歌声
俺は、どうにもこうにも……歌が、へたくそだった。
歌のテストで最下位を取るなんてのは、いつもの事だった。
小学校の時、みんなの前で歌わなければいけない歌のテストがある日は、憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。風邪気味で声が出ないふりをして、小さく小さく、とぎれとぎれに歌うのがデフォ。
俺のばあちゃんはさ、歌手だったんだ。日本で活躍してないけど。相当な美声で世界中の人々を魅了したって噂で!!
…おっかしいなあ。
中学校にあがると、合唱コンクールなんてのがあってさ。
あれはもう、どうにも逃げらんなくてね?
口パクしてたらめっちゃ叱られるし、もう、どうしようかと思ってね?
「下手でもいいから、一回でっかい声で歌ってみろ!俺の前で口パクは…許さん!!」
熱血音楽教師が担任だったのがいけなかった。
今まで歌わずごまかしてきた人生初の、逃げられない土壇場ってやつを迎えてしまってだね。
…仕方ない、腹をくくるかってなもんでだね。
ら~うらら~~♪
「……ん?!」
ら~うらら~~♪
ざわ・・・ ざわ・・・
おかしなざわつきが、教室内に響いた。
あまりのクソ音痴に、皆の鼓膜が腐り果てて液体になって流れ落ちたとでもいうのか。
「…お前!!!めちゃくちゃ上手いじゃないか!!何実力隠してんだよ!!お前ソロね!!はい決定!!!」
「はあああああああああああ?!」
歌ってる最中にクルっと音程の最後が上がってしまう癖も。
長く音を出してると音程が揺れてしまう声も。
高い音も低い音も出せるおかしな声も。
よくわからないけれど、歌がうまかったのに、ヘタという事にされてきたという事らしい……。
なんだそれは、こんなことって。
歌声を褒め称える人々の声を浴びつつ、若干…いやそうとう腑に落ちないまま、家に、帰ったわけだけれども。
「ああ…うちはね、歌がうまい家系なんだよ。」
「何それ…そんなのあるの。」
あまりにもびっくりしたので母さんに報告したら、意外にもびっくりしないで納得していた。
「あんたは音楽の成績悪かったから、普通なのかと思ったけど…血筋ってのは、うん、すごいね、ホント。」
なんだ?
ばあちゃんの血筋ってことか?
よくわかんねえけど、なんかこう、しっくりこないまま…コンクールの日を迎えてだね。
合唱コンクールは、優勝した。
……俺のソロパートで、泣き出すやつが続出したんだ。
学校中が感動した。俺の小学生時代の歌のヘタ具合を知る幼馴染でさえも、泣いて感動したんだよ。
「お前マジなに隠してんの?!こんなうまいなら歌手になれよ!!なれる!!」
俺の周りのやつらの目の色がおかしなことになってきた。
なんていうんだろう、神様みたいに扱われるようになってきたっていうのかな?やけ担ぎ上げる連中をしり目に…俺はただ単純に、歌を歌ってコケにされない毎日を楽しむようになった。
声を出すことの気持ち良さを知った。
音と一体になれる瞬間に幸せを感じた。
次の年、文化祭でコンサートをやる事になった。
…そのコンサートの様子を、誰かが動画で撮っててだな。
テレビ番組に、送ったらしいんだよ。
あれよあれよという間に、テレビののど自慢に出ることになってしまった。
収録中、審査員の人が泣き出しちゃって、会場がものすごい空気になった。
…なんと優勝、してしまったんだよな。
で、テレビでのど自慢が放送され…。
俺の歌声は、全国に流れたわけだが。
なんというか…明らかに、俺よりも、二位、三位のほうが上手く聞こえるんだが?!
…なんでだ!!あんなに会場を涙の渦に巻き込んだ、俺の歌声が、テレビの音声だと、こんなにも味気なく聞こえてしまうものなのか?それとも、収録当日、俺以外のマイクに毒電波でも仕込まれていたとでもいうのか?!
……俺の歌声に不信感を持った人はたくさんいたようで。
やらせじゃないの!
二位のほうが上手かった!!
だからやっぱり顔なんだって!
審査員耳腐ってんじゃねえの。
いくら金積んだんだよwwぼんぼん乙
・・・。
SNSのトレンドにも俺のことがああああ!!!
