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オレしかいない世界で、連続殺人事件を起こした犯人を…推理する!

 ……大きな洋館の中で、殺人事件が発生した。

 被害者は、介護職員の36歳の男性。
 背後から一突きされ、失血死した模様。

 仰向けで絶命している男の腹部には、長めの出刃包丁が血濡れで光っている。
 見開かれた眼は天井を睨みつけていて、口からは一筋の血が流れ落ちている。

「犯人は……この中にいる!」

 俺の言葉を聞いた容疑者たちが…、一斉にこちらを向いた。

 料理人、オレ!
 教師、オレ!
 無職、オレ!
 配達人、オレ!
 SE(システムエンジニア)、オレ!
 電気工事屋、オレ!
 サラリーマン、オレ!
 イラストレーター、オレ!
 社会人学生、オレ!
 奇抜な格好の、オレ!
 ギターを抱える、オレ!
 小説家、オレ!

 俺、オレ、俺、オレ……。
 見渡すかぎり、同じ顔!

 なぜかがたくさん集まった、謎の洋館の一室で…まさかの事件が発生してしまったのである!!

 訝しがる表情も同じ。
 空気を読まずに腹を鳴らすタイミングも同じ。
 おそらく空腹に耐えかねてテーブルの上に用意してあるご馳走をモリモリ食って腹が痛くなって、便所に駆け込むタイミングも同じに違いない。

 ただ一人、階段の下で苦悶の表情のまま硬直し始めている…オレ死体をのぞいて。

「…誰が犯人なんだよ」
「……それは、わからない。今から、全員のアリバイを調べないと」
「アリバイも何も、気が付いたらここにいたんだが…」
「そもそも、なんでこんな所にオレが集まってんだ?」
「…おそらく、多重世界の邂逅?」
「意外と出血がわざとらしいな…死んでるんだよね?」
「こんだけオレがいて医療従事者が一人もいないとかどうなってんだ」
「オレは一応看護系の学校に在学中ではあるけど、まだ入学したてだから知識はないぞ」
「言っとくけどオレはこんな出刃包丁なんざ使わないイタリアンシェフだからな?」
「その血濡れのサイゼソアの制服が怪しいんだよって…なんだ、ケチャップか」
「オレも死ぬときこういう顔するのかな、おお嫌だ、いやだ…」
「つか、言い出しっぺが一番あやしいってセオリーは?」

「俺は探偵やってんだよ!一番こういう場面に慣れてるからつい出ちまったの!!」

 俺がこの洋館にやってきたのは…およそ一時間前。

 ふかふかの絨毯が敷いてある客室のベッドの上で目を覚まし、これは一体どうした事かと腕時計を確認したから間違いない。尻ポケットのスマホを取り出したが電源が入らず、焦る気持ちを抑えながら部屋中を観察し…ドア以外に別の場所につながる箇所がない事を知ったのだ。

 職業柄か、謎を解き明かしたいという欲がうずうずと顔を出した俺は…偵察することを決め、ドアを開けた。

 部屋の中と同じ絨毯が敷き詰められている長い廊下の壁には同じようなドアがずらりと並んでおり、おそるおそる一歩踏み出したら…遠くにあるドアの1つが開いたのち、そっと閉じられた。

 なんだ、誰かいるのか…そんなことを思いながら部屋を出て慎重に長い廊下を進んでいくと、幅の広い階段があった。ミュージカルの舞台にでも出てきそうな階段だな、そんなことを思って近づくと、中ほどにある踊り場で座り込む人影を発見した。

 背中にギター、頭にテンガロンハット、ボディに袖を引きちぎったデニムシャツ、穴だらけの皮パンツに素足クロックス…どう見ても怪しい、自分にそっくりな顔の…おっさん。

 声をあげたくなる衝動を根性で抑え込み、気さくなオーラを放ちながら横に並ぶと…気怠そうに、何かを指差しながらつぶやいた。

「見覚えのある、しみったれた顔をしてるだろ?…死んでるんだぜ、信じられないだろ」

 どこかで聞いた事がありそうなセリフを、クセのある訛声(だみごえ)で平然と放つ様子に、若干ドン引きしつつ…こいつはおそらく自分と同じ魂を持つ存在なのだと、ピンときたのだ。おそらく、別の世界に生きる俺の姿なのだろうと…腑に落ちたというか。

