遊園地嫌いが異世界で遊園地経営をしないといけなくなったんだけど、めちゃめちゃ最新システムをフル完備してるのに誰一人来なくて草
……僕は、遊園地が嫌いだった。
あの、陽キャ陽キャした雰囲気が気に食わない。
あの、みんなが大喜びしてはしゃぐのが当たり前と言う前提が気に触る。
あの、わざわざ金を払って危険な乗り物に乗ると言うシステムが許せない。
あの、ちゃちなくせに値段の高い飲食物が気に入らない。
あの、ここはみんなが子供になって楽しめる場所なんだぞと言う押し付けに気が滅入る。
遊園地が大嫌いになったのは、6歳の頃の事だ。
8歳年上の陽キャの代表格みたいな姉ちゃんが、ちびっ子でも乗れると言うジェットコースターに僕を無理やり乗せて。
嫌だ嫌だと言う僕を無視して、発車のサイレンが鳴り。
重力にもてあそばれて、叫んで、泣いて、怖くて。
派手にお漏らしをし、笑われて、なぐさめられて、趣味の悪い新品のパンツとズボンをはかされてかえったあの日の事は…忘れられない。
何度も何度も、あの日の出来事を夢に見た。
うなされては目を覚まし、寝ぼけ眼で登校する羽目になった事も一度や二度ではない。
あの日以来、僕は一切の乗り物がダメになった。
スーパーのゲームコーナーにある100円の乗り物ですらダメだった。何なら車や電車、バスだって乗りたくないレベル。
おかげで、どこに行くのも徒歩優先、長距離でもウォーキングを駆使して出かけるような人になってしまった。
遠出もせず、ひたすらに歩いて移動をするような僕に友達はなく、ボッチ人生を歩む事になった。
だが、これではいかんと…大学入学を機に、生まれ変わる事を心に決めた。
大学デビューをして、陰キャから陽キャに生まれ変わろう……そう、決意したのだ。
努めて明るくふるまい、なんとか陽キャデビューを果たした僕は、テニスサークルのみんなと遊園地へ行く事になった。遠足や修学旅行もズル休みをするレベルだったのに、本気で勇気を出した。
プレッシャーのあまり何度かエズいてしまったものの、このまま陰キャで人生を終えてたまるかと言う意地を見せ、なんとか堪えたのだ。
意を決して、サークルでチャーターしたマイクロバスに乗り込み、12年ぶりに遊園地に足を踏み入れた。
派手な色合い、耳障りな音声、迫りくる正気の沙汰とは思えない建築物、はしゃぐ若者、目玉が飛び出るようなフリーパス付の入場料金設定、ありえない値段の自動販売機、薄気味悪いノリノリ接客のスタッフ、明らかにテンションがおかしいサークル仲間たち。
恐怖、嬌声、驚愕、狂気、強要…、目に入るすべての情報に、体が震え出した。
なるべく現実を見ないよう、イモくさいサークル仲間の顔と地面を交互に見つめながら、園内を移動した。
メリーゴーランド、ドリームトレイン、ゲームコーナー、コーヒーカップ、お化け屋敷、クレープ屋、怪しい動きのマスコットキャラクター…次々と目に入る、おぞましい景色。耳をつんざく、聞いたこともないざわめき。
……吐き気が、こみ上げてきた。
これ以上無理をしては気を失う、そう思った僕は、見慣れた自動販売機に救いを求めた。払ったこともない260円を投入し、いつも飲んでいるコーラを買い、ベンチに座る。値段は高いが味も見た目も容量も一切変わらないコーラを飲みながら、少しだけ自分を取り戻した。遊園地ではない何かを目に入れたくなって…空を仰いだ、その瞬間。
あおい、青い空の色、しろい、白い雲、……そして。
頭の上に・・・何かが。
「キャ――――――――!!!」
……僕が、最後に見たのは。
とぼけた顔の、目がうつろなキャラクターのついた・・・。
で。
気がついたら……僕は。
異世界で・・・遊園地経営者(意識体)になってたんだよっ!!!
いわゆる転生ってやつだよっ!!
テンプレの魔法世界、おかしなスキル、中途半端な文明社会にご都合主義丸出しの王様バンザイワールド、ギルドに盗賊に聖獣妖精フレンドリーな獣人その他もろもろ!!!
