引っ越し
新しい部屋に越してきて、2週間ほどたった。
都心部のワンルーム、フローリング、バストイレ別、ロフト付き。
少々古い物件ではあるがリフォームがきちんとされており、家賃も前に住んでいたアパートと変わらなかったので、紹介されたその日に引っ越しを決めた。
アパートは和室六畳だったが、このマンションは洋室8畳に加えて4畳分のロフトまであるのだ。天井も高いし、お得感がハンパないというかさ。
俺は高所恐怖症の気があるのでロフトは荷物置き場にするしかなく、一階部分?にベッドを置いた分少々狭苦しくはなっているんだけれども。
実に快適な暮らしに、大満足していたのだが。
……やけに、じめじめするのが、気になるんだよな。
梅雨前線が活発化している影響で、もう1週間も雨が続いているのが地味に効いているに違いない。
週末には台風も通り過ぎるらしいから、まだまだカラリとは晴れ上がらないらしい。
エアコンをつけていても、なんとなく湿気がこもっていて、部屋干しの洗濯物が乾かない。
なんていうんだろう、畳の部屋だった時は、畳が湿気を吸い取ってくれていた?のか、ここまでじめじめとした空気を感じたことがないというか。
なんとなく、フローリングの上がべたべたするというか…生臭い気がするのだ。
仕事帰りに湿気取りをいくつか買って、部屋の片隅に置いてみたのだが…イマイチしっくりこない。
洗濯物をロフトの下にしこたま干しているからなあ、並大抵なことでは、湿気も取れないよなあ……。
休日の朝、合羽を着こんで、コインランドリーに駆け込んだ。
気持ち、部屋の湿気が取れたように思った。
早く台風が通り過ぎて、秋晴れになることを望んだ。
ようやく雨が上がって、晴れ渡った。
ベッドの上の布団を引っぺがし、ベランダに干した。
やけに布団が重いのは、二週間分の湿気を吸っていたからに違いない。
たまっていた洗濯物もまとめて洗い、すべて外に干した後、エアコンをドライ設定にして、飯を食いに出かけた。
飯を食っていたらツレに会った。学生時代の一番の…親友だ。珍しい事もあるもんだ。
久しぶりの邂逅に話題は尽きず、そのまま一緒にカラオケに行くことになり、ひと時の大騒ぎを楽しんだ。
帰宅する頃には日が沈みかけていた。
あわてて帰宅し、干しっぱなしになっていた布団を取り込むと、湿気が取れたのか、やけに軽くなっていて驚いた。
だが、部屋の中は相変わらずじめじめしていた。
……エアコンが壊れているのかもしれないな。
少し様子を見て、修理依頼をしようと決めた。
風呂に入ったあと、ビールを開けながらカップ麺を食い、テレビをみる。
酒が入っているからか、やけにテレビ番組が面白く感じる。
……明日は仕事だ、早めに寝るか。
ふかふかになった太陽の匂いのする布団にもぐりこみ、今日はいい夢が見えるに違いないと目を閉じた。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
……水が、垂れているような、音がする。
晩飯でビールを飲み過ぎたからか、真夜中にのどが渇いて目を覚ましてしまった俺は、しんと静まり返る部屋の中で耳障りな音を聞いた。
……。
……気のせいか?
せっかく寝入っていたのに起き上がるのも面倒だ…ベッドサイドにペットボトルでもなかったかな、暗闇の中で手を伸ばしたが、何もない。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
やっぱりどこかで、水の落ちる、音がする。
……蛇口の締め方が悪かったのか?
ちょうどいいや、のども乾いていることだ……、水を飲みに行こう。
電気をつけて、キッチンに行き、コップ一杯の水を飲んでキッチリと蛇口を締めた。
ついでに便所に行って……、部屋の電気を落とし、ベッドに入って目を閉じる。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
水の落ちる、音がする。
トイレか、風呂場から音が聞こえているのかも?
