口から食べられなくなったら終わりか
とある地域の老人ばかりが入院する病院で、月に何度か嚥下回診をしています。あまりに誤嚥肺炎で入退院を繰り返す老人が多く、1人しかいないST(言語療法士)さん、看護師さん、栄養士さん、歯科衛生士さんと協力して、なんとかしようと格闘しています。
口腔ケア:お口の中を綺麗にして、バイ菌を飲み込まないようにする。
食事調整:その人が食べやすい形態に、病院食を工夫する。
嚥下リハビリ:筋力つけて、飲み込む力を取り戻す。
いろいろやっても、よくならない人はどうしてもいます。認知症がある80歳、90歳で、どんなにリハビリしても不可能な人はいます。その年齢では、普通のことかもしれません。俗にいう「食べられなくなったら終わり」です。
しかし、病院にいる以上、何かしなくてはなりません。内科の主治医の先生は、点滴をオーダーします。24時間点滴するなら自宅や施設に戻れません。点滴はすぐ漏れて差し替えなくてはなりません。ずっと入院を続けています。食べられなくなっても数ヶ月、ただただ寝ています。
80歳以上の高齢者、何をやっても口から食べられなくなったら、点滴もやめて自然に看取る方向に誘導するよう、家族に文書で説明するのはどうか?と相談が始まりました。最近はやりの、リビングウィル、尊厳死、アドバンストケアプランニング (Advanced Care Planning, ACP)、人生会議ですね。
ネットには、多くの病院、市町村、医師会、大学病院が作った書式が公開されています。どれが良いか、うちの病院の緩和ケアの先生に相談しました。そうしたら、衝撃的な(当たり前?)ことを言われましたので、備忘録としてまとめます。
入院時にリビングウィル文書にサインをさせてはいけない
肺炎、高熱、呼吸困難で入院する高齢者。家族には「手をつくしますが助からないかもしれません。人工呼吸、心臓マッサージの延命治療は望みますか?」と入院時に尋ねます。ほぼ100%、家族は延命治療を望みません。だから、カルテのトップページには注意書きが載ります。「何月何日、DNAR(何もしない)取得ずみ」、延命治療はしないと家族が認めたという証拠です。
入院時にDNARは取得するのだから、「口から食べられなくなったら、自然の看取り、尊厳死を望みます」に丸をつけてもらっても良いかなと思いました。
しかし、以前、ある科で入院時に、尊厳死、自然の看取りに丸をつける文書を始めたら、家族からの非難が殺到したそうです。家族からすると、こういう思いです。
「誤嚥肺炎で入院したが、治そうとして来たのに、治療する前から尊厳死といわれてがっかりした。」
延命治療の拒否は同意します。尊厳死は同意しません。これが普通の家族の反応です。あまりに治らない患者をみすぎていて、医療者側の感覚がおかしかったです。
人生会議とは、あくまで話し合い、話し合い、話し合いのプロセス
食べられなくなった患者、もの言わぬ認知症の患者を前に、どんな医療を続けるか、それは、とにかく家族と何度も話合うしかないと言います。
「話し合うプロセスこそが「人生会議」です。」
そう言われました。いや、分かるんですけど、医者はそんなに暇じゃなくて、家族に集まってもらって、一緒に話し合うなんて時間は取れませんよ。時間外勤務増えちゃう。家族も「平日夕方5時までの勤務時間内に、全員集まってください」って無理なのでは?
「人生会議は先生がやらなくていいんですよ。ソーシャルワーカー、ケアマネージャー、認定看護師、誰かがはいって家族に決めてもらうんです。電話でもZoom会議でも良いのです。」
人生会議、リビングウィルは病院でやることではない
そもそも、死ぬ時にどうしたいかは、元気なうちに決めておくもので、病院でもの言わなくなってから決めても遅いのです。
そこで、決めました。医者は、ただ事実を伝えて、こうしたいと提案するだけに徹する。以下の文書を1枚作って、選んでもらいます。
「嚥下機能を内視鏡で評価しました。誤嚥してしまって、口から食事を取れません。訓練しても食べれられるようになりませんでした。今後どうしたら良いかは、次の医療処置から選んでください。」
点滴を続ける。点滴するには入院の継続が必要です。栄養は不足ぎみです。どれだけ生きるかは、その人によりますが、病院で看取ることになります。数日おきに点滴が漏れて、その都度、針をさします。認知症があると管を抜いてしまうので、手足を縛ること(抑制)もあります。
胃管を入れる。鼻から胃まで長い管をいれて、流動食を流し込みます。栄養は十分入ります。鼻に管が入るので、違和感があります。認知症があると管を抜いてしまうので、手足を縛ること(抑制)もあります。
お口のケアだけして、何も食べない。湿らす程度の水や氷は、本人の希望も聞いて口に入れます。人間の自然な経過に任せます。
尊厳死、リビングウィル、難しい言葉は家族には通じません。厚生労働省が造語した「人生会議」だって、ましな言葉ですが、ピンときません。具体的な内容を示したほうが、分かりやすいと思いました。師長さん、これでどうでしょう。
経口摂取できなくなった。点滴?胃管?何もしない? 何もしないを選んだら、尊厳死と延命治療拒否の同意書にもサインの流れです。
書類に胃瘻の選択肢はありません。胃瘻は、ガンの闘病患者には積極的にいれます。在宅療養を家族が支える神経難病もよい適応でしょう。人間らしく生きる期間が延びます。しかし、誤嚥性肺炎の高齢者には入れません。内視鏡での処置とはいえ、痛い治療だし、感染リスクもあり、筋力なくて廃用萎縮がすすんだ高齢者には危険が高いです。寝たきりで胃瘻いれて、さらに無為な延命しても意味がありません。