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カラスの行水


ずいぶん暖かくなってきた。
薄手のニットを着て玄関掃除をしていたら、汗が噴き出してきて…止まらない。

…のど渇いたな、ちょっと休憩するか。

旦那がまーた仕事道具を置きっ放しにしたもんだからさ、朝からその片付けに時間を取られて!!!
仕分けしたら玄関がいっぱいになっちゃって動けなくなっちゃって!!!
今日こそ長距離ウォーキングに行こうと思ってたのに!!!

私はプンプンしながら庭に回って、ウッドデッキからキッチンに入ろうと…ん?

ウッドデッキの横にある蛇口のあたりに…何か、違和感が…。

何だろう、視線を感じる??
あたりを、きょろきょろと、見まわす。

・・・うん?
なんか、動いた、ような…。

「げえ!!なんだあんたは!!」

うちの庭の蛇口はですね、小さな池のすぐ横にありましてですね。
小さな池には、微生物や蛙の皆さんが生息しておりましてですね。
近くには水受けとして、でっかい金盥が置きっ放しになっておりましてですね。

その、金盥の中に、か、カラスが…行水、…いや、これは、入浴?!
ドでかいカラスが、先日の大雨で溜まっていた金盥の水に…浸かっとるがな!!!

…ねえ、カラスってさ、こんな風に水に浸かるの?!

時折目を閉じて…なに、このいい湯だな感。
くそう、白い瞼が微妙に怖いぞ…。

…ケガしてるとかじゃないよね。
…このままにしといたほうがいいよね。
…いきなり威嚇してきたりしないよね。

騒ぎになるとめんどくさそうだ。

私は見て見ぬふりをし、キッチンに向かった。

冷たいお茶で一息ついた私は、ついつい旦那の隠しアイスを二つもちょうだいしてしまってですね。
うん、些かカロリーオーバーだな、エネルギー消費に行かねばなるまい。

片付いたとはいえモノがあふれている玄関を乗り越え、いつもより遅い時間帯のウォーキングに出かけることにした。

住宅街の庭先に、桜が咲き始めている。来週あたりには、公園の桜も見ごろになるかな?今年は桜まつりやるかなあ…。そんなことを考えながら、ぼてぼてと道を行く。

角の山藤さんの家の庭に、大ぶりな桜の花が咲いているのが見えた。葉っぱがないのに、花がたくさんついていて…なんだろう、桜っぽいけど、違うような気も?

「あら!こんにちは!!ふふ、奇麗でしょう、これね、アーモンドの木なの!」

まじまじと花を見ていたら、奥さんが生け垣の向こう側から顔を出した。

「こんにちは、桜みたいだなって思ってたんだよ、アーモンド?なんか大きくて堂々とした花だね、きれい…。」
「桜の親戚なんだって、桃みたいな実がついてね、その種がアーモンドになるの。」

「へえ~、そうなんだ。」

今日は資源ごみの日だから、段ボールを捨てに行くところらしい。段ボールの箱と牛乳パックの袋を抱える、その手には…包帯が巻かれている。

「何、どうしたの、怪我?」
「それがさあ、聞いてよ!!ひどい目に合って!!!…あ、ありがとう!」

山藤さんの手から段ボールをもらい受けて、一緒にゴミ捨て場に向かう事にする。

「いっつもうちの庭に来てたカラスがさ!!!まーたイチゴ狙ってたもんだから!!!追い払おうとしたら攻撃してくるじゃないの、思わず羽根掴んで押さえつけてやったら、くちばしでつつかれちゃって!!!」
「え、何、カラスと戦ったの?!」

町内会でかなり攻撃的な発言をする人だとは思っていたけど、実際にもかなり攻撃できるタイプの人だったのか。よし、今後は絶対に怒らせないようにしよう。

「あたし山育ちだもん!カラスなんてへぼよ、へぼ!!!人間の恐ろしさ叩きこんだらもう二度とこなくなるはずなんだけどさ、いやあ、逃げられたわ…。」
「ちょ、カラスは叩きのめしたらだめなんだよ?!罰金取られちゃうよ?!追い払うだけにとどめとかないと!!」

「え、そうなの?」

のんきな返事をしているけど、カラスは鳥獣保護法に守られている、まあ、弱者的な存在だったはず。免許持ってないとやっつけることはできないんだよ、確か。下手にコテンパンにしてしまうと大変なことになってしまうのだ、多分。

「じゃあ、散らばってる羽根とか、片づけた方がいいかな?見せしめになると思って置きっ放しにしてるんだけど。警察に見つかったら怒られちゃう?」
「羽根ぐらいなら、まあ…。」

ゴミを出して、お庭をのぞくと…たしかに黒い羽根がいくつか散らばっている。ああ、手作りのイチゴのビニールハウス?の一部が破られてて、ひどいことになってる。これは気の毒だ。

