痛快!ネオリベ新自由主義めった斬り「世界経済を破綻させる23の嘘」ハジュン・チャン
伊藤亜聖先生が「プロトタイプシティ」のイベントで進めていたハジュン・チャン。おすすめの「ハシゴを外せ」も面白そうだが、近所の図書館に置いてあったこれをまず読んでみることにした。
釣りっぽいタイトルだが、単なる逆張り本ではない
著者のハジュン・チャンは1963年ソウル生まれ、ケンブリッジ大学で開発経済学を教える経済学のプロ。タイトルは釣りっぽいが、内容は新自由主義に対して反対を唱える23の言説を書いたものだ。いくらかは主張のために都合の良い事実を集めている嫌いもあるが、プロの学者が書いたものだけに単なる逆張りではない。
著者のハジュン・チャンが韓国出身だけに、ところどころ韓国の事例が出てきているため、amazonのレビューが荒れているのは哀しいことだ。
本書でターゲットになっているのはネオリベ新自由主義、成功と失敗は個人のせいで、企業活動や金融などの規制はないほうがよく、社会保障や解雇規制もなるべくない方が良く、政府は何もしないほうがよく、富裕層への課税をしない...などの方向性だ。
著者は「それで上手くいくことはなく、害の方が多い」として、豊富な例を引きながら、製造業を中心とする実体経済の大切さ、社会保障による社会の安定の大切さ、研究開発や産業ドメインの再構築などを含む政府の経済への関与などを説く。
実際、国営ダメプロジェクトが山ほどある一方で、シンガポール等の国が政府の経済への関与を続けて成功してきたのは間違いない事実だし、国営企業では失敗続きの中国も、「研究開発した分は税金を安くする」などの政策で効果を挙げている。
著者は資本主義の強烈な信奉者だと自ら称していて、国家が何でも主導することを推奨しているわけではない。しかし本書では、市場の暴走や新自由主義がむしろ経済成長を阻害している害について豊富なエビデンスからNoを唱えていく。一部でピケティと並べて語られることもあるようだし、常識とされていることに事実ベースでYet Anotherを唱えていく様子は、山形浩生さんを彷彿とさせる。著者は別に反グローバリズムについても本がある。
本書で紹介されている23のウソはこの通り。引用部分が乱暴に内容を要約したもの、地の文が僕の感想。
実際は1つの嘘あたり平均13ページほど使われていて、トータル350ページを超えるハードカバーである。実際に読んでみる価値は充分ある。
1の嘘.市場は自由でないといけない
児童労働、奴隷貿易など、もっと市場が自由だったころの人類は幸せだったか?完全に自由なノールールの自由市場なんて幻想で、いくつかのルールは社会を進化させた。アヘン戦争なんて、「自由にアヘンを売らせろ」という戦争じゃん。
良く考えずに自由を唱えるのでなく、どういう市場が理想かを考える必要がある。
この章は異論ない。
2の嘘.株主の利益が第一
株は売り買いされてしまうので、短期的な利益だけを狙うようになってしまい、長期的な企業発展をむしろ阻害する。株主第一を唱えたジャック・ウェルチのGMは、自社株買いに使ったお金を取っておけば破綻せずに済んだはずだし、ウェルチも最後は株主第一を悔いている。
理解できるけど、良い例として出てるのが大企業同士が株を持ち合う日本とか、議決権のない株を発行できるスウェーデンで、悪い例がアメリカなので、実際にどのぐらいどうかは気になる。
3の嘘.市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
新興国と先進国の賃金差は生産性と言われるが、たとえば50倍給料が違うインドとスウェーデンのバス運転手が、そんなに生産性差があるわけがない。実際はどの国も移民の制限をしていて、国ごとの所得格差は一部の大企業に全体が被さっている。どの程度移民を制限する/認めるかは政治の問題、つまり意思を持って決定に関与しないとならない
内容は異論ない。移民をどこまで認めるかは、あんまりアイデアがないけど..