 ベッドの上で目を覚ましたギター男は、無性に腹が減っていることに気付いて、部屋を飛び出したそうだ。食い物を求めて長い絨毯の上を移動中、うまそうなにおいを感じて階段を降り……死体があるのを発見したらしい。そして、むやみに近づいてはヤバいと判断して…誰かが来るのを待っていたとのこと。

 あらましを聞いていたら、やけにこざっぱりとしたオレが現れて、さらに汚い作業着のオレもやって来た。姿こそ微妙に違うが、しょせん同じ自分という事なのか、話はサクサクと進んで…謎だらけではあるものの、若干落ち着きを得ることができたのは幸いと言えよう。

 すべてのドアをノックして、とりあえず全員集めてみようという話にまとまり、部屋の中に閉じこもっていたオレたちを引きずり出し、お互い自己紹介のようなものをして…、現在さらなる状況を確認している真っ最中である。

 多少の知識の偏りはあるものの、基本同じ魂を持つ人物であるから、似たような頭脳と考え方をしていて、争う事もなく平和に考察が進むのがありがたい。……俺が喧嘩っ早い頑固者のおっさんではなく、柔軟な考えができる理性的な中年で良かったよ、まったく。

「…とりあえず飯食わね?」
「腹が減っては戦はできぬってね」
「毒とか入ってるんじゃねえの?」
「どうせ夢オチだよ、食っても大丈夫だろ」
「最近異世界転生とか流行ってるからなあ…でもこのパターンは聞いた事ないぞ」
「夢でもいいさ、オレ飯食ってねーんだよ、死んでもいいから食う!!」
「バイキングなんざ修学旅行以来だぜ…」
「オレは一応ライブの打ち上げでしょっちゅう食ってた時期があったけどな」
「言っとくけどオレは腹が裂けるまで食うからな?」
「和食の方が良かったな…なんで夢の中でまでイタリアンを食わなきゃいけないんだ…」
「まあまあ、美味そうなんだから食ってみればいいじゃん」
「つか、あっちに冷蔵庫とかあるんじゃね?でっかいキッチンがあるし」

「あ!!あそこにワインの樽があるじゃん!!オレのーもせ…」

 …ガションっ!!!!

「あーれーぇーーー!!!」

「「「「「?!」」」」」」」

 突如、絨毯に穴が開いて…イラストレーターの俺が…消えた。

「おいおい……マジかよ……」
「……もしかして、一人ずつ消えていく感じなのか?」
「やっぱ食ったらヤバいパターンじゃね?」
「とはいえ、最後の一人になるのも怖くね?」
「どうせじたばたしたところで、なるようにしかなんないんだよ」
「トンデモ展開とか流行んねえんだよ…このパターンはつまらんな…」
あいつオレどこ行っちゃったんだろう」
「ドッキリみたいでウケるな…笑ったら失礼かもしれんけどw」
「今どき『あーれーぇーーー!!!』はないな」
「言っとくけど、とっさに出る言葉ってのはこんなもんなんだからな?」
「で、結局この美味そうな飯は食っていいのかダメなのかどっちなんだ」

「ちょっと待て、俺に考えがある。毒が入っているかどうかを調べるには、最適の…」

 ずらりと並ぶ食卓の横にはでっかい水槽があって、優雅に魚が泳いでいる。
 ココに食べ物を入れて、毒があるか確認してから口に入れれば……、なんだ、料理人のオレがもうやってるじゃないか!

「アロワナもピンピンしてるし…匂いも…くん、くん……、味も…問題ないから大丈夫だろ」

 ねえ、こういうセリフって、普通探偵やってる俺の専売特許なんじゃないの……。

「…とりあえずくおーぜ!!」
「腹が減っては戦はできぬってね」
「毒も入ってないことが判明したしな!!」
「このミートボールパスタめっちゃうめー!!!」
「早っ!!!」
「見ろよ、落とし穴のところ、元に戻ってるぜ…モグ、もぐ…」
「ご都合主義にツッコむオレが一人もいないとかどうなってんだ」
「ツッコんだところで状況は変わらんだろ」
「座って食えねえのがちょっとなあ」
「大学の時の立食卒業パーティーみてーだな」
「オレ大学行ってねーんだよなあ…」

「このじゃがいものソテー、めっちゃうめ―!!止まらん、パク、パク、パ……ッ、うぐっ!!!」

 …バッターん!!!