さっき用を足した時は…なんともなかったと思うけど。
再び部屋の電気をつけて、トイレと風呂へ向かうが、水の漏れている様子は、ない。
ここは五階建てのマンションの最上階だ。
古い建物だし……雨漏りでもしているのかもしれない。
どこから雨漏りをしているのだろうかと、目を凝らしてみるが…、天井は黒塗りになっているので、イマイチよくわからない。
俺は普段、コンタクトレンズをつけて過ごしているので、眼鏡では…細かい部分が、よく見えないのだ。
真夜中にコンタクトレンズをつけるのもめんどくさい。
仕方がない、明日管理会社に電話をするとして、今日は気にしないで寝るか……。
部屋の電気を落とし、ベッドに入って目を閉じる。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
気になって、眠れない。
こういうのは、一度気になっちゃうとダメなんだよな。
……明日は仕事もあるのに、困ったな。
……そうだ、タオルでも下に置けば、音が吸収されるんじゃないか?
眠たい目を擦りながら、ベッドから降り……、耳を澄ませて、水の落ちている場所を探る。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
目を細めて天井を睨み付ける俺の足の指に、水分を感じた。
どうやら、雨漏りしているところを踏み当てたらしい。
……ココか。
しゃがみこむ俺の頭の後ろに、ぽたりと水が落ちてきた。
……外の気温が熱いからか、やけにぬるい水だ。
風呂場に行って紺色の足ふきタオルを持ってきて、雨漏りのしている足もとに置いた。
……、どうやら、雨漏りの音はしなくなったようだ。
俺は濡れた足を軽く拭うと、ベッドに入って、ようやく眠ることができた。
朝起きた俺は、しけったタオルを洗濯機に放り込み、洗い終わったものを干してから会社に向かった。
昼休み、アパートの管理会社に電話をした。
「天井から雨漏りしてるんだけど、見てもらえる?あと、エアコンの調子も悪いみたいで。」
「分かりました。」
夕方に見に来てくれるそうだ。
残業にならなければいいが、そんなことを思いつつ、午後の仕事に精を出す。
「あれ…山本さん、なんか、怪我してません?襟のところに…血がついてる。」
「…へ?いや、別に何もぶつけた覚えはないけど。」
終業まであと20分となった時、経理の出川さんに声をかけられた。
「ちょっと待ってね…あれ、後頭部に、血の塊がついてる。おしぼりで拭いてあげるから、ちょっと待ってて?」
俺は血の出るようなケガは…していないはずだ。どこもぶつけた覚えはないし、頭に違和感もない…、後頭部に手をやると、確かに一部、ごわごわした部分が、ある。
「知らないうちにニキビがつぶれてるってこともありますよ!僕そういうことありましたもん、頭ってね、皮がぴんと張ってるから、裂けてもあんまり痛み感じなくて、派手に出血するんですよ。」
「病院行った方がいいんじゃないですか?自覚無しって一番怖いと思いますよ?」
「おいおい、こわいこと言うなよ!俺は健康だ!この前の健康診断でも問題なしだったし!」
「その自信がいけないんですよ、もう40なんでしょう、もっと自分の体労わった方がいいですよ!」
「まあまあ…はい、頭出して、…うーん、傷はないみたいだけどねえ……。」
なんだ、地味に、髪を女性の手でかき分けられると、こう…むずむずするな。
「ひょっとしたら、どこかで血を浴びたのかも?それが乾いてただけっぽいけど。」
「外回り行った時に引っ掛けられたんじゃないですか!」
「そんな覚えはないけどなあ。まあいいや、出川さん、ありがと……。」
経理さんにお礼を言うために、振り向くと、白いタオルが赤くにじんでいた。
……どうやら、俺の後頭部には、本当に血液がついていたらしい。
一体いつ、ついたんだろう?
「あ、どうもどうも、アイユー建設ですが!」
「ああ、お待ちしておりました、こちらです。」
帰り際に少々謎の出来事があったが、残業になることもなく、夕方五時半に帰宅することができた。
鍵を開けようとしたら、ちょうど修理業者が来たので、一緒に部屋の中に入ることになった。
「先日の大雨はねえ…けっこう雨漏りが発覚しましてねえ。今日三件目なんですよ、ええ。ちょっと脚立立てますねー。そのあとでエアコン見ますんで!」
「ああ、そうなんですね、お疲れ様です。」
干しっぱなしになっていた洗濯物を取り込みつつ、話をする。
胸に抱えた洗濯物が……やけに鉄くさい?
