関口を荒木に。石川を松本に。大和を野澤陸に。そして、CB中央に山本英臣が帰ってきた。それにともなって左WBは須貝英大となる。宮崎には縦の突破と思い切りのよいシュート。荒木には攻撃のバリエーションを増やし、チームを鼓舞する役目を。松本には質の高いプレイスキックを。野澤陸には空中戦を中心とした対人守備が期待される。
山本英臣には、ビルドアップや正確なフィードはもちろん、今チームが勝つために必要な、チームの約束事を守るだけではない、勝つためのプレー選択をチームに伝える役割が求められる。
◆試合開始◆
キックオフから甲府は右サイドの宮崎、荒木、松本のコンビネーションを中心に攻撃を組み立てていく。宮崎の抜け出しに対して松本が縦パスを差し込んだり、宮崎が積極的にミドルシュートを狙ったりするなど新たに先発を得た選手たちが良い動きを見せる。
しかし、秋田も悪い立ち上がりではなく、お互いに良さを消し合うようなあまり見どころのない互角の試合が展開されていく。甲府は、仙台戦の教訓を生かし、確かに出足や球際の強さは増していた。だが、失われた自信を取り戻すことも簡単ではなく。メンタル面の負の影響が細かいミスを誘発。個々の頑張りは随所に見られるものの、リズムに乗れない。だが、松本凪生は、チーム全体に闘志の炎が着火するのを信じるように、自らのプレーで味方全体を鼓舞していく。
◆着火◆
そしてその時はやってきた。
ー30分ー
野澤陸のふわりとした質の高いロングフィード。左サイド最奥でボール保持する須貝。キープして山田へ。山田は相手からのチャージをものともせず逆サイドの荒木翔へと展開する。やはり山田陸の強さと上手さは素晴らしい。すかさず浦上がオーバーラップして相手DFを引き付けると、宮崎がボールを引き出す。荒木からボールを受けた宮崎は、反転して、PA内の山田へパス。ボールはFW吉田の足にあたり、、、
ここからがいつもの甲府ではなかった。足に当たってボールがこぼれた瞬間にスプリントをかける山田。この素晴らしい出足によってPA内でボールキープに成功。さらに畳みかけるようにドリブル突破。
クロスを予測してニアに走り込むリラが、DFを引き付ける。山田の上げたふわりとしたボールはリラのはるか頭上を漂う。そして、その落下地点に向かう小柳の背後から、全速力で走り込む一人の男がいた。
長谷川元希。
今までゴールに届かなかった、足りなかったそれぞれの一歩。それぞれの選手の一歩が積み重なり、生まれた待望の先制点。この得点が、甲府に失われた自信を取り戻させた。個々の闘志が有機的に絡み合い生まれた得点。
着火した。ついに。
ここに吉田サッカーの新たなステージが始まる。
◆求めていたもの◆
サッカーはミスが起きるスポーツ。ミスが起きたときに、どうするのか。素早い切り替えと囲い込み、相手のボールを奪いきる強い意志と実行力。奪われたボールをすかさず奪い返しショートカウンター。これこそが今シーズン当初監督が目指した姿だった。回り道はしたけれど、たどり着いたスタイルと闘志の融合。
先制ゴールを奪ったあとの甲府は、闘いながらボールを保持する集団へと生まれ変わった。
荒木のロングスローからリラの超決定機をGK田中にミラクルセーブされてしまう場面もあり、2-0とすることこそできなかったが、仙台戦の教訓を見事に体現した先制後の闘いぶり。
これこそが求めていたもの。視界が一気にひらける。このサッカーなら行ける、と。
◆本職左WBの面目躍如◆
後半も力強く粘りのある甲府の闘いは続く。
ー50分ー
球際の闘いを妥協しない甲府。リラが、山田がきわどいボールを手放さない。そうして、最終ラインで落ち着かせたところで須貝が意表をつく右足ロングフィード。ダイアゴナルに走り込む宮崎純真がしっかりと収める。宮崎がためをつくる間に果敢にオーバーラップをみせる須貝。抜群のタイミングで宮崎もボールを出し、左足クロス。鋭いボールはウィリアンリラを確かに捉え。決まるかに思われた場面だったが、リラが空中で押されたことによりバランスを崩して手でのシュートとなってしまう。
