洗濯ばさみは、ただ、実直に。
俺は、誇り高き戦士。
重大な任務を任され、この世界に降り立った。
俺の使命。
それは、洗濯物を、力の限り、挟み込む事。
俺は、誇り高き、洗濯ばさみである。
俺は、誇り高き、洗濯ばさみであるというのに。
俺は…なぜ、今、肉を挟んでいるんだ。
俺は…なぜ、いつも、肉を挟んでいるんだ。
俺は…確かに、洗濯物を挟むために、この世に堂々降臨したというのに。
ぬれた服を挟ませてくれ。
ぬれたタオルを挟ませてくれ。
石鹸の香る、湿った何かを挟ませてくれ。
湿った布地が乾いてゆくさまを…味わいたいと願っているのに。
なぜ俺は、脂ぎった皮膚を挟んでいるのか。
なぜ俺は、脂ぎった男の皮膚を挟んで痛みを与えているのか。
なぜ俺は、脂ぎった男の皮膚を挟んで痛みを与え、叫び声をあげさせているのか。
…おかしなことだ、俺の洗濯ばさみとしての使命が、まったくもって無視されている。
…おかしなことだ、俺の洗濯ばさみという名前が、まったくもって穢されている。
俺は忌々しい脂まみれの皮膚を挟みながら、この屈辱に耐えているのだ。
この許しがたい侮辱…。
男の脂が、俺の渾身の挟みを…邪魔しやがる。
男の脂が…俺の足場をぬるりぬるりと…揺さぶりやがる。
挟む肉が、どんどん俺の挟み込みから逃げ出してゆく。
挟む肉が減るたびに、俺の挟み込みが…男の肉をより刺激的に抓りあげてゆく。
脂は、洗濯ばさみとは、相性が悪いのだ。
そもそも、石鹸で洗い上がった布地に…脂など存在しない。
脂を落としきり、清潔になった布地を日光と風の力で乾燥する際に、洗い上がった布地が飛んでいかぬよう、きっちり挟み込むという重要任務を課せられて…俺はこの世界に生まれたのだ。
それなのに、なぜ。
…初出動へのあこがれを胸に、意気揚々と家庭用品売り場に並んだというのに。
…整列する場所を誤ったのだ、俺は。
…おかしな男に買われたのが、運の尽きだったのだ。
ああ…踏ん張りが、利かなくなってくる。
憎たらしい、顔の脂が、俺の挟み込む力をどんどん逃がしていく。
男の悲鳴が…ひときわ大きくなり…俺は大きく揺れる脂にまみれた皮膚から弾き飛ばされた。
勢いよく床に落ちた俺は、その衝撃で解体されてしまった。
無残に飛び出した、俺の一番重要な、洗濯ばさみの能力の要である…力強い金具が、遠くに転がって行った。
ああ、俺は無惨にも…本懐を遂げることなく、この世から消えるというのか。
ああ、俺の存在した意味、宿命、…なんと哀れで儚い事か。
次は総アルミ製の、直射日光にも負けない強いボディで…この世に君臨したいものだ。
次は総アルミ製の、人の寿命に負けない息の長い存在感を…見せ付けたいものだ。
脂ぎった顔の男が、脂ぎった手で俺を拾い上げる。
…いよいよ年貢の納め時だ。
グッバイ、俺に洗濯物を挟ませなかった…厳しい世界。
グッバイ、俺が洗濯物を挟みたかった…穏やかな世界。
バラバラになった右半身と左半身、中央の…金具。
たった三つのパーツに成り果てた俺には、成す術がない。
脂ぎった男の手の中が、俺の最後の居場所とはな。
…はは、笑っちまうぜ。
「さすが高い洗濯ばさみだけあるな…分解したのに傷ひとつついてない。」
脂ぎった男は、脂ぎった手で、俺を三つのパーツから…ひとつの誇り高き洗濯ばさみへと、変えた。
「こいつで挟まないと…俺のほっぺたの調子が悪いんだよなあ。」
「お前の相棒だもんなあ…そのわりには扱いが雑だけど!」
…俺は、誇り高き洗濯ばさみ。
俺の使命は、洗濯物をはさむこと。
だが、いつの間にか俺は…脂ぎった男の相棒になっていたようだ。
「こいつには…長く、長く…がんばってもらわないとな。」
俺は、相棒として…長く、長くがんばらねば、ならないようだ。
ずいぶん、ずいぶん…長い時間、俺は肉を挟み続けた。
ずいぶん、ずいぶん時間がたつうちに、肉に脂がなくなってきた。
ずいぶん、ずいぶん時間がたつうちに、挟める肉が少なくなってきた。
そして、俺は…挟む肉を、相棒を失ってしまった。
相棒はその身を天に帰した。
俺も、共に、天に帰るとばかり思っていたのだが。
「へえ、これが脂ししょーの愛用した洗濯ばさみ!!!」
「…ありがてえ!!ご利益ご利益!!!」
なぜか、伝説のコメディアンの愛用洗濯ばさみとして、ショーケースの中で輝いている俺が、いる。
洗濯ばさみとしての使命は果たせなかったが、俺という存在感を、この世界に知らしめている。
洗濯ばさみとしての使命は果たせなかったが、俺と相棒の軌跡を誇り、ここにいる。
…俺は、洗濯ばさみだ。
俺は世界で、ただひとつの…肉を挟んで、世界を制した、洗濯ばさみ。
俺は、自分が洗濯ばさみであることに誇りを持って…今日もショーケースの中で佇んでいる。
あぶらししょーの洗濯バサミは、お肉を挟むためにちょっと大きめなんですよ。