昨日までは、こんなことはなかったはずだけどな、そんなことを思いつつ、洗濯物をたたもうとベッドの上に放り出す。
洗濯機を見に行くと…若干鉄くさいような気がしないでもない。
「すみません、追加で洗濯機とかってみてもらえたりしませんかね?」
「……ああ、いいですよ、なんでしたかね?」
「なんかね、この洗濯機、洗った奴がやけに鉄くさくて。どこかサビてるんじゃないかなって思いましてね。」
「ちょっと見てみますね…うーん、ウチガマを外してみないと詳しいことはわかんないですけど、これステンレスだからなあ…最近古いくぎをたくさん洗ったとかないです?あとは…、鉄分多いモノ洗うと、鉄くさくなったりしますよ。…鼻血の付いたタオルとか。…ひょっとしたら断水があったのかもですね、水が濁っていたのかも?二三日様子を見て欲しいかな?」
……しばらく様子見か。まだ買って二年ほどだから、正直買い替えはしたくない。
鼻血なんかもう20年くらい出した事ないんだけどな、そんなことを思いながら…洗濯物を、畳む。
やっぱりTシャツもタオルも、枕カバーも匂うなあ…、この紺色の足ふきなんか、ずいぶんゴワゴワして……。
「……え?」
足ふきタオルをよく見ると、うっすら…色が違う場所がある。その、色の違う場所が、ごわごわと、していて……。
「うーん、天井はどこも雨漏りしてないみたいですねえ……。どこで水が落ちてたんですか?……場所、わかります?」
「あ、ここの、フローリングなんですけど。暗くてよくわからなかったんですけど、たぶんこのあたりだったと思います。」
昨日真夜中にタオルを置いた場所を指差す。
「え?ここですか?ここはロフトの下ですから…雨漏りではないですね。ロフトの上で水かなんかこぼしませんでしたか?」
「え…、あ、ホントだ、ロフトの上、見てもらってもいいですか?あの、僕高いところ苦手なんで、あんまり上りたくなくて。」
「わかりました。」
ギシッ、ギシッと…備え付けのはしごを昇って行く業者。
「うーん、何もこぼれてないですねえ……。……うん?なんだ、この傷は?……うーん……。」
体の大きな業者は、ロフトの上で何やら呟いている。歩くたびにロフトの床がミシミシと大きな音を立て、心なしかゆがんでいるような気がしないでもない。
ロフトの床を踏み抜くとかやめてくれよ……。
「雨漏りはやっぱりないですね。可能性としては、結露の落下が一番怪しいですねえ。最近湿気が多い日が続いていたじゃないですか、たぶん、湿気が結露して、この場所で集まって落下したんですよ。下からじゃわかりにくいんですけど、この辺り、ここにキズが二つあるんです、なので、そこで水分が集まっちゃったんですね、たぶん。対応策としては、エアコンをかけてもらって、湿気を取り除いてもらうぐらいですかねえ。」
しまった、言われてみれば、俺はいつもロフトの下に洗濯物をひっかけていた。おそらく、室内干しして湿気がついたんだな。滴るほどの湿気ってどうなんだ。よほどエアコンの調子が悪いとしか思えない。
「そのエアコンが調子悪いんですよ、全然乾燥してくれなくて。」
「ああ、そうでしたね、じゃあちょっと拝見しますね。」
のっしのっしとエアコンの方へ脚立を抱えて移動する業者の後を、俺も追うかと…そうだ、洗濯機、動かすか。洗ってみて鉄くさければ、原因がわかるかもしれない。
洗濯機の電源を入れ、鉄くさい洗濯物をぶち込み洗剤を入れた。
「フィルター掃除がしてないから目詰まりしてますね。これじゃあ湿気は取れないですね、今から洗っちゃいますね。洗面所借ります、今後はなるべくお掃除がんばってください。」
「ああ…そうだったんですか。ありがとうございます。」
……引っ越して二週間で、目詰まりって…するもんなのか?引っ越しの時、よほどホコリを立ててしまっていたんだろうか…?