「……ぐふっ」

「「「「「「?!」」」」」」

 突如、イモをのどに詰まらせて…電気工事屋の俺が…息絶えた。

「おいおい……マジかよ……」
「自爆は勘弁してくれよ」
「やっぱ食ったらヤバいパターンじゃね?」
「いや、気をつければ大丈夫だろ、もぐ、もぐ…」
「どうせ食わなかったところで、餓死するパターンなんだよ」
「食わなきゃ損ってね」
「まあ…くっとこうぜ」
「うわ、目が合っちゃった…あっち行こ…食欲失せるわ…」
「こっちに来れば机の影になるよ」
「すげえな、人ってのは結局食欲の生き物なんだな」

「まあ、俺たちは今腹が減ってるから仕方が…ウワァッ!!!」

 …ガッ、ドゴッ!ゴツッ!!パリンっ!!

「……がっ!!!」

「「「「「「?!」」」」」」

 突如、足を滑らせてバランスを崩したSEの俺が、後頭部を大理石製の花台の端にぶつけて…息絶えた。

「おいおい……マジかよ……」
「うわ、よりによってイカ墨パスタが飛び散って…シミになるぞ、これ」
「わりとエグイな…」
「何もないところで転ぶとか…やっぱ仕組まれてる?」
「いや、気をつければ大丈夫だろ、もぐ、もぐ…」
「どうせ気を付けたところで、絶命するパターンなんだよ」
「結局まな板の上の鯉か…」
「まあ、今さら一人で引きこもったところでどうにもならんわな」
「せめて腹ぐらい満たしておこう」

「お、そのボンゴレビアンコ、オレくいた……」

 …ガッしゃああああああああん!ぶちゅ!

「………」

「「「「「「?!」」」」」」

 突如、シャンデリアが落ちてきて、ギターを背負ったオレが…潰れた。

「おいおい……マジかよ……」
「うわ、ガラスの破片が!!!」
「大丈夫、メシは無事だ!!」
「かなりエグイな…」
「いや~、ド派手だったね、もぐ、もぐ…」
「どうせもっと派手なことになっていくんだぜ?」
「今のうちにくっとこ…」
「あ、オレもそのマンガ肉食いたい」

「わりと普通の味なんだな、もっとこうこってり…」

 …ヒュッ!!

「……っ、ふぅん」

「「「「「「?!」」」」」」

 突如、矢が飛んできて、小説家のオレが…息絶えた。

「おいおい……マジかよ……」
「うわ、泡吹いてる!!」
「これはやけにスタンダードな…」
「大丈夫、メシは無事だ!!」
「いや~、地味だったね、もぐ、もぐ…」
「どうせそのうちこの屋敷が火事になるんだろ?」
「今のうちにくっとこ…」

「オレはもう腹がいっぱ……」

 …ぎゃああああああおぅう!!

「って、は?!」

 ……ばくんっ!!!

「「「「「?!」」」」」

 突如、ドでかい怪物が現れて、料理人のオレが…食われた。

「おいおい……マジかよ……」
「うわ、消えた!!!」
「登場も退場も唐突過ぎて引くぜ…」
「いや~、おいしく食べてもらってアイツも料理人冥利に尽きるってね、もぐ、もぐ…」
「あいつは作る方であって、食べられることは想定してないだろ…」
「オレはどうなっちゃうんだろう…」

「ま、心配しても始まんねぇわ…」

 …ふふ…うふふふ…あは、あはは……!!!

