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ご自由にお入りください

「…あれ、こんな所にこんな建物、あったかな?」

一人の若い男が路肩でバイクをとめ、ヘルメットを取りながらつぶやいた。

長閑な海岸風景を楽しめることで有名なツーリングコースを訪れた男の目には、見慣れないものが映っている。

「確か前に来たときは…廃墟だったんだけどな。」

辺鄙な場所にポツンと建ち、プライベートビーチを独り占めできる事を一番の売りにした、いわゆるバブル時代のリゾートホテルが不況の煽りを受けて閉館したのは男がまだ小学生だった頃の事である。潰す資金すらなくなった建物は、ただ廃墟化し…絶景スポットを穢し続けていた、はずだったのだが。

「いつの間に、こんな立派な建物が…?」

ひらけた場所に突如現れるバブル時代とその崩壊の象徴が、どこか近代的で無機質な建物に変わっていたのである。前に男がこの場所を訪れたのは半年前であったが、その時は確かに廃墟が建っていた。

「最近は取り壊しも建築も……あっという間なんだなあ。」

男は、建物に近づいてみることにした。バイクを端に寄せ、ヘルメットを置いて、建物の方へと向かっていく。

「ご自由に…お入りください…?」

無機質な建物の入り口横には小さなプレートが付いており、そこには「ご自由にお入りください」と明記してあった。しかし、この建物が何なのか、説明のようなものは書かれてはいない。

「中に何があるのかわからないのに、入る気にはなれんな…。」

男は不審に思って、入場しようとはしなかった。

しかし、自分以外の誰かはもしかしたらこの場所についての情報を持っているのかもしれない、そう考えて男は写真を一枚撮り、ツイッターで「南海岸のツーリングコースで発見、詳細求」とつぶやいた。

男がバイクに戻ろうとした時、建物の入り口が開いた。

中から、ずいぶん体の細い男性が出てきた。

「お疲れでしょう、休んでいきませんか、無料ですよ。」

男は、なぜだか急に、中に入ってもいいかもしれないと思った。

「いいんですか、それでは、お邪魔します。」

男はバイクを残したまま、その身一つで建物の中に入っていった。

男のつぶやいたメッセージは、少しづつ拡散されていった。

―――何それ、いつの間に?
―――近所のやつ凸よろ。
―――つかご自由にって怪しすぎwww

時刻は夕方を過ぎていたので、この日はもう誰もこの場所に訪れることはなかった。


次の日、一人の少年が自転車でこの場所にやってきた。
男のツイートを見た、この辺りに住む少年が乗り込んできたのである。

「うわ!!いつの間に?!てゆっか、先週まで廃墟だったじゃん、マジで?!」

少年は自転車を建物の前に停め、入り口に向かった。

入り口横には、「ご自由にお入りください、入場無料の休憩所です」とプレートに明記されている。

「なんだ、無料の休憩所って書いてあるじゃん!あげといてやろ!」

少年はプレートの写真を撮り、「今週オープンしたらしい?タダで入れるってよ!」とツイートを流した。

…少年はまだ中学生だったので、一人で休憩所に乗り込もうとは思わなかった。

ツイートできたことに満足し、帰ろうと自転車に手を伸ばした時、建物の中から細身のお兄さんが出てきた。

「君、近所の子?良かった、ここ昨日オープンしたばかりでね、ちょっと聞きたいこともあるし、中に入ってジュースでも飲まない?」

少年はなぜだか急にとてものどが渇いてしまい…中に入ってもいいかなと思った。

「いいんですか、それでは、お邪魔します。」

少年は自転車を残したまま、その身一つで建物の中に入っていった。

少年のつぶやいたメッセージは、少しづつ拡散されていった。

―――現地民の素早さに全俺が感謝(アリガトー
―――出来立てほやほや、行くなら今だな、来週には人が集まる
―――ライダーたちに朗報キタ――(゜∀゜)――!!

