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日式醤油担々麺と久田大吉の世界

~ 汁有り担々麺、その先に ~

もともと中国では汁無しの拌麺として親しまれている担々麺。四川料理の代表的な料理で成都の屋台で特に盛んであったものを、日本に持ち込み広めたのが、日本における四川料理の父ともいえる陳建民だった。そして、それを日本用にアレンジし、今日よくある汁そばの担々麺にした、というヒストリーはよく知られるところだ。

しかし、この汁有りの日式担々麺には、さらに日本に向けて改良、親和性を増したものがあった。担々麺というメニューを一括りにしては、浮かび上がってこないアナザーストーリー。そこには陳建民に近いキーパーソンがいた。

~ 銀座はしご(銀座) ~

銀座夜の味のひとつ、はしご。僕もだいぶお世話になったものだが、食べたことがある人なら、誰もが一度はこう思ったことがあるだろう。

「何故、はしごの担々麺はこんなに美味しいのだろうか?」

銀座ではしごを選ぶという食通なら、それまでにいくつもの担々麺に出会っているはず。しかし、それでもなおそう思うのは、はしごの担々麺が特別に優れているからに他ならない。

はしごの代表的メニュー排骨担々麺
担々麺は「だんだんめん」と読む

そのルーツは日本における四川料理の草分け陳建民にたどり着く。芝麻醤で濃厚だが、まろやかで胡麻の甘みを感じる日本でおなじみの担々麺はこの陳建民によって汁ありのスープ麺として開発されたが、それは西洋料理における洋食屋や、本格中華料理を日式にアレンジした街中華と同様に日本人の心を掴んでいった。

昭和39年創業 橋悟氏によって開店した

その陳建民には、息子の陳建一とともに一番弟子がいた。久田大吉さんだ。その当時四川飯店の厨房はすべて中国人。その中にいた久田さんが、切り開いた道は四川料理の伝統的ながら、より日本に深く根ざさんとした個性的なメニューを生みだした。そのひとつが担々麺であった。その久田さんのお店で学んだのが、はしごの創始者橋悟さんなのだ。はしごは1964年(昭和39年)創業。すでに58年が経とうとしている。

~ 麺匠うえ田(熱海) ~

はしごのルーツが陳建民の一番弟子(すなわち陳建一の兄弟弟子)久田大吉にある、という話を聞いたのは酒席で、郷家光広さんからだった。そして、その郷家さんは久田さんを師匠と呼んだ。久田さんは2016年に亡くなったが、その最後の弟子が郷家さんなのだ。

郷家さんのお店うえ田(熱海)
この他にも数多くのお店に関わる

四川料理の巨匠久田大吉の足跡は次のチャプターに譲るとして、最後の弟子郷家さんのお店で、久田さん直伝の担々麺を食べたい。熱海まで飛んだ。

メニューにも久田大吉直伝と謳う

豊富なメニュー、豊富なサービス、豊富なもてなし。麺匠うえ田の溢れいでる魅力の中で、渚の担々麺と題したメニューが伝承の味ということになる。スープ自体が凄く強く厚いが、辛く、しかし、旨い肉餡がスープに溶けていくと、どことなくルーツの姿が見え透けてくる。点が線としてつながっていく。メニュー筆頭に持ってきても良いくらい美味しい。

巷の担々麺とは一線を画す

郷家さんは久田さんからイロハを叩き込んでもらった、と言った。きっと、担々麺などの味だけではない、マインドの部分にまで至ったのだろう。いつかそんな久田大吉オマージュの会をやってほしいと願う。

〜 吉華(自由が丘)〜

知るは美味しい

久田大吉さんのプロフィールは以下のサイトに詳しい。

1944年長崎県生まれ。高校卒業後より料理人を志し、63年に東京・六本木の「四川飯店」に入社。陳建民氏の下で修業する。85年、東京・上野毛に「上野毛 吉華」を独立開業。以来、同店は優れた料理人を多数輩出していることでも名高い。93年に暖簾分けした「自由が丘 吉華」がオープンしている。

この吉華(きっか)が久田さんの集大成であり、久田流四川料理の震源地であった。はしごの橋悟さんもここで学び、あの担々麺を授かったわけだが、その他にも多くの弟子が羽ばたいていったとされる。

上野毛の店は残念ながら閉店し
この自由が丘店が残る

その吉華。実は上野毛が久田さんの独立店ではあるが、その前に高円寺に同名の店(2002年閉店)があった。久田さんはその店で腕を振るい、そして先の上野毛で独立したわけだ。その高円寺の吉華は俳優の里見浩太朗さんがオーナーのお店だった。中華料理が好きで、ならいっそ自分で、と始めたお店らしい。(当時は里見浩太朗さんのHPにその経緯も載っていたようだ)

自由が丘吉華

上野毛の吉華は残念ながら2016年久田さんがお亡くなりになったときに閉めたが、自由が丘のお店は健在。担々麺は、醤油ラーメンがベースでその上でゴマが香る担々麺。はしごにも通ずる醤油担々麺ともいうべきものだった。素晴らしい。何も前知識なく食べたとしたら、(自由が丘という)立地に合わせた上品であっさりとした担々麺、という一言で済ませてしまうかもしれない。しかし、こういう点が線になるとき美味しさは倍以上に膨らむものだ。

