ぽい車
娘が車を買った。
就職して半年、マイカーローンが通ったのである!
選んだ車は、今わりと人気の車種。若い女性が好んで乗る車というよりも、どちらかというとファミリーカーに属する、ずんぐりむっくりしたスタイルのモノだ。
なんというか……、非常に、娘っぽい、車である。
器がでかいというか、お洒落というより機能性というか、スタイリッシュというよりも田舎っぽいというか、スピーディーというよりものんびりというか、尖っているというよりもまろいというか……。
色も平和でほのぼのとした水色で、実にこう、娘が乗りそうという、しっくり感がある。
こういう子は、こういう車に乗るんだろうな、そういうイメージをばっちり体現しているとでも言えばよろしいか。車が、娘を乗せることを前提として組み上げられたオーラを放っているというか。
ディーラーで初めて対面した時に、
『どうもどうも、ぼく娘さんの車です、えっへん!』
という自己紹介を確かに聞いたのだ。
「わーい!!あたしめっちゃ車乗るんだ!!!」
旦那に似てフットワークの軽い娘は、納車されて間もないというのに休みの計画をみっちり立てて、やけに活動的だ。
すごいなあ、私なんか納車してしばらくは運転が怖くてさあ、全然乗りたくなかったのに。ああ、これが若さという事か……。
最初の休みはお気に入りの公園へ出かけた。次の休みはケーキバイキングへ、次の休みはサービスエリアへ、次の休みは友達と温泉へ、次の休みは動物園だし、その次の休みは友達とドライブへ―――!!!
なんというパリピ!なんというリア充!ちょっと待て、そんなに君は資金的に余裕はあるんですか!
「車に何乗せようかな!お母さんは熊だから、あたしは猫乗せたいな、後ろに何置こうかな、やっぱり猫だよね、うーん、リアル猫のぬいぐるみほしいな、ネットで買おうか、でもリュック事件みたいにおかしな品物送られてくるかもしれないし、直接見て買いたいな、ねえどっかにいいお店知らない?後部座席が寂しくてさあ、なんかヤなんだよね!」
「君ちょっとは落ち着いたらどうなのさ。ぬいぐるみなんてこれからいつでも買えるじゃん。行く先々でいろいろ見て、しっくりくるものをお迎えすれば!」
普段暴走しがちな私を止める立場に落ち着いている娘が、信じられないくらい勢いづいている。なんだ珍しいな、これはよく観察しておきたい。
ふぅむ、口数が多くなり、身振り手振りがやけにアメリカンで、表情はややわざとらしい雰囲気で、声のトーンがいくぶん高くてピッチが早く……。
「そうだね!じゃあ早速買い物に行ってくるわ!!」
「僕も行きたい。」
姉弟で仲良く出かけた娘を見送り、私は一人でのんびり、ソファで転寝など。
娘が車に乗るようになると、買い物も自分で行ってくれるようになるし、楽にはなるけど…どこそこ寂しさも感じる。
送り迎えの時間というのは、なんというか、自分の特権?みたいなものがあってですね。まだまだ私がいなきゃだめだなあという、庇護欲を掻き立てるというかさ。頼りにされているという充足感というのかなあ……。
もう、一人で動ける年齢になったのだなあ。
移動するとき、抱っこをしていた時代を思い出す。
移動するとき、手を繋いで歩いた時代を思い出す。
移動するとき、自転車の後ろに乗せていた時代を思い出す。
移動するとき、自転車で並んで走っていた時代を思い出す。
移動するとき、電車で並んで座っていた時代を思い出す。
……子供は育つものなのだ。
そうだなあ、もう二十年も経ったんだもんなあ。時というのは、本当に早く流れていく……。
私がいなくても、困らないくらい、娘は大きくなった。まだ弟がいるけど、きっと独り立ちはあっという間なんだろうな。
高まる娘のテンションとは裏腹に、自分のテンションは下がる一方だ。
……、いかんなあ、こういう場面に対峙したらハイテンションに努めようと決めていたのに。
よーし、うまいもんでも作って、テンションあげるか!
娘と息子が帰って来るまでに、シチューでも作っておこうかな♪よーし、パンも久しぶりに焼くか♥️
勢いよく冷蔵庫を開けた私は!
昨日買っておいた牛乳も、たくさん残っていたバターも、今日食べるつもりで冷やしておいたミカン缶ゼリーもミルク寒天もティラミスも見当たらない事に気がつき!ちょっとまて、ベーコンも鶏ハムも無いぞ、誰だ無許可で食ったやつは!
ああもう、この家の住民はどいつもこいつも人の作っておいたもの買い込んでおいたものを勝手に、勝手にー!
テンションが上がるどころか、怒り心頭になり!
ずいぶん血圧が上がってしまったという、お話ですよ!
ぽてっとした車はかわいい。