「…よし、ちゃんと動いてますね。洗濯機も今動いてるの見ましたけど、とくに鉄くさくはないですよ。やっぱり断水だったんじゃないですかね?多分これで大丈夫だと思いますけど…また何かあったら電話してください。」
「分かりました、すみません、ありがとうございました。」
きれいになったフィルターが装着されたエアコンからは、爽やかな風が吹き出している。ずいぶんからりとした風だ、きっと部屋のじめじめもなくなるに違いない。
……そう、思っていたのだが。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
水の落ちる、音がする。
夜中の…二時。
俺は水の落ちる音で、目を覚ました。
エアコンがしっかりついているし、明日は晴れ予報だったので洗濯物は外に干してある。
なのに、なんで…湿気が。
……。
……ピチョン。
………ピチョン。
気になって、眠れない。
こういうのは、一度気になっちゃうとダメなんだよ。
……明日は仕事もあるのに、……くそっ!
……またタオルを置いて寝るか。
眠たい目を擦りながら、ベッドから降り……、耳を澄ませて、水の落ちている場所に…、出したばかりの白い足ふきタオルを投げつけた。
……。
………。
よし、音は聞こえないな。
俺は目を閉じた。
翌朝、目を覚ました俺は。
「……?なん、だ・・・?」
ぼんやりした視界に、何やら、違和感が・・・、あわてて、眼鏡をかけて、違和感の原因を探る……。
「へ?・・・へぁあっ?!」
昨日の夜投げた白い足拭きタオルが…真っ赤に、染まっていたのだ。
な、なんで赤?!あれは…血?!
足ふきタオルは厚手のモノで、真っ赤に染まるには、相当の水分が必要だ。
あの血は、いったいどこから?!……俺!?…いや、どこも……怪我していない。
まてよ、血じゃないかもしれないじゃないか、古い建物だ、サビた水道管が破裂して、その水がロフト下を伝って落ちたのかもしれない。
恐る恐る、ベッドを降りて、ロフト下をのぞき込むも…どこにも、水の垂れた跡は…ないぞ……?
……そんな馬鹿な。
この足もとの、赤く濡れたタオルは?
何がどうなっている?
俺はかがみこんで、足もとのタオルを手に取って、確認をしようと。
……。
……ポタっ。
「ひっ!!!!!!」
何やら、ヌルい液体が、俺の後頭部に……。
―――あれ…山本さん、なんか、怪我してません?襟のところに…血がついてる。
―――…へ?いや、別に何もぶつけた覚えはないけど。
―――ちょっと待ってね…あれ、後頭部に、血の塊がついてる。おしぼりで拭いてあげるから、ちょっと待ってて?
―――ひょっとしたら、どこかで血を浴びたのかも?それが乾いてただけっぽいけど。
昨日の、会社でのやり取りを思い出しながら、後頭部に、手を。
ヌルっ……。
やけに、ヌルつく、手を。
ゆっくり、自分の、目の、前に。
ひ ろ げ る と 。
手のひらに、真っ赤な、血……?!
この血はいつ?!今!たった今俺の上に落ちてきた!!!!!!!!!
俺は頭上を確認するため、下げていた目線を、上に……!!!!!
……ポタっ。
…ポタっ。
ポタ、ポタ。
ポタポタポタポタ!
ボタボタボタボタボタボタ!!!!
赤い、赤過ぎる雫が、俺の、俺の体に振り注ぐ!!!!!!
ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ
ボタボタ
ボタ ボタ ボタ
ボタ
赤、赤、赤赤、紅、赤、紅、赤、紅紅、赤、紅紅紅赤、赤、赤赤、紅、赤、紅、赤、紅紅、赤、紅紅赤、赤、赤赤、紅、赤、紅、赤、紅紅、赤、紅紅……!!!!!!!
