2019年 夏、中国 杭州で体験した顧客のスマホを活用するリテール・イノベーション
2017年に拙著「ユニクロ対ZARA」が中国語簡体字版に翻訳がされてから、コロナ前まで、毎月のように中国に研修講師に出かけたり、中国から日本にいらっしゃる視察団向けにインバウンドセミナーの講師をさせて頂いておりました。
中国に出向いて行く時は主に、アパレル企業の多い、上海、杭州、広州に行き、到着翌日からの2日間の研修を終えると、次の日には帰国という慌ただしい旅程が多かったのですが、2019年の夏にようやく杭州で現地視察ができるチャンスがありました。
中国は日本よりもショッピングのデジタルシフトが進んでいると報道されています。まずは、最大手のアリババやテンセントが牽引するリテール事例を現地で実際に体験することによって、今後、日本でも起こりうるデジタルソリューションの視野が広がればと思いましたので・・・いつも中国での研修をサポート頂いている現地パートナーさんにご協力を頂き、さまざまなリテールイノベーションに触れる機会をつくって頂くことに致しました。
中国でのライフスタイルのDXへの関心を刺激してくれる書籍「アフターデジタル」
僕を今回の杭州リテール視察へ掻き立ててくれたのは、続編も出版され、ベストセラーになっている、
「アフターデジタル」オフラインのない時代に生きる 藤井保文/尾原和啓 著 日経BP社(2019年)
です。
読まれた方も多いかと思いますが、中国で先行する、オンライン起点、顧客利便性に基づいた事例を紹介しながら、オンラインをベースにビジネスの白紙からの再構築の必要性を訴えるビジネス書のロングセラー本です。
実際、本書中でも紹介された事例も含め、僕が現地で体験したことを以下にご紹介して行きますが、中国では、ユーザーのスマホをフル活用した「顧客購買行動」に沿ったユーザー視点のサービス開発が進んでおり、目から鱗が落ちるものばかりでした。
コロナ禍における外出自粛、在宅生活の今は、まさに、本書が言う「オフラインのない世界」に向けて、覚悟する準備期間かも知れません。あらためて本書および続編の「アフターデジタル2」の論点を噛み締めたいところです。
上海から杭州へ向かう高鐵(新幹線)の車内販売で体験したDX
上海から杭州へ向かう際、中国で初めて高鐵(新幹線)に乗りました。まずは、その車内で体験したショッピングのデジタルシフト(DX)からご紹介して行きましょう。
当地でも、日本同様に、長距離鉄道内では販売カートによる車内販売があるのですが、ユーザーのスマホからもモバイル購入ができるようになっています。
まず、アリペイアプリをダウンロードして、各座席についているQRコードを読み取って、車内通販サイトにアクセスします。
すると、車内に在庫がある品物が表示され、オンライン購入して、アリペイで決済…
読み取ったQRコードから注文者の座席が認識されるので、しばらくすると、販売員が座席まで注文品を持って来てくれるというものです。
注文後、持ってきてもらうまでのステイタスもオンラインで可視化され、10分くらいで注文したウーロン茶が手元に届きました。
車内で何かを購入したいと思った時、販売カートがいつ自分の席にやってくるのを待った経験を持つ人多いでしょう。待ちきれず、自ら立ち上がって車内カートを探しに歩いたこともあるのではないでしょうか?
当地では、そんなことをする必要はありません。ユーザーの手元のスマホで現在、車内販売されている商品メニューから欲しい商品を選び、決済も済ませた上で、しばし待っていれば、注文品を届けてもらえるという車内オンライン通販が普及しています。
このオンラインサービスは日本の飲食店でも近い将来常識となる近未来サービスだと思いました。
※実際の購入はアリペイで決済できる現地の中国人パートナーにお願いしました。以下も同様です。
メニューなし、レジなしコーヒーチェーンluckin coffee
リサーチ当日の朝は当時、破竹の勢いで出店拡大し、創業から2年でアメリカのナスダックへのスピード上場(2019年5月)して話題となったluckin coffeeからスタートです。
ここの特徴は、メニューも、レジものないイートイン、テイクアウトの両方に対応したコーヒーショップです。
QRコードからオンラインメニューにアクセスし、その中から、商品を選び、オンライン決済します。
注文品が出来上がったらスマホで注文番号を照合して受け取りとなります。
これは、店内での注文の話ですが、店内でもオンライン注文なので、店外から事前注文しておいて店に取りに行くことも、宅配業者(バイク便)に頼んで自宅配送やオフィスへの配送も可能です。(デリバリーを頼む時は一件あたり5元(約70円)くらいが相場とのこと。)
今や、日本でも、スタバやマクドナルドにオンライン注文して、取りに行く、ウーバーイーツなどで届けてもらうサービスが定着したので、今となっては目新しくないサービスですが、店頭での注文、支払いではなく、オンライン注文、オンライン決済が前提にある、アフターデジタル型のファストフードチェーンのサービスは、まだ日本にはないのではないでしょうか?
