寒い部屋
ミユキのお父さんは暑がりです。
エアコンの温度はいつも16℃、お父さんと同じ部屋にいると寒くてたまりません。
そのせいで、ミユキは真夏なのにもこもこのパーカーの着用がかかせないのです。
凍えるほど寒い部屋の中で、お父さんは涼しい顔をしています。
少しくらいエアコンの温度をあげてもいいだろうと思って、ほんの2℃設定を変えただけで…、すぐに暑い暑いと騒ぎ出し、あっという間に部屋の中は凍える寒さに元通りになります。
お父さんがリビングのソファを占拠しているので、キッチンまで寒くなるのが困りものです。
真夏なのに鍋焼きうどんをお母さんにリクエストしてしまう日もめずらしくありません。
お母さんは、夏になるたびにいつもイライラしています。
暑いと言いながら、お父さんがエアコンの効いたリビングのソファーで寝てしまうからです。次の日の朝、寒い寒いと言いながら毛布にくるまって目を覚ますのをみて、電気代がかさむと怒るのです。
夏休みになってお父さんと一緒に過ごす時間が増えたミユキも、イライラする事が増えました。
服を着ても手足が冷えるし、外との温度差で体調がおかしくなってしまうからです。
お父さんがお盆休みに入りました。
普段現場で汗を流しているので、8/15~20まで毎日家でのんびり過ごすつもりなのだそうです。それを聞いて、ミユキは気が重くなりました。
なぜなら、ミユキの部屋にはテレビもパソコンもエアコンもないからです。普段、日中はリビングで過ごすことが多いのですが、お父さんがずっといるとなると、凍えて過ごすか暑い部屋で我慢をするか、どちらかを選ばなければなりません。
服をたくさん着こんだり、氷嚢付きの扇風機を回したり、熱中症警報が出ている中友達の家に遊びに行ったり、お母さんに頼んでプールに連れて行ってもらったりしましたが、ミユキの機嫌はどんどん悪くなっていきました。
「ミユキ、お父さんと一緒に映画でも見に行こうか」
「うん」
8/19、お父さんがミユキを映画に連れて行ってくれることになりました。
夏が苦手なお父さんではあるけれど、不機嫌なミユキを喜ばせようと考えたようです。
ミユキは久しぶりのお父さんとのお出かけに、ワクワクしました。お父さんはいつもお出かけの最後に、ミユキが欲しいものを一つ買ってくれるからです。ミユキは、無理かもしれないけれど、電気屋さんに寄ってエアコンをねだろうと思いました。
映画館はかなり混んでいました。
夏休み、しかもお盆付近という事でファミリーが多かったのです。人口密度が高く、少し温度も高いように思いました。
お父さんは、映画館に入った時からずっと汗を拭いていました。席に座ってからも、パンフレットでずっとパタパタと顔を仰いでいます。ミユキはそれが気になって、大好きなアニメ映画に集中できませんでしたが、一応見ることはできたので機嫌はそこまで悪くなりませんでした。
映画を見た後、フードコートで少し早めのお昼ごはんを食べる事になりました。
夏休み、しかもお盆付近という事で、まだ11時になったばかりだというのに空いた席がまばらな程度に混んでいました。
お父さんはラーメン屋の冷やし中華、ミユキはサンドイッチのセットを食べる事にしました。
二人でおいしく食べていると、横のファミリーがかまゆでうどん、隣のカップルがビビンバを持ってきて、ふうふうと湯気を飛ばしながら食事を始めました。湯気がこちらの方にまで飛んできて、温度がぐっと上がったような気がしましたが、どうする事もできません。お父さんはあふれ出した汗をぬぐいながら素早く冷やし中華を食べ終わり、甘味処で大きなかき氷を買って来ました。
「クー、冷たくて…美味い!」
冷たいかき氷を食べているお父さんは、その間一度も汗をぬぐいませんでした。
そのあと、ミユキとお父さんは家電量販店に向かいました。
かき氷が美味しかったらしいお父さんの機嫌は良く、なんと冷房専用エアコンを買ってもらえることになりました。取り付けは9月になるそうですが、来年から寒い思いも暑い思いもしなくてよくなる…それだけでミユキは天にも昇る心地でした。
お父さんは、強力なハンディタイプの扇風機を買いました。涼しさを感じられるハッカオイルも買って、これで残りの真夏日を快適に過ごせそうだと機嫌よく笑いました。
買い物を済ませたミユキとお父さんは、近所のカフェに行くことにしました。
おやつの時間だったので、ミユキはプリンアラモード、お父さんはケーキセットをアイスコーヒーで注文しました。
頼んだものが来るまでの間、ミユキとお父さんはおいしそうなメニューを見ながら楽しくお話をしていたのですが…。
「ちょっと!!寒いじゃないの!!その扇風機、止めてちょうだい!!!」
「暑苦しいわねえ、こんな涼しいところでそんな大汗かいて…」
突然、お父さんが後ろの席の奥さんたちに怒られてしまいました。
「すみません…」
「ここはあなただけの空間じゃないんですよ!他の人のことも考えてください!」
「ちょっとぐらい我慢しなさいよ、大人なんだから…」
声を荒げる奥さんのところに、店員さんが来ました。
「あの、こちらひざ掛けです、良かったら…」
「結構です!!そんな誰が使ったかわからないものなんて!!この人が我慢すれば済むことなのに、なんで私が手間をかけなきゃいけないのよ!!!」
「すっかり冷えてしまったわ…。そもそも、ここ、エアコンが利き過ぎですね。妙齢女性に厳しいお店ですね、私たち、あっちの日当たりのいい席に移動しても?」
奥さんたちは香水の匂いをまき散らしながら、日差しの入る窓際の席へと移動していきました。
また誰かに怒られてしまうかもしれないと思ったお父さんは扇風機をとめ、黙々とケーキを食べ始めました。見る見るうちに汗があふれ出しました。それをハンカチで拭いながら、急いでケーキを口に運んでいます。ミユキもお父さんにつられて、急いでプリンアラモードを大きな口を開けて頬張りました。
ついさっきまで、お父さんと一緒に大喜びでスイーツについてああでもないこうでもないと意見を交わしながらはしゃいでいたのに…味なんてほとんどしませんでした。
ケーキとアイスコーヒーを平らげ、ダラダラと垂れる汗を拭うお父さんを見て、ミユキは気の毒に思いました。
お父さんは、脂肪を脱ぐことができないので、我慢するしかないのです。
ごく普通の温度でも汗が垂れるので、常に我慢する生活を送っている、お父さん。
自分で暑さを調節しようとすると、寒いと言われてしまう、お父さん。
寒いと思ったら、服やひざ掛けで保温する事はできます。でも、暑いと思っても、服を全部脱ぐこともできないし、脱いでも暑さは感じるだろうし、不快感は解消することができないのです。
温度を下げれば他の人が凍えてしまい、迷惑をかける事になってしまうのです。
ミユキは、エアコンのお礼の気持ちも込めて…、夜中にトイレに起きた時には、お父さんに毛布を掛けてあげようと決めたのでした。