たろちゃんとわたしとながれぼし
たろちゃんと私が出会ったのは、本当に偶然だった。
―――もう!!出ていきなさい!!!
もうずいぶん前の、小学校三年生の、初雪が降った夜。
私はお母さんに怒られて…薄っぺらいコート一枚で、家を飛び出した。
大切にしていたスケッチブックが、勝手に捨てられていて、我慢ができなかった。
大切にしていたお話を書いたノートが、勝手に捨てられていて、我慢できなくなった。
大切にするものをすべて捨てられることに、我慢ができなくなってしまった。
几帳面な母親は、私の持ち物をすべて管理していて。
鉛筆の削り方、机の中身、友達からもらった手紙の内容、お小遣いで買った漫画、すべてチェックされて、怒られて。
チリ一つないきれいな学習机と、きっちりベッドメイクされた寝る場所、毎日着替える衣類のかかったハンガー、一枚一枚しまわれている下着の入ったタンス。
余計なものの一つもない部屋で、私は管理されていて。
転校することになった親友の有里ちゃんがくれたお手紙と、写真を捨てられて、爆発してしまったのだ。
ずっと仲良しだった有里ちゃんの思い出を捨てられて、ゴミ箱を漁っていたところを見つかってしまったのだ。
何を言っても、写真は返してもらえず。
何を言っても、自分の気持ちを理解してもらえず。
何を言っても、母親の常識を押し付けられ。
私は、どうしても、我慢ができずに。
きれいに整頓されている学習机の教科書を、ホコリ一つないフローリングの上に投げつけた。
削りカスの入っていない鉛筆削りを、ホコリ一つないフローリングの上に投げつけた。
パンッ……!!!
今まで、一度も手をあげなかった母親に…頬をぶたれて。
呆然としていたら…出て行けと言われたので。
私は、素直に、その言葉に……従った。
あてもなく、暗闇の中を歩いた。
通学路を歩いて、市街地を抜け。
遠足で歩いた、田んぼのある場所まで、一人ぼっちで歩いた。
何もない、真っ暗な道を…月の光をたよりに歩いた。
足元を、目を凝らしながら一歩、一歩、歩いた。
誰もいない、街灯も数えるほどしかない、薄暗い夜道。
ふと、足もとが…明るく、なった。
どうしたんだろうと顔をあげたら…空に流れ星がいくつも流れていた。
初めてみた、流れ星だった。
きれいだなあ…ぼんやりと、空を見上げていた私は、時々光をまき散らしながら落下してくる物体に気が付いた。
流れ星が落ちてきたのかもしれない、そんなことを思った私は、その光を目で追った。
時折、田んぼの一部や道路の一部、水路に…遠くにある山の表面を照らしながら、ゆっくりとその流れ星は地に落ちた。
ちょうど田んぼに水の入っていない時期だったので、私は思わず…流れ星のもとに駆け寄った。
「…?!…!!!…☆」
明らかに聞いたことのない、電子音のような…笛の音のようなものが、聞こえた。
丸くて黒い、半分くらい潰れているものの一部が、明るい光を放って…枯れた田んぼの上に白い筋を書いていた。
恐る恐る、その、中を、覗き込むと。
「!!!…?……。……?」
何度も読んだ、タコおじさんの絵本に出てくる主人公みたいな…丸くて長い足がたくさん生えた、たろちゃんがいた。
つぶれたボールの一部に足が引っかかって…出られないみたいだったので、ずるりと抱き上げて、助けてあげた。
下敷きになっていた足から血が出ていたので、ポケットの中に入っていたばんそうこうを貼ってあげた。
頭の上に擦り傷とたんこぶができていたので、ポケットの中に入っていた大きめのばんそうこうを貼ってあげた。
少し汚れていた部分を、除菌ウエットシートで拭いてあげた。
――――――こんにちは?
「たろ、たろたろたろ……。」
頭の中に聞こえる声と、直接聞こえる声が重なって不思議な感じがした。
「こ…、えっとね、今は、こんばんわって、言うんだよ?」
――――――こんばんは?
「たろ、たろたろたろ……。」
田んぼの端っこにしゃがみこんで、たろちゃんとお話をした。
たろたろいうので、たろちゃんって名前を付けてあげたら、喜んでくれたんだよね。
たろちゃんは、流れ星じゃないって教えてくれたんだよね。
たろちゃんは、学校の先生だって教えてくれたんだよね。
たろちゃんは、お友達を探してるって言ってたんだよね。
本当は、奥にある森の中で人間に変身するつもりだったんだけど、運転を失敗して落っこちちゃったんだって。
変身するデータが消えちゃったから、変身できなくなっちゃって困ってしまったんだって。
新しいおうちが届くまで、いる場所がなくて困ってしまったんだって。
お友達を見つけないといけないのに、見つけるための準備ができなくなっちゃったんだって。
わたし、私でよければ、お友達になるよっていったんだ。
そしたら…たろちゃん、大喜びしてくれたんだけど。
私は、持ち物を管理されてるから、何もできないかもしれないよって、言ったんだ。
ひょっとしたら、私は、このまま家に帰れないかもしれないって、言ったんだ。
――――――だいじょうぶ。
「たろ、たろたろたろ……。」
たろちゃんの指が一本光って、シュッと私の左手を照らしたと思ったら。
私の左手に、たろちゃんの絵と、壊れた丸いものが描かれていて、びっくりしちゃったんだよね。
――――――よろしくね?
