失礼極まりない
ピンポン♪
近年まれにみる大雪の降った次の日、朝からさんざん慣れない雪降ろしをしてへとへとになってソファに沈んでいるとチャイムが鳴った。
くそう、誰だ、こんなクソ寒い日に…。
「あのう、こんにちは、町内会の、開田と申しますけども…。」
「出島です…。」
なんだ?見たことはあるけど、あまり親しくない人の訪問だ。旦那目当てだよね、多分。
「ええと、旦那は今民生委員協議会に行ってますけど。」
「あの、奥様に、お話が…。」
私?なんだ、また旦那がなんかやらかしたのか。食事代払ってないのか、植木鉢を踏んだのか、天井ぶち抜いたのか、お供え物勝手に食ったのかそれともそれとも…。私は苛立ちながら、財布を持って玄関へ。
ドアを開けると、二人のご婦人が、なんとも言えない表情で待ち構えて、いた。
「こんにちは、ええと、なんか旦那がやらかしましたかね?」
「「・・・。」」
???なんだ?この変な空気は。
…どうしよう、旦那に電話した方がいいかな。
下手に部屋にあげて、おかしな勧誘だったりしたらめんどくさいぞ…。さて、どうする。
「あの、奥様に…お知らせ、したい、事が。」
「奥さん、気を、気をしっかりしてらしてね?!」
「はあ。」
血走った目で、右側の奥様が…差し出したのは、一枚の、写真。
「こちら…旦那さん、ですよね。」
ダブルのスーツを着込んだ、やけに難しい顔をしたデ…恰幅の良すぎる、旦那の姿が。
「はあ、そうですね。」
もうさあ、ダブルのスーツ着るとすんごい羽振りのよさそうな社長に見えるって言ったらさあ、ずーっと気に入っちゃっておんなじのばっか着てさあ…。
「この、女性…旦那さんと、ずっと一緒にいて。手も、繋いでいて。奥様に、お知らせしておいた方が良いって、主人も…!!!」
「あの、私、いい弁護士、知ってます、紹介しますから!!!」
「はい?」
・・・ちょっと待て、なんだ、この感じは。
「・・・町内会長、許せない!女の敵!!!」
「ちょっといい人のふりして、こんな、こんなひどい裏切り…許せません。」
「ええと!!なんか盛大にカン違いしてるみたいなんですけど!!!」
やけに興奮しているご婦人方に、ちょいと強めに、進言をば。
「この写真、旦那と、そのぅ…私、です‥‥。」
「「はあ?!」」
ご婦人方の目が、目がー!!!三角形になっとるがな!!!
驚き過ぎて怒りの表情になってるのか?
ひい、怖いイイい!!!
「嘘!!!!別人じゃない!!!髪の毛もふわふわで、目もパッチリで!!!」
「奥さんこんなに細くないし若くないじゃない!!!」
…めっちゃディスられてるんですけど。
「親戚の結婚式で…ドレスに合わないから、ウィッグかぶって出たんですよ。」
ひと月前、いとこの結婚式に出たんだけどね、久しぶりの結婚式出席で、着ていくドレスがさあ…ちょっと若くなり過ぎちゃってさあ…。ショートカットじゃ、どうにも似合わないってんで、ヅラかぶって出たのさ。ヅラは数年前に丸坊主にした時に買った奴なんだけどね。
普段化粧しないし、髪型も白髪だらけののんきな剣ナナコ見たいなへっぽこヘアーだし、来てる服はもこもこしたセーターばっかだし、うん、まあ、知ってる人でないと、わかんないかも?分厚い眼鏡かけてるし、コンタクトにするだけでずいぶん印象が変わるってよく言われるんだよ…。
はきなれない厚底履いたもんだから歩きにくくって、旦那に手繋いでもらってたところを激写されたらしい。旦那は化粧する人嫌いでさあ、めっちゃ機嫌悪くてホント大変だったっていうか…。そうか、まつげがキモイってさんざんぷんすかしてたあの時に取られたんだな、これ。
「嘘!!ほんとに?!」
「証拠、証拠は?!」
証拠も何も、私本人から見たら、この写真の人物は、私本人にしか見えないわけなんですけれども。…まあいいや、仕方ない、とっておきのやつ、見せるか。
「ほら、これ…マイナンバーカードの写真、見てくださいよ。ね、私でしょ?」
財布に入れていた、マイナンバーカードを見せてみる。
申請の時にさあ、提出する写真がね、履歴書用のさあ、化粧してた時のしかなくってね、まあいっかって思って、使った写真がね、まあ、いわゆる…別人にしか見えないってやつなんですけれどもね。珍しく髪セットして、化粧して、コンタクトして、リクルートスーツ着てる奴なんだけどね。地味にマイナンバーカードの受け取りに行った時に三度見ぐらいされてやな感じだったいわくつきのやつなんだけどね。
「うっそ!!何これ!!!完全偽装…詐欺メイクじゃないの!!」
「はあ?!奥さんいくつなの、旦那さんと十以上離れてる姉さん女房だとばかり!!!」
「は、ははは・・・。」
同い年の普通の女房だよ!!!