「ようやく小さな実ができてたのに!!今日は一日ビニールの補修で終わっちゃうわよ!!も~、毒イチゴでも植えてやろうかしらん…。」

毒イチゴなんかあるのかね…ああ、へびいちごの事かな?昔はよく野原で見かけたけど、最近見た事ないな、あれって確か無毒だったと思うんだけどな…。

「間違って食べちゃったらヤバいでしょ!」
「ああ、確かに!!あはははは!!!」

豪快な笑い声が響く中、せっかくなのでアーモンドの花の写真を一枚取らせていただいてから、ウォーキングの続きなど。

いつも行く公園が、なんとなくほのかにピンク色になっている。
この時期は本当に目が豊かになるというか、見ていてワクワクするというか。これからどんどんきれいな色がついて、緑が混じり、青々と葉を茂らせてゆくのだなあ、うん。
自然ばんざい、春ばんざい!

「いらっしゃいませー、花見団子あるよー!」

公園内にある広場に、移動販売車が何台か並んでいた。
この時期は毎年移動販売車がやってくるのだ!

花見団子に炊き込みご飯、桜餅に…ぼたもち?和菓子屋さんかな、よーし、全部買っちゃお!
たこ焼きが四種類か、激辛は食べられないからソースとしょうゆと明太味かっちゃお。
ムム、あれはレモネード、買っておかねばなるまいて。

・・・おかしいな、なんで私は両手にいっぱい荷物を抱えているのか。
摂取したカロリーを消費するために町に出たはずだというのに、なんてこった。

レモネードを飲み飲み、荷物を下げ下げ、家に帰ると…うわ、まだあのカラスが水の中に!!!

…あれから30分もの間、ずっと浸かっていたというのか。
いくら何でも浸かりすぎだ、ふやけてんじゃないの…。

心配になって、庭の外側から思わずまじまじと、見つめると。

ごがー、ごげー!!
ぎゃああああ!!!

ちょ!!
なにごと?!

空からけたたましいカラスの鳴き声が!!!

ばばっしゃ!!
ばしゃ、ばしゃ!!!

盥の中で凛々しく立ち上がって、ド派手に水を弾き飛ばしながら、羽ばたく、カラス!!!盥からカラスが出ると、空から飛来したカラスが…入っていく!!!

ちょ、順番待ち?!

うちの盥は…カラスの風呂かっ!!!

また長いこと浸かっていくのかなと思いきや、あっという間にカラスは水浴びを終え、二羽揃って飛んで行ってしまったではありませんか。
そうそう、元来、これがカラスの行水というものの正しい在り方であってだね。

・・・さっきのカラスは変わり者?
いやいや、同じカラスがずっと入っていたとは限らない、奴らの顔など、識者でもない私に見分けることなど不可能だ。

入れ替わり立ち代わりで入りに来ている?
・・・もしやうちの庭の金盥が、カラス界で行水スポットとしてバズってたり?

下手に人気が出て、ただでさえ荒れ果てている庭がさらにめちゃくちゃになったら困る!!

金盥の水をあけて、ひっくり返しておこう。
客のいないうちに行水屋を強制閉店すると決め、盥の元へと急ぐ。

盥の中には、カラスの羽根が三本浮いている。
…意外とでかいな。記念に取っておこうか、いやいや、バッチいかも知らないし…。

そのまま、ウッドデッキの下あたりにザバと水をあける。

土の上に、羽が、三本。
山藤さんの庭で見た、散らばる羽根を、思い出した。

・・・、もしかして、山藤さんとこでイチゴ強奪してたカラスだったのでは?
人間に捕獲されかかって、人間臭がついちゃったから風呂に入ってにおいを落としていたとは考えられないかしら。・・・考えすぎか。

がー、がー、がげー!!!

盥をウッドデッキの階段に立てかけたら、またまた空の方向からカラスの鳴き声が聞こえてきた。

何を言っているのかはさっぱりわからないが、ここにはもうカラスの浸かるような水はございませんの事よ!!

玄関の鍵を開け、荷物を乗り越えキッチンに向かい、買ってきたたこ焼きその他もろもろを広げ、おうち花見(ただし花は動画)を一人で楽しむ私の耳には。

があ!
があ!!
かー!!!

やけに、カラスの鳴き声がね、聞こえてきましてですね。

シャー!
ふー!!
に゛ゃああああ!!!!

家の中から、勇敢な猫の皆さんがいろいろとがんばってくれたおかげか、昼過ぎには、静かな日常を取り戻すことが出来たわけですが。

「しまった、た、食べ過ぎた…。」

調子に乗ってさんざん食べまくった私は、珍しく寝込む羽目になってしまったという事です…。


近くで見ると、カラスってわりとかなりでっかいよね…。

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たかさば
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