4の嘘.インターネットは世界を根本的に変えた
たとえば電報は情報伝達速度を郵便の数千倍に変えた。20世紀は家事労働のメイドが多くの家にあるのが当たり前だったけど、白物家電のおかげで不要になった。インターネットって、それらに勝るメリットをほんとに出してるの?
人間は今いるこのときの変化を「革命」と思い込みがちだけど、過去の変化ときちんと比べるべき。
これはさすがに古い。本書の出版は2010年、スマホが普及してインターネットの繋がるのが当たり前になる前の話である。
ただ、目の前の変化に囚われがちというのは、AIブームや最近のアフターコロナ云々を見ているとそのとおり。ここについてはぜひプロトタイプシティもご覧ください。
5の嘘.市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
経済学は人間が利己的に動くことが市場を通じて世の中をよくすると語るけど、労働者はずっとサボる事ばかり考えているわけでなく、むしろ逆の方が多い。損得のモデルで説明できないところでも人間は良い人というふるまいをみせる(こともある)。エコノミックアニマルばかり見てていいの?
その善政については説明し切れてないのでちょっとふわっとしてる気がするけど、異論はない。
6の嘘.インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
ハイパーインフレが悪いのは間違いないが、物価安定/反インフレばかり考えるとむしろ不況を招く
異論なし
7.途上国は自由市場・自由貿易で富み栄える
実際は市場統制保護貿易・国家主導経済やったほうが途上国は伸びている。むしろ今の富裕国も昔は保護貿易やりまくりだった。19世紀アメリカも20世紀の日本も外資に優しい国ではなかった。中国もインドも解放してから伸び始めているけど、その解放は自由貿易ではあるけど、本書が敵にしている新自由主義ではない
具体例はたくさん出ていて面白い章。だけど、うーん、ちょっと言葉の定義にこだわった屁理屈ぽさもある。統制のモデルでみんながイメージするのは毛沢東中国とかポルポトカンボジア、北朝鮮、キューバみたいな国である気がするし、国家社会主義的なのがうまくいったデータはもちろんここにはない。
産業振興政策が大事なことはわかるけど、そこでも「何でも国が主導」モデルは失敗している。良いデザインを考えようという意味での本書の主張は正しいと思うけど。この章をストレッチするとこの本になるのかな?
8の嘘.資本にはもはや国籍はない
今の多国籍企業はもう国籍を超越しているとよく言われるが、実際は生産の国外移転は言われているほど多くない(アメリカで30%,日本で10%)し、移転するのは一番低いレベルのもの。なので、国内企業の育成は今も大事でなんでも外資だよりはよくない。外資の投資は歓迎すべきだが、通常の海外投資はないものを創るための投資でなくて、企業支配のためのものが多い。なので、海外投資には上手な規制を作って自国のためにするように計らうべきだし、国内産業を育成すべき
特に異論ない。シンガポールはそれをすごく上手に行っている。この章、トランプ政権のいま見るとより面白い。
9の嘘.世界は脱工業化社会に突入した。
サービス業が中心の脱工業化社会に突入したと言われるけど、それはまさに工業化で製品がメチャメチャ安くなったからで、サービスの価格は相対的にあまり下がらない(たとえば床屋代はコンピュータほどに下がらない)からである。
工業からサービスの転換と言われることには付け替えも多いし、(たとえば、機械のメンテナンスやコンサルティングがサービス業になるとか)なにより工業製品の価格が下がる速度ほどサービスの価格は下がらないから相対的に高くなることで、GDP内の割合が増えることによる。
結果としてサービスの見た目が増えることは問題ないかというと、問題がある。なぜなら、その部分はまさに生産性向上が難しい部分で、その割合がGDP上多いと言うことは、全体の生産性があまり上がらないことに繋がる。
インドが一足飛びにサービスで進化なんてうまく行くわけないし、シンガポールやスイスなども実は工業の割合がかなり多い。
ここは目から鱗。かつ、メチャメチャ面白い!どこの国でも最初は下請け工場、成長するに従ってサービス業への移転が起こるけど、なぜ工場から始まるかというと、まさにそこに人手が必要だからだ。そこにあるのは機械の限界だ。そして、サービス業への移転が起こると、実際にGDPの伸びは例外なく落ち始める。最近のIoTやスマホが持てはやされているのは、まさにサービス業の生産性向上(Uberとか)がそれらで可能だからだ。
この話はもっと掘り下げる価値がありそう。
10の嘘.アメリカの生活水準は世界一
アメリカは確かに世界一の金持ち国家だが、国内の貧富の差が激しく、そのために安いサービスを高い所得で享受する人たちがいる。また、労働時間は他の富裕国より長い。
制度的に貧富の差はますます大きくなりそうなので、それはホントに良いの?