…すんげえディスられてるな、笑顔が引きつってきたぞ。
何このカオス、私にどうしろと。
「ただいまー!あれ、こんにちは、ええと、開田さんと出島さん?なんかあったの、ええとー、あそっか、もしかして回覧板の件?」
ちょうどいいタイミングで、お気に入りのダブルのスーツを着込んだ旦那がご帰宅だ。
旦那の帰宅に、あわてるご婦人が二人。
「あら!!町内会長、いつもお世話になってまして!いえいえ、違うの、ウフフ!!」
「ふふ、えっと、来年も、頑張ってね?じゃあね、また会議の時お願いね、ええ。」
スキャンダル好きっぽい、ちょっと思い込みの激しい、微妙に行動力のあるご婦人方は、ぎこちない笑顔を残して、ご帰宅あそばれた。
…なんだかなあ、変な噂にならなきゃいいけど。
「早いね、もう決まったの、来年の民生委員。」
「全然決まんなかった、もう俺やるかもしんない。」
旦那はスーツを脱ぎつつ、リビングへ向かう。
それを追いつつ、話を聞く私。
「何言ってんの、これ以上重複してやれるわけないじゃん、町内会長に体育振興会会長、PTA連合代表に和太鼓クラブの代表、おやじの会副会長に神輿会理事、母親委員会の書記にマンション組合の代表者、町の電気屋さん組合の副理事にあとなんかあったっけ?ムリムリ、何考えてんだ!!!」
「市長を励ます会と交通パトロール団長忘れてるよ、いやでもさあ、加藤さんは敬老会代表もやりながら十個も役職持ってるんだよ、御年77歳、俺は若い方だし、できるとこはやっとかないとさあ。」
昨今の若者の町内会離れは、多大なる影響を町内会に及ぼしており、慢性的な人材不足にあえいでいるのだ。若い人が越してきても町内会に入る人はまれで、役員の高齢化が大問題となっている。
「でさあ、お母さんのことが話題に出たんだけど。」
「え、やだよ、私は何もやんないよ、あんたがず――――――っと町内会に行ってるから家のこと全部私がやんないといけないんだから無理!!!」
休みの度にあっちの町内会でもめ事が起きたから呼び出されただの、平日仕事途中で家に帰ってきては太鼓の搬入に行かないといけなくなったから予定変更するだの、急に欠員出たイベントに行くことになったから車を出せだの、完全に蔑ろにされている我が家がある限り、私は絶対にこういう役員物はやらないと決めているのだ!!!
「いやいや、お母さん、民生委員には、なれないらしいよ!!!」
なんだ?旦那がめっちゃニヤニヤしている。
こういう顔をするときは…ろくでもないことが発生すると相場が決まっているのだけれども?!
「俺がさあ、お母さんにやってもらおうかって言ったらさあ、役員の人たちがみんなして!!!奥さんは無理ですっていうんだよ。」
「ふん!!そりゃあ、私があんたに毎回毎回引きずり回されてるの見て、気の毒だなあって思ってる人がいっぱいいるってことなんじゃないの!」
迎えに行ったらパンパンのごみ袋を後ろ座席にぎゅうぎゅうに詰め込まれたり、残った弁当を五つも押し付けられたり、洗濯しないといけないゼッケンを1000枚も押し付けられたり!!!そのたびに、私は旦那に怒りをぶちまけ、相当に…近隣住民の人たちから、いつも怒っている気の短い奥さんとして認識されているのだ!!!
「違う違う、うちの地域の民生委員ってさあ、初任命年齢が55歳以下って決まってんの。だからね、奥さんにはお願い出来ないんですってさ、皆が…ぷっ、ククク、ぎゃははははは!!!!」
つまり、私は…55歳以上に、見られてるって、事かい!!!!!!
ちょっと考えたらわかりそうなもんじゃん、小学校低学年の息子がいるんだぞ!!!まさかと思うけど孫とみなされてるとか?!どいつもこいつも…失礼極まりない奴らばっかだ!!!!!!!!!
「老けてて悪かったな!!!!!」
私は!!!
怒り心頭で!!!
夕食を作るためにキッチンに向かってですね!!!
大根をスッパスッパと切り倒し!!
ゆでたまごの殻をばりんばりんと割り!!
こんにゃくに包丁を突き刺し突き刺し突き刺し突き刺し…!!!
粉からしをこれでもかと練りまくり!!!!
今日のメニューはね、あっちんちんのおでんだよ!!!
怒り任せに練りに練ったからしは、相当に辛くなっててですね!!!
相当に美味かった、そういうお話です!!!