「ああー、も~、なんだよマジでさあ…。」
……こういうのってマジ凹むのな。
なんだよ、なんで俺全然知らねえ人にディスられてんの。
そこら辺の中学生なんだぞ…。いい大人が匿名で13歳に向かって本気でディスってイキるとかさあ、マジふざけんなよ。
「なんか、ご愁傷様…。」
げっそりする俺に、母さんがおやつを持ってきてくれたのだが。…正直食欲が出なかった。
「…母さんも、こういうこと、あったからさ。落ち着くまで、学校休んで、いいよ?」
「いや、俺は行くよ。ちょっと坊主にして眼鏡かけっぱにしたらさ、俺だってバレないと思うし。」
別に変装するわけじゃない。たまたま髪を切ろうかと思ってた時にテレビ収録があったから切らずにいただけだし、最近目が悪くなってメガネが必要になってきたってこともあるからさ。…何より、俺はあほな他人に振り回されるつもりは全くなかった。
「母さんはさ、昔嫌なことがあったから、歌うことをやめてしまったんだけど、あんたは歌いたいと思うの。」
「俺はさんざん歌がヘタって言われてきたからさ。今、ヘタって言われないで歌えることが単純にうれしくて歌ってただけで。歌いたいというよりは、歌えることを、楽しんでいた感じかな。歌いたいけど、歌わなくてもまあ、平気というか。」
母さんがおかしな顔をした。見たことない表情に、少々、不安が募った。
……きっと俺のことを心配しているに違いない?
「…おばあちゃんが昔歌手だったこと知ってるでしょう?失神シンガーの異名を持っていたらしいのよね。コンサートに来た人の命が危ないって都市伝説まで生まれて大変だったってひいばあちゃんが言ってたもん。」
「外国に住んでたんだろ?母さんはじいちゃんと二人で日本に戻って来たって事しか知らねえけど。」
歌手だったばあちゃんは、海外でじいちゃんと結婚して、母さん産んだけどけっこう早死にしちゃったって聞いていた。五歳で日本に来た母さんは、ほとんど外国語が話せない。
「…ひいばあちゃんもね、実は歌手だったのよね。戦地で敵に囲まれてもうおしまいだって時にうたを歌ったら、海外に連れていかれたらしいのよね。」
「なにそれ。初めて聞いた。…歌手の家系なの?」
歌のうまさは遺伝するのかな?いや、でも俺はヘタと言われ続けて来てたし…。
「…なんかね。私のひいひいおばあちゃん…あんたのひいひいひいばあちゃんに当たる人?ね、海の近くの生まれらしくてね。それはそれは、歌が上手かったらしいのよ。…その歌声で、南蛮から来た船を沈めたって言い伝えがね、あったりするって私のおばあちゃんから聞いたことがある。」
「南蛮…?どこ、それ。沈めた?」
ええと、授業でちょっとやったような?黒船とか、そういう系?ヤベえ、俺頭あんま良くねえからさっぱりわかんねえー!!
「…母さんはね、このひいひいばあちゃんが怪しいと思ってるのよね。」
「怪しいって、何が。」
どこの生まれかはっきりしてないってことか?
「人魚とか…ローレライだったんじゃないのかって思ってるの。」
「なにそれ!!まさか……人間じゃなかったってこと?!」
俺知ってるぞ!!ソシャゲに出てくる!!歌で眠らせたりするやつだ!!
「なんていうか…女系遺伝みたいだし、私の子供は男あんただったし、もう歌声の魔力の血は途絶えたのかなあって思ってたんだけどねえ。」
「そんな、バカな…俺はどこをどう見ても人間じゃん、まさか…。」
内科検診とかで引っかかったことなんか一回もないし!むしろ今まで病気ひとつしたことのない健康体で…。ちょっと待て、この場合健康体なのも逆に怪しくない?!