遊園地が嫌いだからこそわかることもあるだろうってさ!!
遊園地を好きになる人生物語を見せてくれってさ!!
勝手に押し付けられた遊園地は、ショボいなんてもんじゃなかった。
子供だましの馬が四匹しかいないメリーゴーランド、二階建ての家と同じくらいの高さの四人乗りの観覧車、一人乗りの一周50メートルほどの電車、歩いたほうが早いバッテリーカー、トイレもないし、ロープで囲まれてるし、水飲み場もない上に雑草だらけ!!!
こんな遊園地誰もこねえよ、そう思って途方に暮れていたら、地球の神がやってきて転生ボーナスポイントを山ほどくれた。
それを使って環境を整え、遠く離れた異世界で遊園地ライフを堪能しろという事だった。
与えられた膨大なポイントは、地球のあの遊園地に設けられた慰霊碑に溜まったものだそうだ。遊園地の不備を責める声が多く閉演に追い込まれたものの、遊園地を愛する人々の呼びかけで署名が集まり存続が決定、人々の願いと僕を悼む気持ち、このような悲劇を二度と生み出さないための祈り、そういった人々の気持ちがわんさか届いたとのことだ。
僕は……ポイントをありがたく頂いて、遊園地を仕上げるしか、なかった。
もともとコミュ障だし、遊園地には不向きなド陰キャなので、自動的に運営ができるようなシステムを片っ端から導入する事にした。
所持ポイントのほぼすべてを使えば、肉体を得る事もできた。しかし…便利な機能をすべて放棄し、受肉する事に前向きになれなかった。
異世界に転生して、見ず知らずの地で労働するのもばかばかしく思えた。最新システムを導入すればとことん手抜きができると考えたのだ。
どうせ人の体をゲットしたところでコミュ障丸出しで何もできないだろうし…、そもそも肉体を得てしまえば毎日飯を食ったりしなきゃいけなくなる。
意識体としての転生は地味に楽すぎて…今さら普通の人間の暮らしなんかしたくなかったのだ。食糧確保に健康維持、清潔に保つ必要も出てくるし、寝る場所なんかも必要になるわけで…身体を得て面倒なことが増えるのはごめんだった。
できればのんびりと穏やかに何もせず気ままに暮らしたい…、僕は、傍観者に徹したかったのだ。
なんでわざわざ人と触れ合って、顧客を増やさなければいけないんだとか、なんで僕が知らない奴らにこびへつらってはした金を稼がなきゃいけないんだという気持ちがあった。準備してやるから、てめぇらで勝手に楽しめよと、完全に上から目線だった。
受肉を選ばないと決めた僕には、用意されたあらゆるシステムを組み込む事ができた。
広さおよそ6,600 m²、アトラクション数40、トイレブース四か所、最新の放送設備完備、デジタルサイネージによるプロモーション環境完備、AED完備、災害時用毛布と備蓄食料完備、太陽光発電蓄エネルギー設備、地下水供給システム、下水処理場、自動クリーニングシステムに地球直結商品入荷システム、傀儡アクターによる定時ショウタイムにメシいらずのAI2Dスタッフ大量投入……。
かくして、信じられないくらい整備された遊園地が出来上がった。
全ての環境が完璧に整った状態で、僕の遊園地はオープンしたのだ。
あとは、この世界の奴らがはしゃげば良い。自分は高みの見物と行くか…そう思っていた。
ところが!
誰一人…やってこない!!
