交換
「あああ!!もう駄目だ、今度の試験絶対落ちる!!」
「ナニいってんの、もうここまできたら力を出し切って挑むだけでしょ。」
「やってもやっても全然わからない!出し切る力が備わっていない!」
「じゃあ、また次回がんばれば良いでしょ。」
「駄目なんだ、何回やっても受かる気がしない!」
「もう試験受けるのやめたら?」
「あきらめきれないんだ!」
「じゃあ、努力するしかないんじゃないの。」
「努力しても努力してもまったく成果に繋がらない!」
「勉強の仕方が悪いとか?」
「手を変え品を変え学んでもまったく正解率が上がらない!!」
「…解るようになるまで、繰り返し読んだりさ。」
「何度読んでも、何度書いても、まったく理解が進まない、むしろ疑問点が湧いてくる!」
「疑問点を解消するところから手を付けたら?」
「理解できる自信がない!むしろ理解できない自信ならある!!」
「自信ってさあ、そういうところで持つもんじゃないと思うよ…。」
「…自信のある奴は良いな、うらやましいよ。」
「人をうらやむ前に、単語のひとつでも覚えたら良いのに。」
「覚えたところで、すぐ忘れるさ。僕は出来が悪いんだ。」
「出来が悪いんじゃなくて、努力の方向を間違ってるだけなんじゃないの。」
「間違ってる?お前は出来がいいから他人の実らない努力に対する理解が足りないんだよ!」
「できない言い訳をするよりも、できるようになる努力をするべきだと思うよ。」
「僕は努力をしている!こんなにも努力をしているのに!…お前は、分かっちゃいないんだ!」
「まあ、ねえ・・・。」
「お前は僕の苦労のひとつでも知るべきなんだ!!」
「・・・俺だって、苦労の一つや二つ。」
「お前のは苦労じゃない、ただの気のせいだ!!!」
「はは、俺本人が苦労だと認識していることを…君は気のせいだって言い切るんだ。」
「本物の苦労を知らない奴が、真の苦労を語れるはずがないだろう!!!」
「・・・なら、交換してみる?」
「できるもんならそうしたいよ!!」
「じゃあ、交換、してみようか。」
「君が、俺の苦労を気のせいだと認識しているのだったら、君は今この瞬間まで実に容易く生きて来る事ができるはずだ。」
「君が、俺の今まで生きてきた人生を容易く生きて来る事ができたなら、俺の知識をすべて差し出そうじゃないか。」
「君が、俺の人生を心行くまで堪能できるように、記憶を残しておいてあげるよ。」
「ハア?!ナニいってんのお前・・・」
ぐるん、ぐるん。
―――まあ、3歳までは、勘弁してあげるよ。
―――20歳まで、生き延びることができるといいね。
俺が目を覚ますと、ゴミだらけの真っ暗なマンションの一室だった。
僕は、俺になってしまったらしい。
俺の親は、俺を置いてどこかに行ってしまった。
これっていわゆるネグレクトってやつだな。
僕の親はやけに過干渉で、それがいやでずいぶん反抗したもんだが。
俺の親はまったく俺に干渉しようとしない。
…ある意味気楽だな。
俺は好き勝手やってたら良いんだ。
ああ、腹が減った。
もう三日も何も食べていない。
家中探しても何も食うものがない。
ゴミをあさって食えるもんを食って、腹を壊して死にそうになった。
俺は生き延びなければならない。
俺には知恵がある、簡単に生き延びることができるはずだ。
俺は目張りされているガムテープをはがし、窓を開け、外に救いを求めた。
隣人が警察を呼び、俺は保護され、飯をもらった。
「大事なわが子なんです!帰れない事情がありました!私もDVを受けていて監禁されていたんです!」
そんな事情があったのか。
俺は保護された施設から親元に戻された。
「・・・このクソがきが!!!」
毎日続く暴力の果てに、俺は命を散らした。
―――正解はね。
窓をそっと開けて。
となりの部屋との隔たりの壁から伸びている草をむしって食べ続けて命をつないで。異変に気が付いた隣人の通報で駆けつけた警察によって救出されるまでがんばる、だったんだよ。
一年以上入院して、やっと歩けるようになるまでに…本を読んで知識をつけることができるようになったのさ。
ぐるん、ぐるん。
―――じゃあ、6歳までは勘弁してあげようか?