異論ない。貧富の差とサービスの値段を組み合わせた説明もすばらしい。
11の嘘.アフリカは発展できない運命にある
アフリカは風土病や民族紛争や熱帯気候などのせいで一生発展できないと言われているが、実際は1960-70年代は普通に発展していた。1980年代以降ガタガタになったのはIMFの指導や自由化が逆効果だったからだ。多民族国家だろうが気候が悪かろうが発展した国はある。アフリカだけ例外な訳がない。
この分野はあまり詳しくないのでイメージ沸かないが、異論ない。
12の嘘.政府が勝たせようとする産業や企業は敗北する
国営はコケるとよく言われるが、韓国のポスコ、ヒュンダイ、LGはどれも国営や国の口出しでうまくいった。台湾やシンガポールでも開発と国の関与は大きかったし、アメリカの宇宙開発やシリコンバレーの成り立ちもそうだ。
もちろん独裁途上国がつくる無意味な高速道路他、ダメ国プロはいくらでもある。先進国がやってもコンコルドのようにダメになること多い。新しいビジネスはそもそも多くが失敗するのだから、良い形を官民問わず考える必要がある。
当たり前の話だが異論ない。
13の嘘.富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う
いわゆるトリクルダウンが言われるが、市場に任せていてはそれは起こりづらい。19世紀は富裕層しか選挙権がなく、貧者も選挙権を持てば富者に重税がかかって社会が崩壊すると当時のリベラルは主張していたが、そんなことはなく、所得の再分配を政府が起こした方が成長は加速した。
実は、富裕層を優遇しても彼らが投資して社会を豊かにしてくれるというきちんとしたデータはないが、逆のデータは多くある。
あまり自分が詳しくない分野。うまい再分配って難しそうだけど、言ってることはそのとおりだと思う。
14の嘘.経営者への高額報酬は必要であり正当
1960-70年代のアメリカCEOの給与は労働者の30-40倍だったが、今は300-400倍になっている。会社の業績はむしろ60年代の方が良かった。1980年代のアメリカでだけ急激にCEOの給与が上がり、他の国はそうでもない。つまりアメリカのCEO給与は間違いでは。
ここは異論ない。CEOの給与が突然上がった原因として、このマンガでは「CEOの給与を公表するようにしたら、ライバル会社やライバルCEO同士で相手より高い給料を出し合ってメチャメチャ高騰した」という説明が活写されていてオススメ。
15の嘘. 貧しい国が発展できないのは起業家精神が欠けている
実際は朝からぶらぶらしてる人が多そうに見える新興国の方が起業家ははるかに多い。起業の研究では、起業家個人の能力と言うよりも社会の環境含めた集団的起業と呼ばれるものが成功に不可欠で、貧しい国はそれが整っていない。
プロトタイプシティにも近いテーマ、面白い。集団的起業という概念も面白く、もっと関連情報を聞きたいけど、この章はあんまり長くない...