時刻は夕方を過ぎていたので、この日はもう誰もこの場所に訪れることはなかった。


次の日、車に乗り合わせた中年男性が二人でこの場所にやってきた。

男と少年のツイートを見た、県内に住む男性たちが乗り込んできたのである。

「ほお、ホントにあるな。」
「車も一応停める場所があるな、四台ってとこか。」

男性は車を建物の前の開いているスペースに停め、入り口に向かった。

「バイクと自転車が置いてある、誰かもう中にいるのかもなあ。」
「誰かいるなら入りやすいじゃん、行こうぜ。」

入り口横には、「ご自由にお入りください、入場無料の休憩所です、フリードリンク完備」とプレートに明記されている。

「フリードリンクってマジか!」
「逆に怪しいな、でもまあ、とりあえず入ってみるか。」

やや横幅の広い男性はプレートの写真を撮り、「至れり尽くせりすぎて逆にコワー!※駐車スペース四台分アリ※」とツイートを流した。

自動ドアが開いて、中から楽しそうな少年の声と、男の声が聞こえてきた。

「なんか盛り上がってるな、何があるんだろ。」

男性二人は、呼び寄せられるように中に入っていった。

男性のつぶやいたメッセージは、少しづつ拡散されていった。

―――追加情報来るのハヤー!優しい人の素早さに全俺が感謝(ドゲザー
―――だが怪しさが俺をいざなう!!
―――明日の食料はここで賄うと今決めた

時刻は夕方を過ぎていたので、この日はもう誰もこの場所に訪れることはなかった。


次の日、車に乗り合わせた人たちが大勢この場所にやってきた。

男と少年と男性のツイートを見た、好奇心旺盛な人たちたちが乗り込んできたのである。

「わ、ほんとにあった!」
「車、めっちゃ停める場所あるじゃん!ハムデブたん、大ウソついてんな、呟いとこう。」

「うわ、なんかめっちゃ並んでるけど入れるの、これ。」
「並んでまでは入んなくていいかなあ…。」

「また今度こよ、ね?」
「はーいーるーのー!」

人々は車を建物の前の開いているスペースに停め、入り口に向かうが、全員入り切れない。

「たかだかジュースに並ぶのもなあ。」
「道沿いのコンビニでなんか買って帰ろうよ、ね。」

あたりを暗い雲が覆い始めた。

「雨降りそう、ここ屋根ないし濡れちゃうよ、帰ろ?」
「海沿いだからかな?なんか霧が出てきたよ、帰ろう。」

並んでいた人たちは、なぜだか急に帰りたくなってしまい…。
ぞろぞろと、停めた車に戻っていき、各々帰るべき場所に向かった。

あたりから、人の気配が一切消えた。

あたりには、深い霧が広がった。

時刻は夕方を過ぎていた。

ツイッターを見てこの場所を訪れようとするものはいたようだが、深い霧に阻まれたので皆この場所に到達することはできない。

深い霧を抜けて建物の場所に到達することは、並大抵の気概では難しくなった。

類希な決意を胸に車に乗り込んだ学生が、深い霧の中右往左往しつつ建物のところにやってきた。
車がたくさん停めてある場所から少し離れた空き地に、視界の悪いなか…なんとか停車する。

建物のほうに向かおうと、学生はドアを開け深い霧の中に身を出したが、瞬時に体がびっしょりと濡れてしまった事に躊躇した。

「こんな深い霧じゃ、建物まで行けないか…。」

学生は、なぜだか急に絶対乗り込んでやると意気込んできた気持ちがすっと消え、濡れた体のまま車に乗り込んで家に向かった。


今日はもう誰も、この場所を訪れることはない。

霧の中、建物は鈍く光を放ち始めた。

しかし、その様子に気が付くものは誰もいない。

誰もいなくなった、もう誰も訪れることのない建物入り口横には、プレートが無くなっている。

建物の中から、細身の男?が出てきた。


男?は、小さな懐中電灯のようなものを取り出すと、止まっている車を、自転車を、バイクを照らした。
赤い光が当たると、乗り物はすべて厚みを無くし…ペラペラのシート状になった。

