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土地の記憶


子供の頃よく行っていた駄菓子屋が、二軒あった。

一軒は、自宅から歩いて二分の位置にある、お菓子屋さん。

信号が青ならば二分で行けるが、赤なら五分くらいかかることもある。入り口横には正統派のジュースの自動販売機があって、新発売の飲料はいつもここで買っていた。元々和菓子屋さんをしていたようで、店内奥のショーケースの中には時折おはぎやどら焼きが並ぶこともあった。
店の中には、市販されている10円から50円のお菓子がたくさん並んでいた。100円を超えるお菓子はあまり売っていなかったように思うが、自分が買えないお菓子だったために覚えていないだけで実際は並んでいたのかも、知れない。
私のお小遣いは月に500円だったから、高いものを買ってしまうとすぐになくなってしまう。お小遣い帳を付け、三日に一度の割合で50円くらい、買っていた。アイスクリームのケースが置いてあり、夏には30円のソーダアイスとガム二つを買う事が多かった。

この、一番近いお菓子屋さんは、ずいぶんきれいで、真面目なお菓子屋さんだった。
子どもが店の中に入ると優しそうなおばあちゃんが出てきて、茶色い紙袋を片手にお会計コーナーのトレイの前に立ってくれるのだ。買いたいものをトレイの上に出すと、ひとつづつ値段を読みあげて、紙袋の中に入れつつ計算してくれる。お金を渡すと、紙袋の口をたたんで渡してくれて、玄関先までお見送りしてくれるという、行き届いたサービス。

そんな、出来過ぎたお店しか知らなかった私がやさぐれた駄菓子屋に出会ったのは、そろばんに通い始めたころの事だ。仲良しに誘われて、タバコ屋という名前の駄菓子屋に行くことになったのである。

自宅とは反対方向にある、行ったことの無い場所にある、小さな駄菓子屋。
子どもたちがたくさんいて、店の奥にはタバコを吸いながら上がり框に腰かけているおばさんがいた。足元にはたばこの吸い殻がたくさん落ちていて、だからタバコ屋というのかと子供心に腑に落ちた。

店の入り口には怪しげなガチャガチャがたくさんあった。
500円が当たるガチャガチャは、20円だった。男子がやけにやっていたイメージがあるが、当たったという人を見たことがない。

店の中には怪しげなくじがたくさんあった。
ライフル銃が当たるくじは一回30円だった。男子がいつもやっていたが、大抵かんしゃく玉一個が当たってばかりだった。

店の棚には怪しげな駄菓子がたくさんあった。
裸商品のものが割と多く置いてあった。
大袋に入っているあられは、水ようかんのカップ一杯で10円だった。
白い粉に塗れた細長い飴は、自分でつまんで選ぶシステムで、ひとつ10円だった。
砂糖だらけのぺしゃんこのカステラも、自分でつまんで選ぶシステムで、ひとつ10円だった。

まさに駄菓子という感じの品揃えが多く、ばったもんイラストが描かれたチープなくじ付きのものや、しけっているせんべい、原材料に何を使っているのかわからないような派手な色のものなどがずらりと並んでいた。スーパーに並んでいるような、きちんとした箱入り菓子や大きな袋菓子は置いていなかった。高い物でも50円くらいだったと思う。10円のものが多かった。

店内入口には、無造作に駄菓子の空き箱が積んであり、そこに買いたいものを入れておばさんに差し出すと、計算をしながら新聞紙を貼り合わせて作った袋に入れてくれる。裸商品は当然手づかみで袋の中に入れられる。お金をもらった手で、タバコを吸った手で、何のためらいもなく無造作につまみあげられるのだ。

買い物が終わると、子供たちにはひと仕事が待っている。お金と袋を交換した後、空になった箱を入り口に戻さなければならないのだ。…そう、厚紙でできた駄菓子の箱は、何度も使いまわされるのである。きな粉棒の入っていた箱をうっかり手に取ってしまうと、きなこくさい駄菓子を買う羽目になるので、注意が必要だった。

このアウトローな駄菓子屋は、実に子供たちの人気をかっさらっていたが、大人たちからは相当敬遠されていた。もうあの店で買うのはやめなさい、あの店に行っちゃダメ…子どもというのは、ダメと言われるほどに、行きたくなってしまうのだ。親御さんたちの願いは届かず、隠れて通う子供たちが続出していた。

また、真面目な子供たちからも、わりと敬遠されていた。
・・・おばさんが、真面目な子供たちを嫌っていたからである。

遠足のある月はいつも、10円のものばかり置いてあるこの店は非常に繁盛していた。遠足のおやつを買うのであれば、単価が安いものがたくさんある店に行きたいとみんな考えていた。

・・・おそらく、おばさんは、非常にめんどくさかったのだ。かき入れ時ではあるけれど、いちいちいろいろと聞いてくる、普段この店に来ない、真面目な子供たちの、うっとおしさ。

