【だんちょうてー】~ 20周年ラーメン ~(2002年編③)
~ 永井荷風とだんちょうてー ~
元々は浦安にかっぱ(閉店)の流れをくみ、かっぱという店名だったが、2005年に独立。その際にだんちょうてーという屋号に変えた。
このだんちょうてーという屋号。どこかで聞いたことがあるという人も多いだろう。永井荷風の『断腸亭日乗』をもじったものである。永井荷風は東京にあった棲家を火事で焼失した後、市川に移り住み、終生この界隈で過ごしたという。その晩年に至るまでの日記をまとめたものがこの『断腸亭日乗』なのである。
~ 2000年前後に迎えた魚介スープブーム ~
丁寧に魚介の出汁をとり、強いインパクトを出すラーメンというのは、この当時オリジナルであったわけではないが、この年は特に話題をさらった記憶がある。
地方ではもちろん、東京でもこの以前から、魚介を効かせたラーメンは存在したが、香りなどをより印象付けるために多様な手法で強調するというスタイルは、この年のルーキーたちにも多かれ少なかれ影響を与え、それに倣ったお店が多く誕生した。そして、この後2006,7年頃から煮干しという極めてインパクトを作り出せる素材によって、それが強調され、ひとつの潮流となっていったことは記憶に新しい。
炭火焼きのチャーシューも同様で、従来のチャーシュー(主に煮豚)をより工夫して美味しくできないかと模索した時代にとられた手法のひとつだ。また、千葉にある土着のラーメン文化のひとつに竹岡式ラーメンがあり、そのたまり醤油で黒々として香ばしいチャーシューのようなスタイルのチャーシューを、さらに炙り、醤油の焦げたような香りを強調する演出として売りにしていた。
~ 2002年のラーメンたちが目指した世界観 ~
それらの特徴を備えた神奈川淡麗系と呼ばれたものや濃厚な魚介豚骨スープといった新たな潮流が生まれてきたこの時代の中でも特異な個性を発揮していたのがこのだんちょうてーで、それは今でもブレてはいない。
より出汁や素材の深化していく過程は、この後ラーメンが歩んでいった道のりだが、この当時に共通する価値観は、どう魅せるかという点で共通していて、それは味に関していうと、旨味に一直線に向かうのとも違う、旨味を補佐する香りなどに多様性と特徴を持たせた時代だったと言えるのかもしれない。それはさらに、今は当たり前となっている食の他業種とのクロスオーバーを生んだ。言い換えれば、ラーメンにどんな可能性があるのかを業界全体が模索し始めた時代だったのである。