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赤丸のついたK

学生の頃の話だ。

あるカフェのオープニングスタッフに応募して働いていた。とある世界観をモチーフにしている可愛いカフェで、その雰囲気のためか男性は社員を含め5名で、ほとんどが20〜30代の女性が中心だった。新しくオープンすることと、世界観が気になって働き始めたところスタッフたちも年が近く、気持ちとしては働きやすかったのを覚えてる。

楽しく始められた仕事だったが、どんなに良い職場、バイト先にもいずれトラブルは発生する。
ある人がいた。彼女(Kさんとする)は40代中盤と比較的歳上で、明るく雰囲気も良い感じで自分の半分くらいの年齢の子たちにも接していた。若い子達も気を遣い、当初は特段変なことはなかったと思う。しかし、オープンして3週間くらい経ち、ある程度皆が仕事に慣れてきた頃から少しずつ環境に歪みが生じてきたと思う。私がそれに気づいたのは、社員志望の若手の子がある日から来なくなってからだった。
その子はとても繊細で色んなことに気がつく人だった。若者ノリのワイワイした雰囲気の人が苦手ながらも、その環境に慣れようとしていた。私と数年しか違わない年齢ながら、社員候補として色々と吸収しようとしてたが、接客業に慣れてないせいか、反応や対応に遅れることもあった。それがおそらくKさんの気に食わなかったのだろう。顔を見て話すことが減り、返事も曖昧としたものが多かった。歳上の彼女は元々自分の好きな人とそうでない人に対しての態度がハッキリしすぎていた。次第に周りのスタッフからも陰で「あーね、彼女はね」と言われるようになっていった。

私はもともと鈍感なのもあって、そういった雰囲気を出されても無視していたが、仲の良かった女の子の1人がオープンから数ヶ月で辞めることになった。音楽の趣味や興味があるジャンルが近く、何かと話すようになったため、辞めると聞いた時はちょっと寂しさを感じたものだ。
しかし彼女もKさんには無視に近いものをされていたようで「さっさと脱獄してやりますよ!笑」とよくこぼしていた。

最終日(本人曰く、出所日)に彼女はKさんにささやかな復讐をした。その頃社員顔で仕切るようになっていたKさんは、タイムカード横にある勤務ボードにその日の休憩した時間を書いていたのだが「憩」の字がずっと間違っていた。ニヤニヤみていた私だったが友人は最後の日に全ての誤字隣に正しい字を書いて「これをみた顔を見れず残念だ!」と笑い、去っていった。私はその正しい文字を赤丸で囲い、強調してみた。
これで何か変わるわけではないし、もしかしたら雰囲気がすこし悪くなるかもしれないが、当時の私はなんだかスッとした気がしたのだった。

後日何も知らぬ顔で出勤して勤務ボードに目をやると「憩」の誤字が塗りつぶされ、「休K」に変わっていた。その写真をやめた友人に送ったところ、彼女はとても笑っていた。

結局その後、私も雰囲気に自分を合わせるのが難しく、半年も経たずにそこを離れた。先日久しぶりに地元に帰った時に近くを通ったので足を伸ばしたのだが、今は違うお店が入っていた。
あの時のみんなは、Kさんは今どうしているのだろう。またどこかで「憩い」を履き違えていたりして。

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