しかもアンラッキーなことに審判に悪質なハンドと認識されイエローカードのおまけつきである。
両足で蹴ることができる須貝の右足のフィードを起点に、宮崎が収め、トップスピードで駆け上がる須貝が左足で鋭いクロス。須貝英大だからこその自分でつくり、自分で刺す。本職左WBの面目躍如である。
◆野澤陸初得点◆
ー55分ー
きっかけは秋田・井上のパスの乱れ。拾った荒木翔の目の覚めるようなアウトサイドパス。これに抜け出すのは宮崎純真。相手のミスから隙を見逃さず一気に陣地を奪う素晴らしい攻撃。そして、宮崎がファールをもらって直接フリーキックのチャンスが訪れる。
キッカーとして松本と荒木が準備をするなか、長谷川・須貝・野澤陸の3人は飲水していた。野澤陸はひときわゆっくり戻ってくる。このとき、野澤を狙えば入るのではないか。スタンドからひっそりとそんなことを考えていた。それがまさかの形で実現する。
松本凪生の右足から放たれたボールは、まさに野澤陸のもとへ。野澤陸は戻りながらの難しいヘディングシュートを、絶対にキーパーが止められない神コースへとねじ込んで見せたのである。
松本の高精度のプレイスキックと、ベンチから外れていた時期に鍛えていたという野澤陸のヘディング。これがかみ合って、待望で念願の2点目がもたらされた。
野澤陸は守備面でのヘディングも昨年のメンデスを想起させるようにことごとく撥ね返していたし、パスやフィードも安定しており、大和優槻同様に、凄まじいスピードで成長していることを示してくれた。
◆一味違う守備◆
ピンチが訪れたのはそのわずか数分後である。
ー58分ー
圧力を弱めることなく守備を仕掛ける甲府。それを正確なワンタッチパスで突破してくる秋田。藤山を起点に小暮・藤山。右サイドのギャップに位置どった武に差し込む藤山。武が中央の井上に正確にパスを通し、井上がフリーになった藤山にスルーパス。河田が寄せてシュートコースを封じるも、藤山が冷静に中央へ折り返す。待ち構える茂。
だが、今日の甲府は一味違う。荒木と浦上2人がかりで茂のシュートを許さない。前節甲府は、浦上が山田にマークを託して、山田がマークの仕事を果たさず失点した。今日の浦上は、今回は荒木がいても譲らずに、失点を確実に防ぐ活躍を見せてくれた。
◆3点目◆
山本英臣。彼が戻ってきてくれたことによって、チームが引き締まった。声をかけ、パスやポジショニングでチームにリズムを生む。そして、山本が、「狩る」と判断した時、彼は確実にその仕事をやってのける。
ー61分ー
宮崎純真が右サイドでの仕掛けからボールロスト。そのボールを秋田の選手が前線に打ち込んだその刹那。山本は現れた。まさに「ハンター」。狙った獲物は逃さない。職人技ともいえる鮮やかなインターセプト。これが試合を決定づける3点目に繋がるのだから、たまらない。
いったんボールを最終ラインで落ち着ける甲府。野澤陸から須貝にボールが渡る。ここで、リラのヘディングシュートを生んだ起点と全く同じプレーが状況を打開する。そう、須貝の中央へのフィードである。このボールに反応し、ダイアゴナルを仕掛けたのは、松本凪生。
ピンポイントのボールを絶妙なトラップ。ここでリラが後ろにいると思い、ヒールでパスを出そうとし、いないことに気づいた松本凪生。とっさのヒールパスキャンセルによって体のバランスを失ってしまう。
だが、松本凪生は止まらない。態勢をすぐに立て直すと1対1となったキーパーの左足下を強烈な左足で打ち抜いた。キーパー田中も好反応を見せるが、松本のシュート力が上回り、ボールはゴールへと吸い込まれていった。
山本のいぶし銀のインターセプト。リズムの悪い試合開始直後からチームの闘志の導火線に着火を促し続けた松本凪生のヒールキャンセルショット。2人の立役者の競演により、小瀬の電光掲示板に「3」が刻まれることとなった。
