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ブーム

 日曜日の、朝。

 只今、私は、娘と共に、湯に浸かっている真っ最中。
 湯の温度はほんの少し高めの41度。
 5分ほど浸かっていたので、体がホクホクと熱を蓄えている。

「そろそろ…いくか」
「ええ―マジで!なんか早くない?!いいけど!!!」

 ざばりとヒノキ風呂から上がり、向かうはややひらけた窓際の一角。
 二台並ぶ、曲線美が麗しい、やや近代的なデザインの、金属フレームの、椅子。

「ねえ!!これどうやって乗るの!!!」
「うんとね、座面を跨いで豪快に尻を下ろすのさ、そうするとグインって後ろに沈み込むからそのまま身を任せて揺られたらおけ!!!」

 素っ裸で椅子中央部のメッシュ生地に腰を降ろし、緩やかな斜面にもたれかかり、両足をだらしなく投げ出す。

 ……ぐいんっ!!

 ゆら、ゆら……。

 心地よく、体が揺れる。

「あはは、なにこれ!!ちょーおもしろい!!」
「でしょう、これマジ良いよね、ロッキングチェア界の神だわ、整い椅子ととのいいすとして優秀過ぎるのなんの!!」

 整い椅子というのは、主にサウナに入ったあとに横たわる時に使われる、背もたれつきのチェアー全般のことである。
 サウナで体を煮えたぎらせて汗を搾り出したあと、水風呂にどぼんして冷却し、急速に体内温度が変化したことで発生した疲労感を回復するべく全身を預ける、至福の時間をしみじみ味わうためのスペシャルな個人ブースのようなものでしてね。
 まあ、サウナに入らずとも、湯めぐり中に休憩したくなった時に寝転がる場合も使われてるんだけどさ。連続してお湯に長いこと浸かってると疲れちゃうんだよね~。

 わりと休憩を取るために椅子を利用しているお客さんはすくなくないのだ。需要があるからか、プラスチック製の簡単な背もたれつきのものや完全に寝転がれるようなビーチチェア、リクライニングするタイプ…ここ二・三年でスーパー銭湯内…浴槽やサウナ付近でよく見かけるようになった。

 昔は銭湯の椅子といえば洗い場のやつしかなかったから、それを思えば実にサービスが行き届いている。一日の汗を流すための風呂屋から、お湯というエンタテインメントを楽しむための施設に変わったのだなあとしみじみ感じるのだなあ。わりとこう、エモいというか、なんというか。

 私は、この健康ランドのヒノキ風呂に設置されているリングロッキングチェアタイプの整い椅子がずいぶんお気に入りで、半年に一度は揺られに来ているのだ。足とひじ置きの部分がフラフープのようなワッカになっていて、座ると実に心地よくゆらゆらとゆれるのだけど、それが実になんというかアトラクション的な魅力がありましてですね。
 ちょっと自宅からは遠い位置にあるので、毎週毎月通うわけにはいかないのだけれども、今日は珍しく娘の休みと自分の休みが重なったので、久しぶりに親子で裸の付き合いというものを堪能しに来ていたり。なにげに娘はこのスーパー銭湯は初入場なので、えらそうに指南などをしてみたりですね。

「あーん、でもすぐに揺れるの止まっちゃうじゃん!つまんな!!」

 この整い椅子には、自動リクライニングやゆりかご機能は付いていない。自らが体を揺らさねば、椅子は揺れてはくれないのだ。通常であれば、着席する際の衝撃を生かして穏やかに揺れ、静止した後はただただそこで佇むだけにとどまるような利用方法に収まるのが一般的と思われる。…だが、しかし!

「フフフ・・・お嬢さん、あたしゃイイ動かし方を、知ってるんでやんす!!君、両手をこのようにまっすぐに上に向けて伸ばして御覧なさい!!はい、イチニ、イチニ……!!!」
「なにそれ!めっちゃウケる!!ちょー面白い!!!あたしもやろ!!!!」

 私の掛け声と動作に合わせて、穏やかに佇んでいた整い椅子が元気よく揺れ始める。

 整い椅子を充分堪能するためには、疲労感が増さぬよう簡単な動作で程よい揺れを得るテクニックが必要だ。通常であれば、腹筋を使って上体を起こしつつ重心を自らの体重移動でずらしてウエーブを楽しむのだろうが……、老いた我が身では上体起こしは負荷が多い。そのハードさは、休憩どころか疲労困憊に陥りかねない危険なレベルだ。

 もはや身動きひとつせずに、横たわるだけにとどめておくべきなのでは…そんなことをちらと思ってみたりしないでもない。だがしかし、この手のムーブメント機能を備えた逸品を楽しまないというのはいささか・・・いや、かなり相当もったいないと感じる私がおりましてですね。

 そこで編み出したのが、只今娘共々絶賛実施中の揺れを心地よく得るための秘儀…手の平を太陽に大作戦である!!!

 最大傾斜角度150度越えの整い椅子に身を預けたままの状態で両手を天井に向かって突き出したり手元に引っ込めたりすると、重心が移動して自動的に座面が揺れだすのだ!!手を伸ばす位置やスピードを変えれば、お好みの速度で気に入った揺れ幅で心地よい揺蕩いを楽しむことが可能という優秀っぷり!!!いやー、力学ってのは素晴らしい、ビバエネルギー保存の法則!ニュートン先生マジリスペクト!!

「でしょう、でしょう!!君は昔からバウンサーが好きだったもんねえ!!絶対気に入ると思ってたんだよ!!チャイルドシートもさあ、ゆりかごになるやつ使ってたし懐かしいでしょう!!あたしもさあ、子供のころは近所の公園で殺人ゆりかごやひっくり返るシーソーに乗って大喜びしてたクチでさあ!!!良いよね、揺れ!!てゆっかさあ、これ一般販売もしてるみたいなんだよね、もー買っちゃおっかな!!」
「家に置ける場所ないじゃん!!これ畳一枚分くらい場所とるよ?!猫がバリするかもしれないし!!却下、却下!!も~さ、毎週ここに来ればいいじゃん!!回数券買って帰ろ!!!」

 いい大人が二人して、手の平を太陽に向けつつ、ユラユラ、バタンバタンと揺れましてですね。
 ええ、回数券、しっかり買いましたとも。

 ……何度か通ううちにですね、おかしなことにですね。

「今日も先客がいる!も~、お母さんが五平餅なんか食べてるから出遅れたんだよ?!!!」
「だって!!思いっきり揺らすためには腹ごしらえがー!!!」

 ヒノキ風呂横の、整い椅子コーナーがですね。

「ああ…よく揺れていらっしゃる……」
「すごいね、四台も並んでて全部稼働中とか!!!」

 ゆら、ゆら!!

 ぐいん、ぐいん!!!

「おもしろいわねえ!!」
「ママ―!!おもしろ―い!!」
「これはええなあ…」
「これに乗るようになって、肩の調子がええでなあ」

 やけにこう、大人気というか、皆さん揃って腕を伸ばしていらっしゃるというかですね。

 ……うん、この動き、絶対に手のひらを太陽に大作戦だわ。見られていた?真似されてる?いやいや、他の人も力学ミラクルに気づいて編み出したのかも……。

 知らぬ間に、ブームの火付け役になっていたのかもしれないという、お話です……。

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たかさば
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