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私はカップ麺が食べたい

 ……腹が減ってきた。

 飯を食おうと思ったが…生憎と何もない。
 しまったな、昨日夜中に腹が減って、最後のカップ麺を食っちまったんだった。

 ……仕方がない、買いに行くか。

 服を着て、靴をはき、財布を持って、帽子をかぶり…近所のコンビニへ。
 へえ、新しいのが出てるな、これにするか。俺はこのシリーズのカップ麺が好きなんだよな…。

 新発売の、赤いPOPが付いたカップ麺に手をのばした、その瞬間。

 ……ふっ

 あたりから、一切の景色が…消えた。

 電気が消えた?
 いや、そんな感じではない。

 コンビニの中の音も、空気も、ニオイも、全ての存在感が消えたような。
 時間の流れさえも失われたような、明らかな違和感。

 これは……一体??
 もしや、俺は、異世界転生でも…している、のか……?

 そんな……、バ カ  な


「いやー、どうも、どうもどうも!!2年間の人間ライフ、お疲れさまでした!!!」

 やけに能天気な声が聞こえてきたぞ!!!

 なんだこれは…と思っている自分がどんどん希薄しているというか、縮小しているというか、混じっていくというか……。

 ………。

 …ああ、そうだ、私は人間の生活を楽しむ商品を…、なんだ、今日が最終日だったのか。

 私は根っからの地球ファン、オヤカサ星人。
 時間と肉体が強固に結びついた『命』という期限を持つ人間という存在に魅入られた、若干財産の乏しい一宇宙人である…。

 ふぅむ、長く拘束され人間の常識に満たされていたためか、思考傾向が地球生命体寄りになっている。なるほど、これが俗にいうタマシイシステムの暴走というやつなのだな。ディゥクウン教授の論文を心底バカにしていたが、改めねばなるまい。

「どうでしたか?ご満足いただけたなら、延長もできますけど!その場合、追加の対価の支払いをお願いします!いかがされます?」

 コーディネーターが、価格表を差し出した。
 それを爪の伸びた手で受け取り、ピントの合いにくい目玉でのぞき込む。

 五年の延長で…新言語開発、化石発掘、ガス体収集、ゴミ拾い…。
 二十年の延長で…命以外の成長システムテスト、改竄データの埋め込み、素材の分布調整…。
 百年の延長で…常識の入れ替え作業、次元管理者登録、星間トラブルの殲滅…。

 どれもこれも…、価値のある資産の持ち合わせに乏しい宇宙人の足もとを見た、しちめんどくさい価格設定となっている。
 私がこの個体の時間を購入した折に支払った対価は、もっとハードルの低いモノだったのだが。
 とある恒星間で発生したトラブルを解消したジュキココセ物質についての資料の開示及び宇宙猫の毛を278本、直筆手書きの線を63本で済んだというのに、やけに支払いの基準が高騰しているようだ…。

 いくら人間が財産の受け渡しで物質をやり取りするシステムを導入しているからといって、他星人にまでその理屈を押し付けるのは誠に遺憾だ。どこのどいつが設定しているのか定かではないが、少し内容に偏りがあるのではあるまいか。
 いつから人の命は、こうも高対価が求められるようになってしまったのだ。昔は紙切れの束だの鉱石だの金属だので簡単に手に入れられたというのに、希少になっているからといって、ここまでボらなくてもいいだろう。

 研究者の手間暇を何だと思っているのだ。これは一言辛辣な意見を述べさせていただかねばなるまい…、そんな事を決心しつつ、価格表を突き返す。

「いや、更新は…いい」

 私の購入した人間は安いものだし…わざわざ未来を買ったとしても、何か興せるとは思えない。
 コレに追加の資産をつぎ込むくらいならば、真面目に資産を増やしてグレードの高いものに乗り換えた方が良いだろう。

「では、回収しますね!この度はわが社の商品をお買い上げ下さり、ありがとうございました!」

 二年間楽しんだ、見苦しい肉体がはがれた。

 居住地および血縁者による賄い付き、仕事なし、所持金少な目、独身、コミュニケーション能力なし、自己評価高め、血糖値ふつう、毛髪量少な目、体毛多め、記憶力一般レベル、俊敏性に問題あり…、成人済みの基礎生存能力付き個体。…まあ、手間の少ない対価に見合う商品ではあったか。

「じゃ、また何かあったら呼んでください!あ、これアンケートです、抽選で地球見どころツアーチケットも当たるんで、ぜひ!では、失礼しまーす!!」

 やたらと地球くさいサービスは、おそらく商品への追想を煽るためだろう。いくらブームとはいえ、この押し付けるようなセールスはいただけない。…次は別の業者をあたろう。

「はは、世話になったね。ありがとう」

 肉体は手放してしまったが…身についていた忖度は残っているらしい。しばらくは自分の行動に驚く事も多かろう…。まだ知らぬ新たな感情?に出会うきっかけを得た事は、私にとって財産となるはずだ。

 実にありふれた一般的な人間が、地球へと戻っていく。
 きっとこのあと、いつものようにラーメンを食べてエネルギーを蓄え、時間に流されながら…、魂が抜けるまで世を嘆いて暮らしていくに違いない。

 ……アレはかなりうまいからな。

 何度も食べた、ラーメン。
 好んで食べた、ラーメン。

 ……空かせる身体がないというのに、腹が減ってきた。

 気のせいだとは、理解している。
 だが、時間という限られた制約の中で培われた切望が…疼く。

 何もしないでいても、何かをしても、一切影響される事のない『時間』という一律の中で…、好き放題させてもらった経験。
 時間がない、時間が足りない、時間が欲しい、時間さえあれば、時間が止まればいいのに…、数えきれないほどの望みと諦めを心行くまで堪能することができたのは、身体あってのことだ。

 何もしないでいても、何かをしても、全く増えていかない『資産』という奇跡のおかげで…、こんなにも経験を得ることができた。
 金がない、金が足りない、金が欲しい、金さえあれば、金が湧いて出てくればいいのに…、数えきれないほどの欲と打算を心行くまで堪能することができたのは、あの人間あってのことだった。

 ……実に良い経験をさせてもらった。

 資産をケチって食べた、ラーメン。
 何度も何度も食べた、ラーメン。

 ああ……、食べたい。

 だがしかし、私にはラーメンを食べることはできない。
 私は、時間というシステムに混じっていないのだ。

 あの身体と混じったから、時間を得た。
 あの身体に混じったから、時間の知識を得た。

 私は、時間というシステムに混じる事はできないが、あの身体を利用していた事実があるので…回顧することが可能だ。
 肉体が一度経験し、過ぎてしまった時間であれば…混じっていた自分を介して、飛んで行くことができるのだから。

 ……発生した事象をなぞる事は、自由だ。
 ……腹が減ってきた。
 ……ああ、ラーメンが食べたい。

 ……腹が減ってたまらない。

 ……よし、ラーメンを食おう。

 ラーメンを食おうと思ったが…生憎と何もない。

 しまったな、昨日夜中に腹が減って、最後のカップ麺を食っちまったんだった。

 ……仕方がない、買いに行くか。

 服を着て、靴をはき、財布を持って、帽子をかぶり…近所のコンビニへ。

 へえ、新しいのが出てるな、これにするか。俺はこのシリーズのカップ麺が好きなんだよな…。

 私は、手描きのヘタクソな新発売POPが付いたカップ麺に……手を、のばした。

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たかさば
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