男?はペラペラのシートを集め、再び建物の中に入っていった。
建物のドアに鍵をかけ、男は呟きはじめた。

「順調に集まって、良かったです。」

男?は建物の奥へと向かった。いくつかの入れ物に、ペラペラのシートが分けられている。

「…本当に無料は、人々を引き寄せました。」

男?は、無機物と書かれた入れ物に何枚かのシートを入れた。

「…本当に人は、無用心でした。」

男?は、女と書かれた入れ物に何枚かのシートを入れた。

「こんなにも人間が簡単に捕獲できるなんて、予測できませんでした。」

男?は、男と書かれた入れ物に何枚かのシートを入れた。

「やはり事前に用意をしておいたことが良かったのです。」

男?は、この場所に、建物を建てた存在である。

「思考調整ガスは使えるものであると結果を記録できました、言動の制御および操作に有効です。」

男?は二週間前にこの地に立ち、一週間かけて建物を解体したように見せかけ、一週間かけて建物を建築したように見せかけた。

「この時代の記録が残っていて、本当に順調な捕獲が可能でした。」

思いがけず人が集まることになったので、急遽土地を広げる処理が必要になってしまったものの、それ以外は問題が起きずに任務をこなすことができたので…満足している。

「とりあえず、目標の100体は確保できました。」

男?はツイッターから、この建物について関わったデーターを消去した。
男?のなかには、通信システムの改竄を可能にする技術が詰まっている。

「戻りましょう、未来へ。」

細身の男?は、未来からやってきた存在である。

人間ではない、無機物を構成組織にもつ…この時代で言うならば、ロボットが一番近しい存在である。

「有機物の二次元化技術はこの時代にはないのですね、不便な生活の中、人はこんなにも繁栄していたのです。」

未来から来た存在は、この時代から人を確保するべくやってきた。
まだ体力のあるこの時代の人を捕獲し、繁殖させ、再び繁栄させようという計画の下、この時代へとやってきたのである。

「情報共有技術も未熟ではありますが、使えるようになっていて助かりました、活用しました。」

未来の世界に、人はいない。

増えすぎた人は、やがて体組成組織を暴走させるようになった。

どうにもならない種の終わりを知った時、人は知を無機物に譲り、淘汰を受け入れるしかなかった。

人は、消滅してしまったのである。

人が消え、有機物がどんどん消えていく中、無機物はただただ知を得ていった。

有機物は、守らねば絶えてゆく、ひ弱な種ばかりであった。

人以外の有機物に期待し、望を託し、遺伝子を加工してきたが、何一つ繁栄する事は無かった。

どうにもならない、種の絶滅が……長く、長く、続いた。

無機物は知を重ね、やがて消えてしまった有機物という存在を求めるようになった。

無機物から作り出すことができない命という存在を求めるようになった。

過去の記録が、命の尊さを訴えた。
過去の記録が、命の存在を渇望させた。
過去の記録が、命の奪取を駆り立てた。

人が70億存在していた時代がある。
その中から、100人捕獲し、この時代で増やせばよい。

この時代の知と技術があれば、命は瞬く間に増えてゆくのだ。
人の組成物質を技術で増殖することは可能である。

しかし、もととなる人の組成物質が存在しなければ増やすことはできない。

人をある程度手に入れることができれば、そこからすべてをはじめることができる。
組成成分の培養、組成成分の複写、組成成分の生産。


霧の中、おぼろげに輝いていた建物の光が消えていく。
……転送の時が来たのだ。

「この場所の痕跡はすべて消去しておきましょう。」

建物が音も無く浮かび上がり、砂地が少し風圧で舞い上がる。

「この時代に来ることは、もうないと思われます。」

建物が消えると、あたりの霧がぶわっと吹き飛んだ。

この霧はこの建物から噴出されていたものであるから、建物が消えてしまえばすべて消えてしまう。
建物のあった場所は、ただの砂地が広がっている。

そして、夜が、明けた。


何日かすると、不可解な事件を追う記事が各メディア上を賑わせるようになった。

行方不明者の続出。
行方不明者たちの意外な共通点。
行方不明者たちが目指した場所の奇妙な出来事。

未来の存在の予測は、人の暮らすこの時代の世界を捉えきれていなかった。

人が100人いなくなり、人が慌てふためくとは予想していなかった。
人は消えてゆくことを受け入れた種であり、消えた人を求めて消えゆく人が騒ぎ立てるとは予想しなかったのだ。