吉華の担々麺
濃厚さよりも軽く洒脱な雰囲気

知るは美味しい。吉華の担々麺でそんな思いを抱くのである。

〜 唐人飯店(神保町)〜

久田さんが四川飯店に入社したのは高校卒業後の1964年。先のリンクよりもう一度引用しよう。

中学時代からコックになりたいと思い、当時唯一の雑誌であった「月刊食堂」にコックになるにはどうしたら良いかなどを相談し、白石全日本中華調理士協会長とは何回かの文面のやりとりをしていた。

高校卒業と同時に本格的に料理人の道を目指し試験のために上京、試験場で初めて白石会長と出会い、五時間という長時間料理人の道について懇々と聞かされる。

「自分が画いている料理人の世界と現実の厳しい道とは大きな開きがあるという内容でしたが……」。

結局は、父親の猛反対、白石会長の諭しに会いながら、持ち前の負けん気からこれを押し通し、料理人の道に入る。
出典:外食レストラン新聞

もうひとつ、久田さんの修行時代のエピソードである。

当時の従業員は、私以外全員中国人で、日本語は禁止。最初はメモを取ることもおぼつかないので、レシピは先輩の作業を盗み見て覚えました。朝は誰よりも早く厨房に入り、お店が終わったあとはゴミ出しのふりをして店に居残ります。そして、野菜くずを集めて包丁の使い方を練習しました。
出典:料理王国
2019年より神保町に移転した


久田さんが(高円寺から)独立して開いた吉華には、前回の自由が丘店が出たが、もうひとつ八重洲にも支店があった。唐人吉華である。大人気店だったが八重洲の再開発により、2021年に神保町へと移転し、後継者により唐人飯店として営業を続けている。ここも人気は上々。

もやし担々麺

ここの担々麺は非常にオーソドックスな担々麺であった。いわば四川飯店のような模範的な一杯。辛さは唐辛子でつけているようでこの数で調整するようでもあった。もやし担々麺を頼むとご覧の盛りで胃を満たす。

〜 寿限無担々麺(人形町 他)〜

久田大吉という巨匠の歩みは、書籍がたくさんあり、また師の陳建民同様NHKの料理番組への出演や、ネット上にも多くの記事や慕う思い出の欠片が残されている。

話を担々麺への功績へと戻そう。吉華で体現した久田流担々麺の世界は、銀座はしごを通じて多くの人が知るところとなった。はしごからは、姉妹店のよかろう(日比谷)や、遊佐味亭(本郷三丁目、虎ノ門)、最近ではまる鈴(神田)も出た(が閉店してしまったようだ)

そのひとつが人形町にできた寿限無担々麺。最近では上野にも支店を出している。寿限無の特徴は先の出身店とは違い、味という点ではしごそのものを再現しているということ。サービスライスも同様だが、セットメニューも充実させ、人気を博す。

はしごの担々麺に非常に近い

僕はこの醤油ラーメンベースの担々麺というところに、久田流担々麺の妙があるのではないかと思っている。もちろん、はしご流ともいえるが、吉華における担々麺に通ずる久田流の世界観の確かさを見る。

〜 創作麺工房 鳴龍(大塚)〜

担々麺というメニューの流行でいえば、近年日式の魅力よりは、汁無しで成都の、つまり、本場の辛く、痺れの強い担担麺がクローズアップされることが多かった。それはもちろん美味しいものだ。ただ、食における正解ではない。

明治維新を経て、一気に欧米の食材や食文化が日本へ入って来る、いわゆる食の西洋化。そして、西洋料理を日本流にアレンジして日式の「洋食」が誕生していく。この時期に人気だった日式洋食のメニューは、コロッケ、チキンライス、オムライス、トンカツなどで、肉を食べるという文化は、これもステーキ(という西洋の形)ではなく、日式の牛鍋として広まっていき、当時インドを植民地にしていた英国を通して入ってきたスパイス料理はカレーライスとして定着していく。

その流れと同様に戦後生まれた日式の担々麺。しかも、その中で、より日本に親和する担々麺が久田流の担々麺だろうと思う。その確かさは、最新の、しかもミシュランスターな店にも通じていた。

ミシュラン1つ星に輝く担々麺

鳴龍の担々麺は各パーツを最新の手法で研ぎ澄ましていながら、ベースのスープを生かすためなのか、あくまで醤油ラーメンに軽くゴマのペーストと辣油を回しかけるスタイルだ。見ての通り、レンゲですくうスープは醤油ラーメンスープである。

ベースの醤油ラーメン

辛さと甘みと濃厚感。洒脱かつ食事としての満足感を与えてくれる担々麺の訴求力は高い。だが、日本で日常的に愛されるための担々麺の答えを久田大吉という人は求めたのではないだろうか。その功績は大きく、そして、今なお様々な店によって価値を高められ続けている。

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