残り香
「…なんかたばこくさくない?」
「ここでタバコ吸ってた人がいたのかもね」
公園でのんびりとタバコを吸っていたら…厭味ったらしい声が聞こえてきた。どうやら、生け垣の向こう側にあるベンチに座っていて…、俺の存在には気が付いていないらしい。
「ここで?!喫煙所で吸うでしょ、普通。広い公園だし、どこかに…」
「ないと思うけどな。禁煙って看板あったし。池の方で吸ってるんじゃない?風でにおいが流れてきてるのかも」
ご名答…、俺は今アンタらのすぐ後ろの生け垣の下、池のすぐ前でうんこ座りをしてタバコを吸ってるのさ。
「何それ。ルール違反、マナー違反じゃん!!いいの?!」
「喫煙所がないとね、そういうコトをする人もいるんだって。…ちょっと、声が大きいと聞こえちゃうかもよ。静かに…ヤンキーが気分悪くして飛び掛かってきたら困るでしょ」
俺は見ず知らずのやつにいきなり殴りかかるような頭の悪いガキとは違うっての。正義感に燃えて、悪を決めつけ阻害しようとする愚かなアンタらに…いきなり怒鳴り声をあげるような事するわけねぇだろ、頭悪いな。
「そうだね…おじいちゃんもタバコ吸わせろってよく飛び掛かってきたもんね、言うこと聞かないし、注意すると逆上してさあ」
「急に禁煙させられたからね。ストレスで怒りっぽくなるのも仕方ないかなとは思うけど、何回も隠れてタバコ吸ってもめて…アレはホント、タチが悪かったわ」
ふん、喫煙所を設けない行政に問題があるんだよ!追い込まれたじいさんの方が気の毒だと思うね!
吸える場所がないから吸えない場所で吸うようになるんだろうがよ。吸うなって言うから隠れて吸うようになるんだろうがよ。
吸いたいと願う奴らを追い込んで迫害して…何が楽しいってんだ、まったく。
「…吸ったら匂いでバレるのにね」
「バレて開き直るのが厄介だったんだよ、怒ると逆ギレしてあちこちに吸い殻捨てるし。見たでしょ、あの風呂場の惨状?ヤニ風呂になっててさ」
池のきわには、吸い殻が浮かんでいる。
……人の嗜好を一方的に否定して、タバコを、喫煙者を悪者扱いして排除をした結果がこの有様なのさ。
まあ……、肩身の狭い喫煙者なりの気遣いの結果だと俺は思うけどね…水のある所で吸ってんのは。
「大きな事件も事故も起こさず、タバコもやめず、晩年は苦労させられたけど、わりと満足できた人生ではあったよね、おじいちゃん」
「あの一本が命取りになるとはねぇ。やっぱりタバコの吸いすぎが寿命を縮めたんだよ。きっぱり禁煙できてたら孫の顔だって見れたのに」
タバコが吸える人生ってのは…いいもんなのさ。
非喫煙者にはわからないだろうがな。
タバコが吸えない人生ってのは…お先真っ暗なのさ。
喫煙者にとっては生き地獄ってね。
ジジイは孫なんかより、一本のタバコを選んだって事なのさ。
「…すん、くすん、ふ、ふぇええ……」
「あ、ミアちゃんが!おむつ?ミルクはまだだよね?」
「おむつは…まだ大丈夫みたい。なんで泣き出したのかな、さっきのタバコの匂い、気になっちゃったのかな?今は…くんくん、もう匂わないのに……」
「ア、アアアアア!」
「あ〜よし、よし……べろべろばー!」
……ガキの声ってのはホントに…耳に来るな。
タバコを吸うたびに泣いていた、ちいさな…こどもの、姿が……。
……くそっ。
「あっちの空気のキレイなところに行こうかねぇ、噴水もあるし」
「もう帰ろうよ、日向ぼっこもこれくらいでじゅうぶんだし。…そうだ!お団子でも買って行かない?みんなで食べよう!」
「ふふ、そうね!花見団子美味しいものね!」
「私はきんつばも食べたいな、パパには……」
……ふん、団子なんかで喜べて幸せな奴らだよ。
女子供はいいねえ、簡単に上機嫌になれてさあ!
……とっととあっちに行けってんだ。
苛つく気分を落ち着かせるべく…、タバコを深く吸って……。
ああ、もう……終わりだ。
煙を肺に溜め込んだまま、吸い殻を池に…投げ込む。
……ふぅ〜。
長く、ゆっくりと、息を……吐き出す。
ああ……、うまい煙だったよ、まったく。
……よっこらしょ、と。
立ち上がった、俺は。
煙と、ともに。
すぅッと………きえ……
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