消えた情報を求めて、消えゆく人が執着するとは予想していなかった。
記憶に残る不確かなものを、無遠慮に口に出すとは予想しなかったのだ。
記憶に無いことを、記憶にあると自分勝手に認知をして公言するものがいるとは予想できなかったのだ。

建物の破壊と建設についての常識は持ち合わせていたが、建物の管理体制についての常識は持ち合わせていなかった。
20年間放置されている建物に、情報を残し続けるとは予想しなかったのだ。
消えゆく建物に、消えたことを追求するものがいるとは予想できなかったのだ。

連日謎を追うものが辺鄙な海辺の町を訪れるようになった。

町がにぎわうようになり、道が混むようになった。
建物の無くなった砂地に、ゴミが埋もれるようになった。
海がやけに汚れるようになった。

98人の行方不明者を出した謎の事件は、結局解決することは無かった。

未来の存在は101人連れ去っていたのだが、事件と関与していないと認識された人が三名いた。
未解決事件として、未解決のまま、情報はファイルに綴じられる事になった。

不確かな情報は、ツイッター上をしばらく賑わせていた。
しかし、肝心のツイートがどうしても見つからない。
不具合があった無かったの論争になったが、所詮ただのつぶやきにすぎず、やがて騒ぎは収まった。

廃墟が消えていた件についても、撤去工事の事実の痕跡が一切見つからなかった。
有閑人が気まぐれに無償で撤去工事をしたらしい、そういう不確かな情報が流れ始めた。
所有者は長年撤去に頭を悩ませていたので、知らぬ間の廃墟消失を喜んだ。
時間の騒ぎのさなか砂地の土地は売却され、にぎわい始めた海辺の町の産直市場が建てられた。

いつしか事件は人々の記憶の中から薄くなっていった。


この事件を、この時代から人を持ち出した未来の存在が知るかどうか、それは誰も知らない。

この時代から人を持ち出した存在がいる時代には、誰もいないのである。


未来にいるのは、知を重ねた無機物という存在と、時間を越えて持ち込まれた人という素材なのだ。


生命体が消え、長い時間が過ぎた地球上に、生命体が生命活動を営める環境があるのかどうか、誰も知らないのだ。


生命体が生命体であるために生命体を摂取する仕組みは、生命体が生命体として活動できる期間内に完了できるのかどうか、誰も知らないのだ。


生命体ではない無機物は、過去の情報から生命体の弱さと貧弱さを推し量ることはできるが、情報にない部分についての対処には融通が利かないことを誰も知らないのだ。


誰も知らない、未来がある。
誰も知らない、出来事があった。


ご自由にお入り下さいという建物が、また不意にどこかに現れるのかも知れない。

ご自由にお入り下さいという建物に、また無用心な人が入るのかも知れない。


これからおこることなど、誰も知らないのである。


何がおこるか、誰も、知らない。


未来の知を重ねた無機物の知る出来事が、これから本当におこる出来事なのか、知る者はいない。


未来の知を重ねた無機物の知る出来事が、この時代から100人を捕獲した影響のもと、何一つ変わらずにこれからおこる出来事なのかどうか、知る者はいない。


ただ、この時代には。


何も知らない無防備な人があふれているだけなのだ。



こちら
「声で”好き”を発信したい人」のための音声コミュニティ、HEAR(ヒアー)様
にてボイスドラマ化されております。ぜひお聞きください!!




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たかさば
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