「すみません、これはいくらですか。」

「それは10円!裸のはほとんど10円だからいちいち聞くな!!」

まさかの逆切れに、真面目な子供たちは震え上がった。だが、10円のものがあふれるこの店で買えば、200円分…すなわち20個のお菓子を遠足に持ち込める。・・・恐ろしさと物欲を天秤にかけた、真面目な子供たち。

「ねえねえ、これいくらか知ってる?」

「これは10円で、これは二つで10円、これはひとすくい10円なんだよ。」

おばさんに聞くから恐ろしい思いをするのだ、ならば別の人に聞けばいいじゃないか。そう思ったのかどうかはわからないが。週に三回通っていたそろばん帰りにいつもタバコ屋に寄っていた私は、だいたいのお菓子の値段を知っていて…真面目な子供たちのナビゲーターを勤めるように、なった。

私はなぜだかおばさんに気に入られていたようだ。

月、水、金と、足しげく通い、黙って汚れた箱に買いたいものを入れ、黙ってお金を払って帰っていたからかもしれない。月曜に10円のカップあられと粉まみれの飴一本、棒たら一本を買い。水曜にストローに入った寒天ゼリーを一本と大きな飴玉1個とガムのくじをやり。金曜にヨーグルと粉のラムネと棒ジュースを買い。

買うものを入れる箱が汚いと文句を言う女子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。
ガチャガチャが当たらないと文句を垂れる男子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。
これかびてませんかと細かいことをぬかす女子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。
大きなドーナツを選ぼうと箱の中をあさる男子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。
どうしてくじであたりが出ないのと質問する女子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。
小さなカップに山盛りにあられを盛ろうとする男子に比べたら、うっとおしくなかったのかもしれない。

「いつもありがとねー!これカビてるからあげるわ!」

時折、おばさんはカビの生えたカステラを、おまけしてくれたのだった。

「・・・すみません。」

私はいつもおまけしてもらって悪いなあと思っていたのだ。おまけしてくれたから、通い続けないといけないなあと、変に義理堅く感じてしまっていたのだ。

小学三年生から六年生までの三年間、実に律義にタバコ屋に通い続けた。たまに行かない日もあったから、はっきりと金額は出せないが…およそ15000円ほど、使ったことになるだろうか。

・・・週に三回、一回30円使った私でこの金額だ。ガチャガチャに入れ込んでいた男子はいったいどれほどタバコ屋につぎ込んだのだろうか。くじ引きで一等が当たるまで買い続けていた男子は、いったいどれほどタバコ屋につぎ込んだのだろうか。

私がタバコ屋に行かなくなって二年ほどたったある日、友達の弟が耳寄り情報をくれた。

「タバコ屋建て替えたんだよ!弁当とか売り始めた!」

久しぶりにタバコ屋に行ってみると、薄汚れたタバコくさい建物はなくなっており、明るくてきれいなお店ができていた。調理パンやお弁当、野菜や果物が多く並び、横に少しだけ駄菓子が置いてある。怪しげなガチャガチャはすべて撤去され、店内にくじ引きはひとつも置いてなかった。

「いらっしゃませー、・・・あれ、久しぶり!良かったら、お弁当買ってってね!」

タバコ屋の、お姉ちゃんだった。

おばさんの娘さんだと、思われるのだが、いまいち…はっきり、しない。お姉ちゃんはたまにタバコ屋の上がりかまちに座っていた人だ。機嫌の悪いおばさんではなく、ぼんやりしているお姉ちゃんが店先にいるときは、ずいぶん子供たちもほっとしたものだった。割と男子が、お姉ちゃんのことを慕っていたようにも、思う。お姉ちゃんはあられをカップに大盛りにしても怒らなかったし、好きなだけ大きなカステラを選ばせてくれたからである。

100円しか持っていなかった私は、お弁当を買うことはできず、駄菓子コーナーにあるコーンスナックを三本だけ買おうとレジに向かった。

「これ、よかったらおうちの人に渡してね!」

通信販売の…パンフレット?中を見ると、ゼロの桁の多い商品がずらりと並んでいる。…こんなものを家族に見せたら、怒られるに決まっている。

「はい。」

返事をしたものの、私は家族に見せるつもりは毛頭ない。帰り道にあったコンビニのごみ箱に不用品を突っ込んでから、家に帰った。

お弁当屋はそれなりに繁盛していたらしい。タバコ屋は週に二回開かれる青空市のすぐ横にあったので、集客状況がすこぶる良かったのだ。後日、青空市が日曜日に開かれたときに立ち寄ったら、ずいぶん店内が混みあっていて、中に入ることができなかった。外から中の様子を伺うと、あの恐ろしいおばさんはおらず、ぼんやりしていたお姉ちゃんが輝くような笑顔を振りまいて生き生きと働いているのが、見えた。

私が高校生になった頃、家からほど近いお菓子屋さんが閉店した。ジュースの自動販売機も撤去してしまい、ただの一軒家になってしまった。お店のおばあちゃんが老人ホームに入った為、お店をたたむことになったと、聞いた。少し離れたところにできたコンビニの影響もあったのかもしれないが、元々、ずいぶん売り上げが落ちていて、閉店は遅かれ早かれする予定だったそうだ。