俺が目を覚ますと、やけに綺麗な、もののない畳の部屋の布団の中だった。
…あたりは薄暗い。まだ夜更けだ。
まだ眠いな、布団の中で目を閉じた。
「何をだらけておる!!起床の時間だ!!!」
ばしっ!!びしっ!!!
これは…竹刀だ!!
俺は竹刀で滅多打ちにされて、叩き起こされた。
姿勢が悪いと滅多打ちにされ。
返事が聞こえないと滅多打ちにされ。
口答えするなと滅多打ちにされ。
一日で体中が腫れあがった。
俺は生き延びなければならない。
俺には知恵がある、簡単に生き延びることができるはずだ。
ここは田舎の辺鄙な場所。
助けを求める隣人はいない。
ならば、この暴力ジジイに対抗するには。
ジジイが便所に篭っている間に出刃包丁を拝借した。
武器さえあれば、俺はこの状況を何とかできるはずだ。
俺は未成年、誤って殺傷事件を起こしたとしても、守られるはずだ。
「何をだらけておる!起床の時間だというのが分からんのか!!!」
重たい掛布団を引っぺがされたその瞬間。
俺は出刃包丁を暴力ジジイの胸元に向けて。
バシッ!!!ずざっ!!
竹刀ではじかれた、出刃包丁が畳に刺さる。
「お前…このわしを、殺そうとしたのか?」
刺さった出刃包丁を奪おうと手を伸ばし。
グベキッ!!!ミシッ…!!!
右手が、暴力ジジイに踏み潰され、骨が、砕けた。
ばしっ!!びしっ!!!
「クソ娘の血か!!あのクソ男の血か!!」
ばしっ!!びしっ!!!
「わしに歯向かうなど許さんぞ!!」
ばしっ!!びしっ!!!
「鍛え直しだ!!」
ばしっ!!びしっ!!!
「立て!!立ち上がって土下座をしろ!!」
ばしっ!!びしっ!!!
ばしっ!!びしっ!!!
ばしっ!!びしっ!!!
・・・
24時間に及ぶ暴力の果てに、俺は命を散らした。
―――正解はね。
夜7時就寝、朝三時起床。
テレビ無し、読めるのは新聞と教科書と学校図書館の本だけ。
毎日白飯と漬物の食事。
朝晩の座禅を欠かさず、水風呂で精神統一。
体調不良は心身の軟弱の表れ。
真冬でも短パン、ランニングシャツ。
肺炎をこじらせて、学校で倒れて意識不明になって入院して保護されるまで頑張る、だったんだよ。
長いこと家事や農作業で鍛えていたからね、半年の入院で回復することができたんだ。
回復した後、体を鍛えようって思えるようになったんだよね。
ぐるん、ぐるん。
―――じゃあ、12歳まで。
―――じゃあ、13歳まで。
―――じゃあ、14歳まで。
―――じゃあ、15歳まで。
…あれ、どうしたの。
君、俺の人生がうらやましいって言ってたのに。
なんでそんなにげっそりしているのさ。
「本物の苦労を知らない奴が、真の苦労を語れるはずがないだろう!!!」
君は俺にそういったね。
君の言う、君の本物の苦労、真の苦労、俺、体験してきたよ。
3歳の時、嫌いな食べ物を食べたくないのに無理やり口の中に入れられて、吐いちゃったんだよね。
それ以降、好きなものしか食べなくなって、怒られて、家中の壁にマヨネーズをぶちまけたんだ。
嫌いなものが出てくるたびに、親にいじめられてるって思っていたね。
自分の親は自分を苦しめるために存在していると思っていたね。
俺はさ、頑張って嫌いな人参を食べたよ?
そしたらさ、両親は大喜びでおもちゃを買ってくれたよ?
おいしいおいしいって自分をだましだまし嫌いなものを食べてたら、いつしか嫌いなものは好きな食べ物になったよ?
六歳の時、近所のガキ大将にいじめられたね。
生意気なガキって言われて、初めて殴られて。
親にいったら、ますますいじめられるようになって。
見かけるだけで路地裏に逃げ込むようになって、見かけた後は必ずいじめられたと親に報告して。
先生にも逐一報告して、そのたびに目を付けられて。
この因縁が中学まで続くんだったね。
俺さ、いじめっ子に、笑いかけてみたんだ。
仲良くしたいなって。
初めは向こうもなんだこいつって思ってたみたいだったけど。
だんだん、共通点や尊敬できるところが見えてきたんだ。
やけに傷つきやすくて、大人を怖がるガキ大将…ってね。
そしたらさ、いつしか兄貴みたいな存在になってくれたよ?
