世界中の時計を止めてしまい

45枚目 桑田りん「世界中の時計を止めてしまいたい夜」(1985年)/マーシーが描く、古さという名のロマンティシズム

#jrock #80s #真島昌利 #篠原太郎 #BRAKERS #佐野元春 #桑田りん

プリティ・フラミンゴスつながりでいきます。リンこと桑田りんのデビューアルバム「世界中の時計を止めてしまいたい夜」です。

プリティ・フラミンゴスとは、佐野元春のバックバンド、ザ・ハートランドの女性コーラス隊の名前で、ハートランドのメンバーがまだまだ流動的だった81~82年に存在しました。1期メンバーには白井貴子やなかやまて由希(ソロではGメン'82の主題歌「抱擁」が有名)が、第2期はなかやまてと杉本和世(中島みゆきなど、現在はバックコーラスの第一人者)に平塚文子(ハッチ)というJaps Gaps組、第3期はなかやまて(ステファニー)、杉本(ツバメ)、桑田りん(リン)という編成になりました。

桑田りんの詳細なプロフィールは分かりません。このアルバムのリリース当時27歳ですからおそらく57~58年生まれ。ソロデビューとしては決して早くはありません。もともとコーラス畑を歩んできたと思われ、幼少時のNHK少年少女合唱団で歌い始め、山下久美子や金子マリのコーラスを担当していたといいます。また、山根栄子や佐橋佳幸が在籍していたバンド、UGUISSの初代シンガーでしたが、バンドのデビュー時には既に脱退(後にデモ録音が公開されました)。このソロアルバムで始めて表舞台に姿を現したことになります。

リードシンガーとしての桑田は、大きなタイム感でしっかりと言葉を伝える優れた歌唱力を持っていましたが、決して新しいタイプではありませんでした。むしろ、歌謡曲というか、フォークを思わせる古臭さを感じさせたのですが、それと共にどこかノスタルジックな気持ちを呼び起こします。それは昔を懐かしむ類いのものではなく、ある種のロマンティシズムといった方が近いかもしれません。落ち着いたアルトヴォイスの中に時に可憐さが覗いたり、艶やかな歌いっぷりと共にその奥に秘めた感情を歌に滲ませるのがとても上手いのです。

それを上手く引き出したのが、このアルバムのもう一人の主役、マーシーこと真島昌利でした。ブルーハーツ関連の記事によく出てくる、ブルーハーツがデビューする前にマーシーが楽曲提供していたというアーティストが、この桑田りんなのです。マーシーがブルーハーツを結成する前に組んでいたバンド、THE BREAKERS(ヒロトのThe Coatsと共に、モッズシーンの中核的存在だった)の同僚である篠原太郎も楽曲提供をしていたので(全8曲中3曲を真島が、4曲を篠原が提供)、正確にはTHE BREAKERS宛に来た話だったと思われ、所属事務所が同じりぼんだったからという理由でしょう。ちなみに、真島と篠原は2ndアルバム「GALA」でも曲提供しており、そこでは真島が書いたTHE BREAKERS時代のレパートリー「素敵なBEAT TIME」がカヴァーされています。

ブルーハーツ時代のマーシーが書く曲は、現実を見据えた辛辣な言葉と共に、その裏にある理想と言う名のロマンティシズムが少し(時に過剰に)漏れ出してくるところが魅力だったわけですが、ここではそのロマンティシズムを少しベタで古臭い表現で曲に落とし込んでいます。この古臭さがポイントで、旧い時代へのオマージュともとれるような美しさあるのです。

例えば、タイトル曲の「世界中の時計を止めてしまいたい夜」は、3声のコーラスで始まるロッカバラード。そのロマンティックなタイトルに始まり、夜の桟橋に二人というシチュエーションで、ラジオから流れてくる曲が<恋は素敵ね>と歌っているなど非常にオールディーズ的な感性を持った曲なのですが、このままだと余りにクサくなってしまうところを、男性目線から描いた歌詞を女性に歌わせることで"物語感"を生み出しています。また、「ANGEL」もやはり男性目線の曲で、サウンドの中にうっすらと忍び込ませたモッズとアメリカン・オールディーズのエッセンスが、ポップな楽曲の中にロックな雰囲気を持ち込んでいます。このロマンティシズムは、女性シンガーながらトム・ウェイツにも通じるようなところを感じます。ビートやロードソングのような歌を歌っても似合ったのかもしれませんね。

また、バックバンドやレコーディング・メンバーには、後に森高千里の仕事で頭角を現す斉藤英夫の名前もあります。

ただ、残念なのはジャケットで、次作「GALA」やシングルも含め、顔がちゃんと見えるものが少ないということです。ほんとうはそれなりに綺麗な人だと思うんですけどねぇ。

画像1

【収録曲】

A1. REPEAT
A2. TWIST
A3. AIR PORT
A4. 世界中の時計を止めてしまいたい夜
B1. CHEEK To CHEEK
B2. WAVE - 6月の海
B3. 踊ってよスマイリー
B4. ANGEL

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?