お菓子屋さんの建物が解体され、更地になり、建売住宅の建築が始まった頃、近所で比較的大きな火事があった。煙が我が家の方まで飛んできて、火が燃え移っては大変だと避難をしようと外に出ると…火元は割と遠くのようだった。どこにも、火そのものは見えなかったのである。

「ちょっと見てきて!」

祖母の一言で、火の出どころを確認するために出向くことになった。土曜の夕方、もうもうと曇る煙を見上げて、火元へと向かう。

「青空市のとこらしいよ。」

やじ馬たちが道のあちこちにいて、いろいろと話をしているのが聞こえてきた。たまたま、バイト先によく来るおじさんがいたので詳しい話を聞いてみると。

「タバコ屋が燃えてるんだよ。あそこは管理が悪かったからね、いつかこうなると思ってたんだ…。」

燃えていたのは、あのタバコ屋だったのだ。

「火はタバコの不始末だと思うけど、燃えたのはおそらく積みっぱなしの段ボールか、チラシか…廃油かもしれんなあ。」

「あそこはなあ…娘が頑張ってたけど、親がなあ…。」

「いや、娘も大概ひどかった、ぼんやりしてるからこんなことになるんだろ。」

火は燃え広がることはなかったが、建物が全焼した。翌日の新聞には軽症者三名とあったので、おそらくおばさんもお姉ちゃんも無事だったと思われるが、タバコ屋跡地は割とすぐに更地になり、その行方は分からなくなった。

後々いろんな声が聞こえてきて判明したのだが、あのタバコ屋はいろいろとあくどいことをやっていたらしい。駄菓子屋の時は子供相手に狡賢いことをし、弁当屋の時は年寄り相手に狡賢いことをしていた模様だった。よくわからない怪しげなチラシに引火してすべて燃えてしまったというのだから、証拠隠滅テクニックが凄まじいともっぱらの噂であった。

あれから何年も立つが、タバコ屋の跡地は未だに更地のままだ。

お菓子屋の跡地に建った住宅は即売れて、数年前にリフォームされてピカピカになった。

とある、田舎の町に…子供向けのお菓子屋さんが、二軒、あった。

どちらも、今はもうない、お店。

・・・存在、していないというのに。

「昔ここでおばあちゃんがお菓子屋さんやっててね…」
「優しいおばあちゃんだったね、信号変わるまで一緒に待っててくれて。」

「昔ここらへんに悪い店があってねえ…。」
「全部燃えて消えちゃったの!」
「悪い事はできないもんだねえ、縁起の悪い事…。」

人の声は、噂は…いまだ健在、らしい。

あとどれくらいで、土地で起きたことを知る人がいなくなるのか。
あとどれくらいで、土地で起きた出来事を伝える人がいなくなるのか。

…そういえば、あの頃買っていたお菓子も、ずいぶん無くなってしまったな。

タバコ屋で買っていた怪しい駄菓子は、今、ほとんど見かけることがない。
お菓子屋で買っていた個包装の商品だって、ずいぶん数が減ってしまった。

昔一本10円で買っていた帆たらを量販店で発見した私は・・・ついつい、昔の記憶に飲まれてしまったのだな。どうもこう、年を取ると、過去の出来事を思い出して…どっぷりと浸ってしまうと言いますか。
お菓子コーナーの片隅で、大きなケースを持ったままトリップとか…うん、迷惑だなって、客はいないようだ、まあいっか。

…へえ、ワンポット100本入りで780円か、これ一つ売って220円の利益、ね。
…ガチャガチャ、いくつくらい入っていたんだろう、100個売ったら1個20円だから2000円か、割と世知辛いな。

…そうだなあ、お持ち帰りの袋なんか買ってたら大赤字だろうな、新聞で袋も作るわな、むしろお菓子屋のおばあちゃんの茶色い袋は相当赤字だったんじゃないのか。

私は帆たらを何のためらいもなく買い物かごの中に入れた。

100本入りだから、100日間は、食べられるな、そう、思っていたけれど。

一本食べたら、二本目、三本目、四本目と…手が伸び。
わずか三日で、ポットは空になった。

幼い日の自分の慎ましさに、改めて驚愕しつつ…私は空になったポットを、ごみ箱に、捨てたのだった。


今は量販店で駄菓子が色々買えるから便利!!!

ぼちぼち近隣に駄菓子の問屋があるので、お気に入りの駄菓子を良く買いに行きます。が、なかなか品切れが多くて泣ける…。
ネットで買う事もありますが、最近は廃版とか多くて泣ける…。フラワートップ、ピースラムネ、寒天菓子、おとくでっせラムネ、はだかドーナツ…あうう……。

ま、無いものを嘆きつつ、今あるものを購入してはモグモグしてますけどね!!好きなもんはあるうちに食っておくべし!!!


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