◆苦しい時間帯のキック精度◆
3-0とした飲水タイム。甲府をシャドーを長谷川・宮崎→鳥海・飯島に交代する。75分を過ぎるころには夏場の連戦3戦目の厳しさもあり、両チームとも走りの強度が落ち始める。そして、緩い場所が出てくると、モノをいうのがキック精度である。とりわけ、甲府、秋田ともに左サイドの精度が際立っていた。
そして、先にビッグチャンスを生み出したのが、甲府WB須貝の左足だった。
ー77分ー
河田のゴールキックを相手に撥ね返されたところ、頭ではじき返す須貝。須貝はヘディングでも競り負けないことが素晴らしい。野澤とともに左サイドのハイボールはほとんど撥ね返している。これが攻撃の起点となる。
須貝のボールをキープした鳥海が松本に落とす。それを再び鳥海にパス&ゴー。秋田の選手を引っ張って須貝をフリーにする。鳥海から須貝。須貝から中央の山田へ。ここぞとばかりに一気に加速する須貝に、山田陸が抜群のタイミングでアウトサイドパス。完全に左サイドを制圧した須貝は狙いすました左足クロスをゴール前へ。
そして、そのクロスの先に表れたのは、ラインブレイク・ゴールハンター。飯島陸である。その動き、そのシュートセンス。まさに一級品。須貝のクロスがあって、飯島陸の輝きが最大限に引き出されたシーン。
飯島陸は、そのクロスを、スライディング気味に左足アウトサイドで捉え、ファーサイドへ流し込む離れ業をやってのけたのだから。
シュートは惜しくもクロスバーを叩いたものの、飯島陸ここにありと名刺をつきつけるが如くそのプレーを観客の脳裏に焼き付けた。須貝も、飯島も本当に素晴らしかった。
そして、今度は秋田のターンである。
ー79分ー
飯島のクリアからスローインになる。63分に投入された稲葉がミドルサードでフリーになる。そして、右足でアーリークロス。このボールが絶品だった。山本と競った武。下がりながら的確にボールを捉えて、甲府ゴールに流し込み、1点を返す。
甲府は再びサイドへの寄せの甘さから失点を許してしまう。山本の高さという弱みを突かれた失点でもあった。
◆松本凪生の84分間◆
秋田が得点によって息を吹き返し、勢いを得ようかという80分。野澤の悪癖が顔を出す。須貝からのなんでもないバックパスを、まさかのトラップミスで、武にかっさらわれキーパーと1対1。
野澤の出来は素晴らしかった。だが、どれだけ素晴らしいプレーをしていても一つのミスが失点に直結し、評価に直結するのがDF。野澤が本当に信頼を勝ち取る日が再び遠のくような極めて酷い凡ミス。だが、チームがそれを帳消しにすべくフォローに走る。
山本が素晴らしい戻りでシュートブロックに入る。だが、武も素晴らしい。落ち着いてブロックを外す。だが、キーパー河田のポジショニングが勝って、つま先で放たれたシュートは力なく枠外へそれていった。
その時。ファーサイドには、ハーフウェイラインを越えて逆サイドに位置どっていた浦上仁騎と、決して間に合わなかったかもしれない場面でも、センターライン奥からゴール前まで決死の覚悟で走りぬいたボランチ松本凪生の姿があった。
個人のミスを失点に結び付けない。カバーの意識。助け合う力。チームが一段階段を上がった姿を目にすることができた。
野澤のミスをカバーした山本、松本両者が足を攣り、プレー続行が困難な状況に追い込まれる。一つのミスの恐ろしさが、山本・松本のチームを救おうとする想いの強さが凝縮された場面となった。
この試合、山本英臣の存在感がゲームの土台を作り上げた。仙台戦の完全敗北が、選手たちの心に闘志の燃料を搭載させた。そして、導火線に火をつけ、体力尽きるその瞬間まで闘志の体現者であったのは、松本凪生だった。そのうえ1G1A。彼の今シーズンベストゲームであったのは間違いない。そして、もしここから甲府の躍進が始まるのだとしたら。
この松本凪生の84分間が始まりだったのだ、と。そう言い切れる程の獅子奮迅の大活躍であった。