16の嘘.すべて市場に任せるべきだ
実際は乱獲や環境問題などがあるし、どんな優秀な学者が作ったファンドも破綻に追い込まれているので、市場は予測の外側の振る舞いをする。フールプルーフ、規制は必要である。
異論ない。
17の嘘.教育こそ反映の鍵だ
教育水準の高い東アジアの発展と低いアフリカを比較して教育の経済的効果を唱える話をよく聴くが、1960年代の台湾や韓国はアルゼンチンやフィリピンよりはるかに教育水準は悪かったのに伸びている。旧社会主義国などで教育が良くて経済が悪いところはいっぱいあり、教育が経済に効くエビデンスはない。スイスなどは今も大学進学率が高くないが経済はうまくいっている。生産性の高い大きな集団でたくさんの人が働けることが大事で、それと教育はあまり関係なく、豊かになると教育水準が上がるのは結果である。
メチャメチャ面白い話。ここだけで一冊読んでみたいなあ。豊かになると大学進学率や院まで行く率が増えるけど、そういうステージの国だとみんながライン工をやってるより成長が停滞するのは、生産に携わる人がむしろ減るからでは?みたいな分析はすごく面白い。
18の嘘.企業に自由にやらせるのが国全体の経済に良い
実際は世界最大の自動車会社だったGMは面倒な研究開発を避け、むしろアメリカ政府にロビー活動して日本や韓国のライバルを政治的に蹴落とそうとした末に破綻した。急成長中の日本韓国中国は規制の多い国だった。なんでも規制が良いわけではないが、良い規制を考え続けることは企業含めて誰にとっても得。
シンプルな話で異論ない。本全体と同様、釣りっぽすぎる見出しだけど。
19の嘘.共産主義の崩壊と共に計画経済も消滅した
実際は研究開発などは計画的な政府投資で動いているし、企業内の予算も計画主導である。すべて市場だけで動いてるわけではない。
プロトタイプシティとも連携する話で面白い。プロトタイプシティも、無計画と言うよりは変化を織り込む態勢作りを意図している。計画の難易度がどんどん上がっていることについては本文中にも書いてあるが、そこへのソリューションが書いてないので、やはり釣りっぽいタイトルではある。
20の嘘.今やだれでも努力次第で成功できる
機会均等は絶対に必要だが、社会的貧困は今も大きい問題で、国の産業がまるごと競争に負けてなくなるなどのことは今もある(むしろ増えている)ので、失業保険他の社会保障制度で社会の安定を確保することは全体の生産性のためにも大事だ
特に異論ない
21の嘘.経済を発展させるには小さい政府の方が良い
実際はアメリカの社会保障の貧弱さはロビー活動を生んでいる(職がなくなると家も保険もなくなるので強烈に対抗する)し、韓国の解雇規制のゆるさは手に職のある医者に理系大卒の8割が集中するような非効率を生んでいる。
例は強引なものが多いが、結論は特に異論ない
22の嘘.金融市場の効率化が市場の安定をもたらす
アイスランド、アメリカなど、金融の自由化を進めすぎると、デリバティブ等のカネでカネを生むリスク金融商品が伸びすぎて実際は破綻してしまう。何よりも実際の経済を成長させる長期的な投資が損なわれる
この章が面白いのは、「金融市場が実態市場と乖離するとマズイ」という部分で、どうやってそこをリンクさせるのかはもっと紙幅を使ってほしかった。(空売り規制など、すこしは紹介されている)
「金融が実態よりはやく動けることそのものが金融の価値なので、ガチガチにするのはよくないが」的な前置きをしてるところ含めて、もっときちんとした説明を見たいところ。こっちの本には書いてあるかな?
23の嘘.良い経済政策の導入には、経済に関する深い知識が必要
上手くいった経済政策を主導したのはエコノミストではなく、日本と韓国では法学部出身、台湾と中国ではエンジニアがやっている。必要なのは今主流の新自由主義経済学でなく、別の学問だ。主流の経済学は貧富の格差を広げる、社会を不安定化する、リーマンショックを招くなど、害のほうが多い
こちらも読んでみることにします。
プロトタイプシティもぜひよろしく。
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