このコーヒーチェーン、スタバに対抗して2017年に創業。シェアを一気に獲得するため、割引が多く実質スタバの半額と低価格で急成長。当時(2019年)中国全土に3,500店舗だったスタバに対して、創業たった2年でほぼ同じ店舗数まで急拡大しました。
デリバリー、テイクアウトが多いので、テイクアウト専門店も多く、客席がある店舗でも普段もあまり混んでないそうです。
2019年当時、急成長のための投資先行で、毎日400万元もの赤字!?を計上していると中国の人たちの中で話題になっていました。
残念ながら、ナスダック上場後、架空売り上げによる粉飾決算が明るみになり、2020年に上場廃止となっています。
粉飾決算はもちろんいけないことですが、同社が試みたコーヒーショップでのオーダー待ち行列や出来上がり待ちの顧客の滞留ストレスを解消し、店内、オンライン注文、宅配と顧客がコーヒーを購入する行動パターンを分散させることで混雑を解消し、かつ店舗作業を軽減したソリューションそのものは、多くのサービス業にとって学ぶべきところがありそうです。
アリババが展開するニューリテール型スーパーマーケットHema Fresh
アリババが運営するショッピングセンター親橙里で同社が展開する生鮮食品スーパーマーケットチェーン「フーマーフレッシュ」を訪れました。
このスーパー、もともとはテンセント社で発案した方が、社内で反対を受け、その後、アリババのジャック・マーさんに認められてアリババで実現したプロジェクトだったそうです。
ただのスーパーマーケットだったらやる必要はない、売場面積あたりの売上を業界水準の倍にすることが存続の条件という厳しいミッションを課せられました。
常識に囚われず、あらゆる手を尽くした結果、オンラインをフル活用することによってオフライン、オンラインハイブリッド型で目標達成を果たした、というアリババの「ニューリテール」の成功ビジネスモデルのひとつとして紹介されるスーパーマーケットです。
フーマーフレッシュは、ひとつのスーパーの中で、高級輸入食材も豊富に揃えた生鮮グルメスーパーであり、店内で活魚貝類をその場で調理してくれる海鮮レストランであり、それ以外のファストフードが提供されるフードコートも併設されており、はたまたオンライン注文したものを店頭ピックアップして宅配してくれるネットスーパー用倉庫としての役割も持っています。
都会で働く生活者の視点に立って、実に多くの「食」に関する要望を網羅的に解決している使い勝手のよい店と言えそうです。
まず、店舗は豊富な品揃えと新鮮な食材を選べる、その場で調理してもらって食べることもできる「体験の場」です。
また、オンラインで注文したら、スタッフがどんな風に注文品をピックアップしているのか?あえて、一般買い物客に、ピッキング作業や天井を走るベルトコンベアーのしくみを見せることで、顧客にネットスーパーをやっていることや、その仕組みをプレゼンテーションしているのではないか、と思います。
それらを実際に目で見て体験したユーザーは、この品揃えや品質であれば、安心だ、ということで、忙しい日常の中で、ネットスーパーとしても利用できるわけです。
例えば、仕事帰りにスーパーに寄って買い物して帰る必要はなく、職場から帰宅前に食材を注文して、帰宅時間に届けてもらうことができます。
更に、週末は、家での調理が面倒な時や家族で出かけた帰りにみんなで食べに来れば食事を済ますことができる海鮮レストランとしての役割も果たすわけです。
要は、同じお店をオフラインでも、オンラインでも自分の都合で併用・使い分けられるスーパーというわけです。
スーパーマーケット業界に限らず、多くの小売業にとって、顧客最適とはどんな状態かについて、これからの小売業のありかたを考える上で、既存の延長線上で改善を行うのではなく、白紙から描くことの大切さを教えてくれるお店のひとつだと感じました。
フーマーフレッシュは、視察の前に、「アフター・デジタル」と共に、劉潤先生の「事例でわかる新・小売革命 中国発ニューリテールとは?」を読んでその事業の背景や目的などを知った上で視察が出来たので、より理解が深まりました。
Wechatアプリによる飲食店での注文ストレスの解決
最後に、上海に戻って研修先の企業の幹部や研修パートナーさんたちと、レストランに行った時に体験したリテールイノベーションをご紹介します。