「へ?」

「「「「?!」」」」

 突如、素っ裸のお姉ちゃんが出てきて、教師のオレが…連れ去られた。

「おいおい……マジかよ……」
「なんかめっちゃうらやまなんだけど!!!」
「いや~、オレは色気より食い気だな、もぐ、もぐ…」
「……ウッ」
「もう何が来ても驚かんぞ」

「つか、もうそろそろネタ切れだろ…」

 …ひんよよひんよよひんよよ…ぺぺろぺー!!

「ふへっ?ふ、ふわっ?!」

「「「?!」」」

 突如、小さなUFOが現れて、無職のオレを光の中に取り込んで…消えた。

「おいおい……マジかよ……」
「3Dが平面的に縮小するとこなんか初めて見た…」
「きゃとるみゅーてぃんぐ?だっけ?」
「へぇ、UFOってホントにカップ焼きそばっぽい見た目なんだなあ」

「いや~、宇宙船って小さいんだね、もぐ、も…」

 …ジュッ!!

「………」

「「?!」」

 突如、小さな炎?が立ち上って、奇抜な格好をしたオレが…燃え尽きた。

「おいおい……マジかよ……」
「うわ、もしかして自然発火現象?!」
「どこも焦げてはいないか…」

「わりと燃えてるのにニオイが残らないもんなん…」

 …パンッ!!

「ぴゅぺちゅ!!!」

「「?!」」

 突如、大きな手が二本現れて、社会人学生の俺を叩き潰して…消えた。

「おいおい……マジかよ……」
「最大級にグロい奴じゃん…」

「でもつぶした跡を見せられてないからまだまs……」

 …ひょいッ!!

「うっ…わぁああああアアアアアアア!!!」

「?!」

 突如、大きな釣り針が現れて、サラリーマンの俺を…釣り上げた。

「おいおい……マジかよ……」

「やべ、ついにオレとオマエの二人きりに…」

 …きゅッ、きゅッ。

「へ…?」

 ?!

 突如、大きな消しゴムが現れて、配達人の俺を…消してしまった。

「おいおい……マジかよ……」

 俺以外、全員…消えてしまった。

 ここには俺しかいない。
 もう、俺一人しか残っていないのだ。

 ………。

 なんだ?これは。
 なんなんだ?これは。

 一体全体、なんなんだよっ!
 一体全体、誰が何のために?!
 一体全体、どこのどいつが!!

 ……俺も、消えるのか?

 誰に消されるんだ!!
 誰が消しに来るんだ!!

 黙って消されるのを待つしかないのか?
 何とかして脱出する方法はないのか?

 待てよ…、ここには俺しかいなかった。

 という事は、おそらく犯人も俺であるはず。
 という事は…、どこかに隠れて、このありえない状況をニラニラと見ている俺がどこかに!!!

 そいつを、見つけ出して締め上げる事ができれば…あるいは!!!

「頭悪いなあ、全員同一人物なんだから、犯人は別人に決まってるじゃん。
 こういうとこだよ、がパッとしない理由はさ。
 自分の中に犯人を見つけようとするその常識が一番の敵なんだっての…わかる?」

 ……誰だ?

「あーあ、せっかくの主人公候補だったけど…なしだな。」

 とぼけたセリフのくせに、怒りが、滲み出ている。

「やっぱありふれた年代のおっさんじゃあつまんねーな。うだうだとごねるばかりで全然話が盛り上がらないし。ったく…、気の利いたセリフの一つもでね〜のかよ。」

 憎々しげに聞こえてくる声の出所が…つかめない。

「最初に飛び出した見込みのあるやつは簡単に刺されるような鈍臭さだし…、どいつもこいつもその辺に転がってるモブ以下のありふれた反応しかしてくんねーし。諦めを備えちまった世代ってのは…マジ見どころが創造できねぇのなァ…」

 何か言わねば、何か言ってやりたい、何か言っておかねば、何か言わせてもらわなけれな気が済まない、何か言いたい気持ちがのあたりで滞って、言葉にならない。

「ハッ、こんなに追い込んでも何も言えねえなんてマジでクズだな。やっぱ、何も知らない無謀な若者を主人公にしないとだめか……、最初から練り直しだ」

 煤けた、オヤジが…、手をのばし。

 ……くしゃっ

 俺は、背景とともに、丸められて。

 カサッ……

 ……………。

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たかさば
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