episode 09. わし入院することになったんや
前回までのあらすじ
踊り指南動画の作成など、着々と高島おどりの準備が進む中、突然告げられた「わし入院することになったんや」。
このお話に登場する人
藤原 高島の盆踊り歌保存会会長。高島音頭への愛だけは誰にも負けない。
大西 保存会の会員。最年少の30代。高島の盆踊り大会のリブランディングに取り組む。
「わし入院することになったんや」
高島おどりを目前に控え、藤原は近年感じえなかった高揚感に満ちていた。
それは忘れていた感覚と言ってもよいだろう。若かりし日の盆踊りが帰ってくる。周囲の盛り上がり、空気にも色がついているかのような見える景色の鮮やかさよ。それはあの頃のお祭り前の胸の高鳴り。緊張と期待が混ざり合った感覚と酷似している。妻から「なんだかうれしそうね」と言われると、少し照れるがまんざらでもない。
しかし、どうにも朝から調子が悪い。腹が痛いのだ。
ちょっと病院言ってくる、と妻に言い残し、かかりつけの病院に行った。
「念のため入院しときましょうか」
医師に告げられ、藤原は困った。
「もうすぐ盆踊りなんですわ。なんとかなりませんか」
自分のためと言ってはおこがましいが、若手ががんばってくれているのに、前線から退くのは心が痛む。
「一週間くらいですかね」
ギリギリ。助かったと言っていいのか、すぐに櫓に上がれる状態になるのかはわからなかったが、なんとか当日には行けそうなことがわかり、胸をなでおろす。薬の処方を受け、氏神さんにお参りして、帰路についた。
目的と願い
大西は戸惑っているようだった。
「必ず藤原さんを大勢の輪の中心に立たせます」と会うたびに言ってくれていたのだから、落胆させてしまったかもしれない。
しかしだ。
高島音頭を残すというのとわしを櫓に上げるというのは実際違う。
前者は目的だし、後者は願いだ。大西の気持ちはとてもありがたいことだが、目的を見失ってはいけない。
「若い人らのために、音頭を通じてふるさとを残す」
ついこの前までは、このままでは死にきれないと思っていたが、今は若い継ぎ手がいてくれる。頼もしいじゃないか。
できることなら、櫓に上がりたい。藤原は願った。できることなら藤原さんを櫓に上げたいと大西も願った。
高島おどりまで、あと10日。
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