そのレストランでは、席に案内された後、店舗スタッフはメニューを持って来ることはありません。ご一緒した方々が次々に、テーブルに貼ってあるQRコードをWechat(日本のLineに近い通信アプリ)でスキャンしたので、僕も見よう見まねでスキャンしてみました。
スマホに現れたのは、この店のメニューでした。しかも、同じテーブルに着いてスキャンした人全員が同じテーブルにログインした状態になっています。
メニューには、店のおススメだけではなく、過去に食べた人の評価やレビューが付いています。
同じテーブルの各人が次々に食べたいものを選んで行きます。自分が気に入ったものを、既に別の仲間が注文している場合もわかるので、そういったものは取り皿でシェアすればよいので、それと被らない、別のものを選んだりすることも出来ます。ドリンクはそれぞれが好みのものを選びます。
ゲーム感覚で注文した後は、代表者が注文を送信。これで注文完了です。
この間、店舗スタッフを呼ぶ必要はありません。
注文完了後、次々に料理が運ばれて来ます。
各自がメニュー表を見て、自分が食べたいものを決めて、店舗スタッフを呼んで、各人が注文品と伝え、店舗スタッフが注文を確認する、追加注文も同様のことを繰り返すのがこれまでの常識ですが・・・そんなプロセスがすべて各人のスマホのアプリの中で簡単に完結してしまう機能でした。
日本でも、テーブルのタブレットで注文できる飲食店は増えて来ましたが(チェーン店はみなそのスタイルでしょうか)、テーブルに1台しかなかったり、防犯対策なのか、テーブルに固定されているケースが多いですよね。
中国のWechatを使った飲食店内でのメニュー注文の事例は、来店客各自が持っているスマホを使って上記注文プロセスのストレスを解消し、一緒に来店した人どうしが食事をしながら、会話をすることを楽しんでもらうソリューションに他なりません。
と同時に、店舗スタッフの作業も軽減できる、というわけです。
杭州のリテールDXを体験して感じたこと
今回、杭州でリテールソリューションを体験して、思ったことは・・・すべてが顧客購買行動の中で、どうしたら、顧客がストレスなく済むか、その上でどんな体験をしてもらいたいか、同時に店舗側もどうしたら作業の軽減ができるか、を考え抜いた設計だったことです。
業種は違えど、2018年にアメリカで体験した、レジ無しコンビニamazon go、オンラインとオフラインのハイブリッド型書店 amazon books、シューズ購入時のサイズ在庫問い合わせと試着のストレスを解消した NIKEの事例と同じ解決策です。
つまり、まず、顧客のストレスフリーな理想の購買体験を描く。それを実現するために、顧客が持つスマホを利用して、成し遂げた顧客フレンドリーなデジタルトランスフォーメーション。それが共通点です。
今後、日本においても、セルフレジのような売り手の業務効率化のためだけのデジタルシフトではなく、顧客体験を劇的にストレスフリーにするリテールイノベーションが起こることを期待します。
もうひとつ、感じたのは、これは少しネガティブな話になりますが、デジタルトランスフォーメーション、特にオンラインショッピングによるデリバリーサービスが普及すると、貧富の差も広がるのではないか?ということです。
高層オフィスで働き、エレベーターが混むため、買いに行くのが面倒で、スタバやLuckin coffeeにコーヒーをオンライン注文して、料金を払ってデリバリー業者に届けてもらう人たちがいます。一方、頼まれて、1件あたり70円程度の単価でバイク便で運ぶ人たちがいます。前者の発想は効率的に仕事をするため、合理的だと思いますし、後者もたくさんこなせばお金は溜まりますので否定はしません。しかし、前者と後者の生産性の違いは明らかです。
これは日本より所得格差も大きく、物価の違う中国で感じたことですが、果たして、日本においても、そんなことを感じる日が来るのか、来ないのか?を考えさせられたものでした。
杭州グルメは火鍋
中国の方に、中国で誰もが好きな家庭料理は何ですか?と聞くと、火鍋と答える方が多いです。ということで、現地パートナーのみなさんと日本にも進出済の海底撈火鍋に行きました。美味しい♪楽しい♪
研修&視察のお付き合い、お疲れさまでした&ありがとうございました。
さて、2012年から始めた海外インスピレーショントリップのご紹介はこちらで一旦終了です。次回は、8年間を振り返ってまとめをしてみたいと思います。
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