ガサツで大げさだけど、ずいぶん頼りになって、ヤンキーに絡まれたときは一緒になって戦ってくれたよ?
進路で迷ったときは、一緒に悩んでくれたよ?
結婚式のときは、涙をぼろぼろ流して喜んでくれたよ?
中学生の時、親友に裏切られて、人が信じられなくなったんだよね。
…君、自分は常に誰かを裏切っていたくせに、人に裏切られると傷ついちゃうんだね。
たった一人の一言が許せなくて、何倍にでもして返さないと気が済まないんだね。
高校生の時、一部の女子にバカにされて、女性恐怖症になったんだよね。
…君、告白してくれた女子の事、不登校にするくらい罵倒したのに、ちょっとおかしなあだ名付けられたくらいで恐怖症を語るようになっちゃうんだね。
その割には誘われたらホイホイついてって、都合の悪いことは全部相手に押し付けちゃうんだね。
大学生の時、試験で不合格になって、合格した親友を陥れようと画策するんだよね。
…君、勉強しないくせに国家試験に合格できるわけないよ、気分転換ってのはさ、五時間勉強して十分間するものだろ?十分勉強して五時間ゲームしてたら、それはもう気分転換じゃなくてただの遊びなんだと思うよ?
合格した親友がうらやましくて、試験官にカンニングの密告をするんだよね、このあと。
ご丁寧に、机に今から鉛筆で計算式をかきこむんだろ?
それをツイッターにあげておいて、証拠品とするんだろ?
スゴイ苦労をするんだね、笑っちゃうな。
スゴイ苦労人だね、笑っちゃうな。
なんかさ、俺、君と友人でいる自信が無くなっちゃったよ。
俺はさ、君の友人には、ふさわしくないって、わかっちゃったんだ。
俺はさ、何もしないで文句を言うタイプの人は苦手なんだよ。
俺が君の人生生きてみたらさ、ものすごく、ものすごく幸せに生きることができたんだ。
そりゃ、途中問題もあったし、乗り越えることのできなかった悲しみもあったよ?
でも、今際の際で、人生を振り返った時、本当に、本当にしみじみと幸せをかみしめたんだ。
こんな幸せな人生があるのに、君はそれを簡単に手放してしまっただろう?
こんな幸せな人生があるのに、毎日自分を取り囲む状況に文句ばかり言っているだろう?
君は受け入れる事ばかり望んで、何一つ手を伸ばそうとしないだろう?
与えられて当然の人生を送りたいと願っているんだろう?
成績優秀な俺を目の前にして、何の苦労もない、人生が楽勝である、ずるい奴って思い込んでさ。
目に見える、ほんの少しの情報で…人の人生を羨むとかさ、ちょっと感心できないんだな。
君には、感謝しているよ。
幸せな人生を体験させてくれた、恩人だ。
けれども、やはり、俺と君は相容れないと思うんだよ。
だから、ここで、さようならだね。
「あああ!!もう駄目だ、今度の試験絶対落ちる!!」
「オメーが受かるわけねえだろwww」
「あー!マジで誰か試験かわりに受けてくんねえかな!」
「バカじゃねえのwww」
「つか、誰かと答案交換したらうまくいくんじゃね?」
「俺は犯罪者に拘るのはごめんだ!」
「交換してくれよ!!」
「ふざけんなバーカ!!」
「簡単に、交換とか…しない方がいいと思うけどね。」
「…おい、なんであいつ僕に声かけてきたんだと思う?」
「孤高のプリンスじゃんwwwやったな、ご利益あるかも?あいつめっちゃ頭いいらしいぜwww」
「マジで!!じゃあ合格できるかも!僕さあ、昨日寝ないで勉強したんだって!」
「オメーログイン時間知ってんだぞ!ずっとゲームしてたじゃん!!」
「もうこうなったら神頼みしかないな、なまんだぶ、なまんだぶ…」
「おいおいwww孤高のプリンス拝んだって合格できるかよって…俺もおがんどこ…。」
「…ねえ、なんであの人たち加門君拝んでるの…キモ…。」
「あんなことしてる時間あったら単語の1つでも覚えればいいのに。」
―――ここには、ご利益を喜ぶ人しか、いない。
―――嫉妬心がなければ、問題は何も…起きないはず。
キーンコ―――ン…カーン…コ――――ン…
「それでは、試験を始めます。」
―――俺はボールペンを手に取り、試験問題に……手を、伸ばした。