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量子力学
…量子力学とは、何ぞや。
量子を力学する、何かだ。
…量子とは、何ぞや。
確か、分子が、どうのこうの。
確か、電子が、どうたらこうたら。
…力学とは、何ぞや。
確か、力点、作用点と…なんだったかな。
確か、イーイコールエムシージジョウ…だったかな。
学生時代に学んだはずなのに……、全くピンと来ない。
必死になって覚えたはずなのに、すっからかんに忘れている。
なじみのない数字にへんてこな記号…みっちりと書かれた仰々しい文字列が、老眼にチカチカとダメージを与えてくる。
「あれ、どうしたのお父さん。僕の教科書なんか読んで…なに、一緒にレポート、書く?」
コーヒーの香りとともに、ニコニコした様子で息子がやってきた。
…大きくなったなあ、170に届かない俺を上から見下ろしている。
「いやいや、ここに母さんの名前があったから、ついつい手に取ってみたくなった…ただそれだけの事さ」
俺の嫁は【量子】と書いて【かずこ】と読む名を持っていてだな。
高校の時、物理の時間になるたびに…量子の文字を見つけては…ちらちらと横目で窓際に目を向けていたことだけは、今でも覚えているんだが。
興味のなかった計算部分の事なんか…微塵も覚えちゃいないのだ。
俺も嫁も難しいことが苦手で、早く数字と記号のない世界で心穏やかに暮らしたいねと一緒に赤い点数のテストを握りしめたものだが……何がどうなるかはわからない。息子は親に似ず、難しい事に夢中になって結果を出し、更なる飛躍をしようと日々邁進しているという…。
「ヤダー、何の話?!も~、おかしな内容だったら…コーヒー淹れてあげないからね?!」
…ほっぺたを膨らませてプンプンする癖も、あの頃のままだ。
昔と同じ笑顔で、こっちを見ている嫁が…うん、いい感じに年を重ねたもんだ、かわいい、かわいい。
「カズちゃんはいつまでたってもかわいいってことだよ!うーん、ママ愛してる♡」
俺が唇を尖らせて嫁に近づくと。
「…僕、コンビニ行ってこようか?」
少々呆れた表情の息子が気を利かせて…
「…ッ?!ジュンは、へ、変な気をつかわない!もう!パパの…バカっ!」
ぽか、ぽかぽかぽかぽか!
30年物の嫁の必殺パンチの威力は絶大だ。
…これ以上受けてしまったら、身が危ない。
この危機を脱するには…。
俺は懐かしい思い出ごと…いつものように愛する妻を抱きしめたのだった。
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