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冷蔵庫が三つ

「…もう、素人ではとても手が出せなくて。よろしくお願いします」
「はは、お任せください!」

 旦那の実家に、ゴミ処理業者を入れる事になった。

 この家に住んだことのある人は、五人。
 義両親、義兄二人、旦那。

 一番上の義兄は30年前に家を出た。
 末っ子の旦那は25年前に家を出た。
 義理の母は15年前に、義理の父は10年前に、義理の兄は5年前に、この家で亡くなった。

 ……この家に誰も住まなくなって、5年。

 旦那の実家に住む人がいなくなったとき、早く片づけをするべきだと進言した事を思い出す。

 ―――業者に頼むとお金がかかるからさ俺たちで捨てるわ!
 ―――休みの日に少しずつ片付けよう、節約しないとね

 少しも片付けられることはなく、月日はどんどん過ぎていった。

 ……私がこの家に最後に入ったのは、娘がまだ未就学児だったときだった。

 娘が床に落ちていたネズミの死骸を触っているのを見て、二度と入らないと決めたのだ。
 賞味期限が10年前に切れているソーセージを娘に差し出されたのを見て、二度と入らないと決めたのだ。
 何を言ってもまったく聞き入れてもらえないと感じて、二度と関わるまいと、玄関を跨ぐまいと決めたのだ。

 旦那の実家の事なのだからと、目を背け続けてきた。
 ゴミ屋敷に入りたくない一心で、現状を見ようともしなかった。

 庭の木は伸び放題でゴミが投げ込まれるようになり、近隣で苦情が出るようになった。

 ……五年経ってようやく、私は重い腰を上げた。

 どれほど私が口うるさく言ったところで、物を捨てない家に育った人は全く動いてはくれないという事がよくわかったのだ。
 どう見てもゴミでしかないものであっても、思い出というフィルター越しになると宝物にしか見えない人がいるという事がよくわかったのだ。

 旦那も義兄も、自分の宝を…思い出の染み込んだ品々を、わざわざ高いお金を出して処分しようとは思ってはくれない。
 この家に何の未練もない私だから、忌々しい記憶がある私だから、この家に残された品々をゴミとして認識できるのだ。

「ごめん、ガスマスク持ってきて!!」
「そっちはあけないで!!」
「すごい携帯電話出てきた!」
「そこ床抜けてっから!!」
「ゴミ袋追加もって来ました!!」
「第一陣出発します!」
「うわっ!!!」

 頼れる専門家によって運び出された三台の冷蔵庫が、屋根の抜けたカーポートの下に並んでいる。
 やや背の低いツードアの冷蔵庫と、まあまあ大きいスリードアの冷蔵庫と、かなり大きい観音開きの冷蔵庫。

 冷蔵庫から漏れ出す、嗅いではいけない刺激臭。
 まるで地獄に通じているような、破滅的なニオイ。

 思わず顔をしかめながら、視線を、送る…。

 左のツードアの冷蔵庫は、お義母さんが好んで使っていたものだ。
 隙間なく野菜の詰め込まれたツードアの冷蔵庫に…無理やり特売のジャガイモを押し込んだ日を思い出す。

 真ん中のスリードアの冷蔵庫は、お義兄さんが初任給で買ったという代物だ。
 お酒やジュース、レトルトやアイスなどがみっちり詰め込まれていて…一本くらい拝借してもバレないだろうと踏んだ旦那が勝手に飲んで派手に義兄に怒られていたなあと思い出す。

 観音開きの冷蔵庫は、お義父さんが知り合いから安く譲ってもらった最新型だったやつだ。
 高級冷蔵庫には高級なものを入れなきゃいかんだろうと言って、高級肉やおつまみ、冷凍食品をしこたま詰め込んでいたので…たまに旦那と一緒にお宝探しをしてはありがたくいただいていったなあと思い出す。

 どれも、冷蔵庫としての機能が失われて……久しい。

 一番初めに使われなくなったのは、ツードアの冷蔵庫だった。

 年代ものの冷蔵庫はある日突然稼動することをやめ、そのまま食べられないものを貯蔵する倉庫になったと聞いた。猛暑日を経て開けた際に信じられない悪臭を放って以来、一度もドアを開けることがなく放置され続けたのだ。

 二番目に使われなくなったのは、観音開きの冷蔵庫だったはず。

 みっちり詰め込んで効率の悪い使い方をしていたわりには長く使えたほうだと義兄が語っていた。ミレニアムイヤー生まれの最新大型冷蔵庫は作りもしっかりしているのだなあと感心したのを覚えている。

 最後まで使われていたのは、スリードアの冷蔵庫だった。

 冷凍庫のアイスが一塊の氷になって冷却機能をサポートしていたようで、ドアを開けた際に受けたダメージが一番少なかったと旦那が笑っていて…ドン引きしたのだ。

 一つ目の冷蔵庫が壊れたとき、ゴミに出したらどうですかと言った事を思い出す。

 ―――この冷蔵庫はね、お父さんと一緒に選んだ思い出があってね?
 ―――いつでも捨てられるんだから急がなくてもいいだろ!!
 ―――昭和の食材が入ってるからね、レアなんだ、捨てたらもったいないよ

 二つ目の冷蔵庫が壊れたと聞いたとき、ゴミに出した方がいいですよと伝えた事を思い出す。

 ―――食べられるものも入ってるからいざという時用にとっておいてんだ!!
 ―――古いほうは生ゴミを入れておくのにちょうどいいから捨てないよ

 三つ目の冷蔵庫が壊れたと聞いたとき、ゴミに出さないんですかと聞いた事を思い出す。

 ―――思い出が詰まってるから捨てられないよ

 住んだことのない私でさえ、あとからあとからエピソードが脳裏に浮かんでくる。

「すみません、残すものってありましたっけ?」
「これ、捨てちゃってもいいです?」
「未開封のビデオテープとカセットテープの山は?!」
「缶詰が床下収納にいっぱい詰まってますね」
「段ボール29個分のジャンプはどうしたらいいです?」
「トイレットペーパーと石鹸の山は?」
「タンスの中の着物なんですけどー!」

 なんで自分が立ち会わなきゃいけないんだと思ったけれど。

「あ、全部いりません、捨てます!!」

 …もし、旦那や義兄が立ち会っていたならば。

 やっぱり作業を中止してくださいとか、これは取っておきますとか、全部持ち帰りますとか、言い始めていたかも、知れないな。

 ……一人で立ち会えて、良かった。

「家電第二陣、出発しまーす!!」

 軽トラックの荷台に並ぶ三つの冷蔵庫を見送りながら…、私は胸をなでおろしたのだった。

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