映画「月」:重症心身障がい者に心はあるか?原作の小説と比べてください。
相模原殺傷事件をモチーフにした、辺見庸の小説「月」が映画化されました。重症心身障害児の診察をしている耳鼻科としては、障がい者をどのように表現しているか気になりました。
小説はアマゾンで無料立ち読みできます。いつもの通り、彼の作品は難解で読めません。でも小説家が前提としたのは、話ができない障がい者も、私たちと同じように、彼らの言葉があり、頭の中で考え、物思いに耽り、夢を見て、心を持っているということです。
私も毎月のように、重症心身障害者の手術に携わります。呼吸困難で搬送されて気管切開した直後、彼らは「なんちゅう痛いことするんだ」という目で、医者を見ます。でもだんだん傷が癒えて、手術前より楽になると、「あんたが楽にしてくれたんかい、ありがと」という目で見てくれます。診察すると、動かない手足の代わりに、舌でぺろぺろ私を舐めてきます。ペットの犬も、飼い主に甘えてぺろぺろしますね。彼らも、人の言葉は話せませんが、心を持っています。飼い犬には心があり、人は家族の一員としてペットを愛します。障がい者にも、心があり、話せなくても頭の中で色々考えています。IQは低くても、動物並み脳の能力だとしても、人としての心があります。優しく接する医療者には、愛を返し、冷たく物のように扱う医療者には、見向きもしません。
だから、あんな奴らは人間じゃないと断罪して殺傷した、相模原事件の被告は許されるものではありません。
映画ではどうだったでしょうか。小説のように、「障がい者にも心があって、話せないけど、頭では何かを考えている」ことを、もう少しはっきり表現して欲しかったです。殺人者の視点からのストーリ展開が多く、「話せない障がい者も、頭の中では何か考えている」小説家の意図が伝わりません。小説では、障がい者キーちゃんの独白が大半です。そうだよな。障がい者も頭の中でこっちを見て考えてるよな。言えないけど「この医者、処置が痛いな。」と心では思っているはずです。小説を読んで気がつきました。
昨日は、仕事で2人の障がい者に関わりました。
生後4ヶ月のトリーチャーコリンズ症候群の新生児。顎が小さく口蓋裂で、生まれてすぐ気管切開され、胃管で栄養です。ずっとNICU入院していたので、生まれて数回しか、母親は、我が子を抱いていません。実感がなく、愛着が形成されていないので、親子の愛を育む機会を作るために転院してきました。障害のある我が子、初めは怖くて抱けません。何度も抱いている間に、オキシトシンが脳内に分泌されて、愛情が出てきます。耳もなく耳穴が閉じているので、全く聴こえていないことに気がつきました。耳鼻科医としては、すぐにでも骨導補聴器をつけられるように、身体障害者認定を、急ぎ行政に働きかけます。
40歳代の脳性麻痺、20歳代で受けた気管喉頭分離手術の穴が小さくなって閉じそうです。来月、施設から転院して手術するために、父母を呼んで説明しました。70歳代の父母、40歳のおじさんになった息子のことを「ちゃん」づけて愛着を持って呼びます。親にとっては、いくつになっても子供は子供です。成長するまでは、自宅で親が見ていましたが、大きくなって介護するのも大変、親も歳をとったので施設に移って数十年です。それでも子供の頃のまま、愛情をずっと持っています。コロナのため大部屋は面会禁止ですが、個室代1万円を毎日払うと、毎日面会できます。年金暮らしでお金ないのに、20日間の入院中、「毎日個室代払うから、毎日会えるようにしてください」と懇願されました。20万円超です。驚きました。
映画ではどうでしょう。女優の「高畑淳子」がボランティア出演で演じていた、殺傷される障がい者の母。良い演技でした。大河ドラマの「秀吉の母」の役も光っていましたね。(彼女の息子が、前橋のホテルで起こした事件も忘れられませんが。ホテル前を車で通ると、事件を思い出します。)
それはさておき、母親の役割、ノーギャラだからか、映画では場面も台詞も少なかったのが残念です。キーちゃんにどれほど愛情を持っているか、示してほしかったなあ。そもそも、キーちゃん自体に、もっと焦点を当ててほしかった。医者の監修もなかったのでしょう。糞尿まみれの老人の障がい者、あれは閉鎖病棟の精神科の患者です。障がい者施設には、あの患者はいません。八王子の滝山病院事件もあったから、暴力と虐待を織り込んだのでしょうが、視聴者ウケを狙ったのでしょう。誤解しています。医者としては色々、ツッコミどころはありました。殺戮者の彼女が、聾者である必然はなかったような。宮沢りえとオダギリジョーの子供、重症心身障害児でした。在宅ケアで苦労したシーンは、描いて欲しかったです。きれいごとでなく、どんなに大変か、多くの人に見てもらいたかったです。監督、いろいろな問題を、まとめて提起したかったのでしょう。2時間半の映画でも足りません。
映画には障がい者の方も、俳優として多数出演しています。♪がんばれ、みんながんばれ。コーディネーターの方のコラムが秀逸でした。お読みください。
群馬での公開は残り1週間。医療・福祉関係者の方、ぜひ映画館に足を運んでください。映像表現が凄すぎて、地上波テレビでは放映できません。今しかないでしょ。