「見た目は人間でも、魔力みたいなのは引き継いでるの、かも。わかんないけどね。今はほら、昔みたいに生歌聞かせる機会がほとんどないじゃない、多分ね、この歌声はね、録音できないんだよ。だからこんな恐ろしいことになってるんだと思うよ。現代で、この歌声を使って世界を牛耳ろうと思ったら、相当覚悟がいると思うけど、あんたどうするの…。」
「ちょ…!!困るよ!!俺は普通に生きていきたい!!ぎゅうじるってなに!!俺は歌手になるつもりはないよ!!ただでさえこんなにクソみたいないじられ方して凹んでんのにさあ!!もう終了!歌は歌わない!!来年高校に入ったら音楽やらなくていいんだろ?俺はオンチに戻る!!」
かくして俺は、高校進学後、音楽に携わることを一切せずに生きてきたのだが。
「社内カラオケ大会、君エントリーしたから!頼むね!!」
「こ、困ります!!!」
新入社員歓迎会の二次会で、酔っ払った俺は、カラオケを歌ってしまってだな!!!その歌声が社内で話題を呼んでしまってだな!!!
…もう、逃げられん!!歌うしかねえ…。
ら~うらら~~♪
「うっ…!!めっちゃ染み渡る、ええ声や!!」
「ねえ、なんだもっと歌ってくれないの?」
「コンサート毎日やろう!!うっく、ヒック…。」
……案の定だよ!!
みんな泣き出しやがった!!
泣くんじゃない!!せめて眠れよ!!
そしたらどうにかごまかしが…。
……って!!!
眠れと念じながら歌ったら、みんなバッタバッタと眠り始めた!!
はいいいい?!
…まずい!!
俺だけが目が覚めてたら俺が犯人だってバレバレじゃん!!
俺はマイクを握りしめたまま、そっと倒れて、狸寝入りを決め込んだ。
カラオケの一室で起きた集団催眠事件は大騒ぎになった。
目を覚ました同僚が警察を呼んで現場検証、その他もろもろ。飲み物や食事の検査、参加者の体調検査…。会社に取材陣が押し寄せ、当事者たちにマイクが向けられ。全社員がげっそりだ。
―――カラオケ店遊行をしばし禁ずる―――
社内に通達が出された。
そのポスターを見つつ、苦々しい顔をする社員の皆様方。
「あーあ。これじゃ君の歌声を聴けないなあ。」
「原因が早く判明するといいですね。」
「怪しい人が当日部屋をのぞいていたそうですよ…そいつが犯人なんじゃないですかね。」
「多分ね、競合店のやつですよ!!なんかおかしなガスをね…。」
俺の歌声を聴きたいと願う社員の皆さんが犯人探しに躍起になっているのだが。
「は、はは…。」
その真犯人が、社内にいるとは…とても言い出せないな。
…思えば、俺が歌った曲は泣ける歌ばかりだったな。
気持ちがこもって、歌を聴いた人たちに涙を流させていたのでは?
眠れと念じて歌ったからみんな眠ってしまったのでは…?
……ちょっと待て、感情を込めることで、いろいろと人を操れるのでは?!
ヤバイ、呪うような歌だったらどえらいことになるやつだ!!!
…いままで俺はどんな歌を歌って来た?
けっこう危ない橋を渡って来た感じなんじゃ…うう、混乱がっ!
…ちょっと待て、幸せを願うような歌だったら?
とりあえず、通達解除後に試しに一曲歌ってみるか。
もしかしたら、俺は幸せを呼べるのかもしれない。
そんな素敵な事が俺にできるのだとしたら。
…。
俺は幸せを呼び込むような歌が、パッと思い浮かばない事に愕然とした。まずは曲探しからだな、うん。この世には素晴らしい歌があふれている!
……なんだかんだで、歌いたいんだな、俺は。
好きなんだ、歌う事が。
俺は、いずれ歌える幸せにちょっと気が緩んで……、鼻唄を歌いながら廊下を歩いてしまった。
そこに、経理の女性が通りかかった。
「あの!私と付き合ってもらえませんか!」
……恋に落ちる歌をハミングしていたらしい。
思わぬところで、社内人気ナンバーワンの女子からの告白をゲットしてしまった。良いの?これ?!内心大喜びなんだけど!
「よろしくお願いします。」
俺は、彼女を、ゲットした。
ひいひいひいばあちゃんの血筋に、心から感謝をする俺がいる。
ひいひいひいばあちゃんの血筋が続くかどうかは、俺にかかっている。
…庶務課のおばちゃんが通りかかってなくて本当に良かったと、俺は心底胸を撫で下ろしたのであった。
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