松本凪生は、確かな爪痕を小瀬の芝生に刻み込み、ピッチを去る。そして、山本も。
84分、松本から石川、山本から小林岩魚へ選手交代。浦上を中央に配したいつものDF陣にシフトする。
交代時、ゴール裏を煽りながらピッチを後にする山本英臣。5月以来の勝利に向かい、選手を、そして、12番目の選手たちをも奮い立たせていく。
さあ、あとは勝ち切るための闘いだ。
◆悪魔的タックル◆
最終局面を迎え、やはり脅威となるのは精度あるクロスと高さある中央から秋田のサイド攻撃である。決して高さに恵まれているわけではない甲府にとって、単純なクロスであっても中に合わされ、ボールがこぼれれば大きなピンチとなりかねない。そんななか野澤陸の凄まじいスライディングカットが発動する。
ー88分ー
野澤陸の意地が、気持ちが炸裂する。飯島がボールロストして藤山が縦の楔を打ち込んだ瞬間だった。今まで見たことのないような鋭い、抜群の出足。最高速度に乗った状態で繰り出された両足タックル。一歩遅ければ相手に入って退場すらありえた、尋常ではない強度の危険タックル。
だが、野澤の出足はそれすら覆す凄まじいものだった。むしろ、あとから来た選手のスライディングを後方から受け、相手にイエローカードが提示されるほどの。
9割の退場となる可能性を秘めた、その可能性を超越した1割を勝ち取る悪魔的タックルは、見事に成功し、ボールは飯島陸に渡りパライバのシュートを生み出した。
若さゆえの、そして、ミスを取り返そうとする熱い思いが野澤の魂に火をつけた。そんなプレーだった。
一歩間違えたときの怖さもはらむ、だが、野澤にとっては1つのきっかけとなりそうな、2面性。この経験が野澤にとってプラスとなることを祈りたい。
◆そして、勝ち点3へ◆
アディショナルタイムも3分を回り、試合終了まではあと1分。点差は2点。この状況でも、秋田は最後までゴールを目指す。中でも武のクオリティは、甲府にとって脅威であり続けた。
ー93分ー
甲府のスローイン。パライバの落としに飯島が走り出す。だが、単純な競り合いでは飯島の分が悪い。奪われ、前線に放り込まれたボール。落下地点には荒木翔。だが、荒木のヘディングでのはね返しに力が足りなかった。
ボールは青木の足元へ。戻りながらボールを引き出す武。振り向きざまに放たれた右足のシュートは強烈且つ、美しい放物線を描きながらゴールへと向かっていく。
決まってもおかしくない極上のシュートだったが、この日は運が甲府に味方した。ゴールポストを捉えはね返ったボールは、キーパー河田の背中に当たりながらも、秋田ゴール側へと浮かび戻っていった。
残り時間わずか。秋田左サイドから何本も放たれ続けるクロス。それを浦上が連続で撥ね返す。そして、最後のクロスを野澤陸が撥ね返したとき、試合終了のホイッスルは鳴り響いたのであった。
◆戻るべき原点◆
スコアこそ3-1だったが、秋田が3点とっていてもおかしくない試合でもあった。そこでゴールを奪わせなかった要因は、チームとして味方のミスをカバーしようとする強い意志と行動。そして、闘志をもって激しく走り抜いた選手たちが、手繰り寄せた勝利への運だろう。
ここまで苦しみながらも積み上げてきた、上手いサッカー。そこに、上乗せされた闘志。先制点から生まれ変わったように輝き始めたサッカーこそ、ずっと求めてきたものであり、それが顕現した秋田戦は、躍進へのスタートラインとなりえる素晴らしい試合だった。
この自信を胸に、このパフォーマンスをいかに持続させられるか。上手いサッカーに闘志が上乗せされるのではなく、闘志をベースに自分たちのサッカーを積み上げられるのかがこれからの闘いの鍵を握る。
長く辛いトンネルの出口の明かりは見えた。あとはそれを見失わないよう、光に向かって突き進もう。
2022年のヴァンフォーレ甲府は、26節にしてようやく、「戻るべき原点」を手に入れることができたのだから。