遠巻きに見るやつはいるが、近付かないのだ。
明らかに知らない建築物、しかもいきなり現れた空間に不信感を持つ者しかいなかった。
乗り込もうとするやつはいるが、近付けないのだ。
警備システムをフル完備しているので、迷惑行為を働いたはしからすぐに移転魔法が発動してしまう。
荒野に光り輝く、最新システム搭載の遊園地には、誰一人……入場しなかった。
どういうことなんだと近くの村に偵察に行くと……とんでもない事が次々と判明した。
そもそも、金を払うというシステムが、この世界には浸透していないらしい。
食べ物は物々交換、金は税を払うために交換するものであり、持っている人がほぼいないうえに、入園料を支払うという事を理解できないのだ。
しかも、食べものを調理するというシステムが存在していないらしい。長い間…そのまま食べる、茹でて食べる、カロリーを得るためだけに決まりきった食事しかしてこなかった人に、ジュースやソフトクリーム、ハンバーガー、フランクにかき氷…定番メニューを食べてもらうことは…園内で飲み食いをしてもらう事は、まず無理だと愕然とした。
食べ慣れないモノに手を伸ばすのは、平和な世界でぼんやり暮らす地球人ならではの事だったのだ。
乗り物というものが存在していないし、歌を歌う習慣はないし、踊るとか観覧するとかの娯楽もない。倒れた人を助けることもしなければ、病気を治す習慣もなく、人と人の交流がやけにこざっぱりとしていて味気ない。魔法もしみったれていて華やかさはないし、獣人は人懐っこいけど頭が悪いし、妖精は自分以外の存在をバカにしていて話にならない。
せめて入場無料にすれば、なんとかなるのかもしれない。しかし、一度設定した入場料金は入場者数が50人を超えなければ変更することができないようになっていた。
あの事故の時、クソ高い入場料金を支払って何も得るものが無かったことが地味に悪影響した。あんなクソ遊園地がフリーパス付きで6000円ならば、フルサービスの自分の遊園地は10000円は取れると考えてしまったのだ。
僕は……、転生ボーナスポイントの割り振りを完全に間違えた。
自分の常識が、この世界にもあるという思い込みが…判断をミスらせた。
わざわざ遊園地に転生させるくらいなんだから、似たようなものはあるんだろうという思い込みが…過剰設備に走らせた。
大量にポイントをくれたくらいだから、すぐにポイントは貯まるものだと…勝手に思い込んでいた。
……完全に、僕は初動を間違えたのだ。
仮に、自分が肉体を得ていたならば、近くの村から子供を引っ張ってきて、ショボい遊園地で楽しませることができたかもしれない。園内で楽しんでもらえれば、少ないけれどもポイントは稼げる。たとえ1ポイントでも、100日貯めれば100ポイントになるのだ。
せっかくお情けで大量ポイントをもらえたんだから、ドブに捨てるつもりで受肉して、使えない最新システムなんかスルーすべきだった。大量にポイントをもらってしまったから、1ポイントのありがたみに気がつけなかった。
子供だましの遊園地から始めなきゃいけなかった。チートはゲットしなきゃなと、あれもこれも欲張るんじゃなかった。
行き届いた遊園地など、信頼を得てから用意すればよかった。
遊園地が楽しむ場所であることを知っているのは、地球生まれの平和な人間だけだ。
明らかに見たことのない、自分の知らない空間に足を踏み入れようとする人間など、どこにもいない。
異世界漫画のように、好奇心旺盛で警戒心のない人間など、どこにもいないのだ……。
せめてコミュニケーションをとることができれば…そう願って入り口のデジタルサイネージにメッセージをのせるが、文字を読めるやつがほとんどいない。
労働をめんどくさがってフルリモートを望んだ結果、人っ子一人近付かない魔空間が完成してしまった。
ポイントはもうわずかしか残っていない。
ポイントを増やして受肉を手に入れるためには、金を払って入場してもらい、遊園地内で喜んでもらわなければならない。
ポイントは全く増えないのに、毎日自動で園内が盛り上げられている。
誰もいない園内で、1日3回のショウを続ける傀儡、誰も何も買わない自動販売機、誰も来ない自動販売システム搭載のフードコート、誰も使わないキレイで広いトイレ、誰も利用しない救護室にAED…虫すらいない、チリ一つ落ちていない無駄な空間。
大きな争いがあっても、強力災害バリアーがフル稼働していて全くダメージを負わない。
大惨事の中、異空間丸出しでキラキラと輝き続ける遊園地は、明らかに異質で魔物すら近づかない。
クチコミで怪しさが広まり、さらに人が寄り付かない。
……完全に、詰んでいる。
何をどうしたらこの状況を打破できるのか……。
僕は、今日も、誰も来ない遊園地で。
やっぱり、遊園地なんて大嫌いだと…、何億回吐いたかわからない愚痴を、一人寂しくこぼすのだった。