「たろ、たろたろたろ……。」
驚いていたら、突然私を照らす、ライトの光に気が付いた。
なんだろうと、眩しい光を手で遮ったら…すぐ横に、車が止まった。
「あー!!!いたぞ!!!君、佐々岡さん?ささおかみおちゃん?」
「あ…はい……。」
私は警察に保護されて、家に帰ることが、できた。
「もうわがまま言わないでちょうだい!!」
「ママを困らせたらダメじゃないか!」
「まあまあ…無事見つかって良かったです。あまり厳しくしないであげてください。」
母親と父親に怒られて、お巡りさんたちに優しい言葉をかけてもらって。
私はまた、管理される生活に戻らなければいけないと、思っていたのだけれど。
――――――おもいで、ほしい?
「たろ、たろたろたろ……。」
たろちゃんが、いっぱい、いっぱい…助けてくれた。
捨てられた私の絵が、戻ってきた。
捨てられた私の宝物が、戻ってきた。
捨てなければいけないものを、隠してくれた。
捨てなければいけない感情を、守ってくれた。
たろちゃんは、人間じゃないから、いろんなことを知っていたんだ。
無くなったものを記憶から再生する技術。
存在しているものを、絵に変える技術。
時間と人間の関係性。
宇宙の意味。
たろちゃんは、人間じゃないから、いろんなことを知らなかったんだ。
人間が持つ、感情というもの。
人間が持つ、魂という考え方。
人間が持つ、時間に囚われた常識。
私は、たろちゃんと過ごすことで、いろんなことを知っていったんだ。
愛情と支配の違い。
大人と子供の関係性。
束縛と自立の転換。
私は、たろちゃんのおかげで、いろんな感情を失わずに済んだの。
願う気持ちを、潰されないですんだのも。
創造する心を、潰されないですんだのも。
諦めなければならないことを、諦めなくてもよくなった。
受け入れなければならない理不尽を、受け流せるようになった。
押し付けられる感情を、真正面から受け止めなくてもよくなった。
私の手の印が消えてしまうまで、ずっと助けてくれたんだ。
私の手の印が消えてしまうまで、ずっと一番のお友だちだったんだ。
私、たろちゃんがいたから、幸せになることができたんだ。
私、たろちゃんにお礼がしたいって、ずっと思っていたんだ。
――――――いつか、そのからだがいらなくなったら、ちょうだい?
「たろ、たろたろたろ……。」
「うん!イイよ!!!」
流れ星を見るたびに、たろちゃんと出会った日のことを思い出す。
子供に買ってあげた絵本には、どれも流れ星が流れていたっけ。
孫たちと一緒に、何度も流れ星の動画を見たっけ。
ひ孫たちに、流れ星のお話、たくさんしたなあ……。
私は、たろちゃんがいたから、この体を最後まで生きることができたんだ。
この体は、たろちゃんが生かしてくれたんだよ。
たろちゃん、私が、たろちゃんとの約束を忘れてしまう前に、必ず迎えに来てね?
そう、願って、もう何年たったかな?
もう、そろそろ、お迎えに来てくれても、イイと思うんだけどな?
――――――もらいに、きたよ?
「たろ、たろたろたろ……。」
「たろちゃん!」
よかった、私…ちゃんと覚えてた。
覚えているうちに、たろちゃんにお礼が渡せそうで、ホント良かった。
「ずっと、待っていたよ…?」
私が、にっこり、微笑むと。
――――――ぜんぶ、わたすね?
「たろ、たろたろたろ……。」
ああ…私の生きてきた、思い出が…たくさん、溢れてる……。
大好きだった、旦那さま。
大好きだった、子供達。
大好きだった、お友達。
大好きだった、物語。
大好きだった、風景。
大好きだった、歌。
大好きだった、すべて……。
心の中に眠っていた、大切な思い出が、すべて……。
私、幸せ、だったなあ……。
「たろちゃん、ありがとう……。」
そっと、目を閉じた、私の、耳に……。
――――――ありがとう。
「たろ、たろたろたろ……。」
たろ、たろたろたろ……。
……ああ、たくさんの、流れ星が、見える。
たろ、たろたろたろ……。
私も、流れ星に、なって……。
たろ、たろたろたろ……。
たろ、たろたろたろ……。
こういう感じの宇宙人の話が大好きなんですよ(*'ω'*)
なお、私が宇宙人好きになったきっかけの児童文学がこちらです。
『宇宙人のいる教室』
さとうまきこ さんの作品です。