赤に溺れそうになりながら。
紅に空気を遮断されながら。
見上げた、俺が、見たものは。
紫色に膨れ上がった、おっさんの、顔から。
目玉が、垂れ落ちる、瞬間。
……ゴッ、ゴトっ……!!!
ぼ、ぼとっ!!!
ぼと、ぼと、ぼと、ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと……!!!
肉がちぎれ、床に、叩きつけられ、る。
くずれた人の破片が、容赦なく俺に降り注、ぐ。
生ぬるい、べたつく汁が、俺に、俺にぃイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!
「ひゃわはへああアアアアアアアへがっ!!ヒ、ヒギ、ああああああああああああああアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
腰をぬかすわけにはいかない、逃げ出さねば、そう思った俺は、パンツ一丁で、部屋の外に飛び出してええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!
朝7時の、大さわぎは…近隣住民に聞こえていたようだった。
俺が頭を抱えてドアの外で震えていたら、警察がやってきた。
どうやら、隣の住民、下の住民が通報したらしい。
パニクる俺を、警察が宥めているうちに、マンションの管理者がやってきた。
「……ダメでしたか。」
どうやら、俺の引っ越してきたこの部屋は……いわくつきの物件だったようだ。
ちょうど3年前に、住人のおっさんが自殺をして、真夏だったこともあり……発見された時は液体になっていたらしい。ロフトの木枠にひもをひっかけて首を吊ったらしいのだが、骨だけが残った状態で、発見されたんだとか……。部屋はリフォームされ、事故物件に住むことを仕事としている人を何人か雇って、何度も引っ越しをしてもらって…告知義務がなくなったところで、俺が入居を決めたらしい。
「こんな所住めるかっ!引っ越します!!!」
会社は遅刻する事になるわ、引っ越しは急に決まるわ、散々な目に合った。げっそりしながら仕事に向かい、さんざん社内の人間にいじられ、慰められ、怖がられ……!
なんだかんだで残業になってしまい、夕方六時半。
俺は、先日会ったばかりの親友に電話をし、泊まりに来てくれないかと懇願した。恥をかいてもいい、俺はこの恐怖を、誰かと共に分かち合いたい。
「なんだ、情けないなあ……。」
「たのむよ、親友だろ!」
呆れながらも、駆けつけてくれた親友に、涙がでた。
夜通し色々話をしていたら、色んな愚痴を言い合いになってしまって……、気がついたら鳥が騒ぎ始める時間だ。……しまったなあ、あと二時間しか寝られないぞ。
「…俺、泊まりに来て良かったよ。色々話せて、嬉しかった。」
まだまだ話し足りなそうな親友がいるんだけど、俺は徹夜明けで仕事に行くつもりはない。
「こちらこそだよ!わりいな、俺この後仕事だからさ、ちょっと寝るわ!」
「うん、お 休 み」
俺は目を閉じ、秒で夢の世界へと……。
……ププププ、ププププ、ププププ!
スマホのアラームで目を覚ますと、……?親友の姿が、ない。
あいつも仕事があると言っていたから、先に出たのかも?なんだ、忙しい奴だな……。俺は呆れながらも、仕事に行くために身支度を手早く済ませ、恐ろしいお化け屋敷を出た。
次の日には引っ越し先が見つかって、早々に退去が決まった。引っ越し作業は、マンションの管理人が手配してくれることになった。一刻も早くここを出たいという俺の意向を汲んでくれたらしい。引っ越しの日まで、ウィークリーマンションを手配してくれたので、ありがたく使わせていただく事にした。
あれよあれよという間に、引っ越しが完了した。
せっかくの新居だ、また親友を呼んで、朝まで語り合おうと電話をかけると。
「…もし、もし……。」
「あれ?栄次くん?じゃないんですか?」
いきなり女性が電話に出たので、面食らった。
「栄次は……、三年前に、亡くなりました……。」
……はい?
……はい?!
……はいいいいいいい?!
ちょっとまて、俺は、確かに!
親友とめし、カラオケ、夜通しのディスカッション、したんだけど?!
まさか、まさかまさかまさかまさか!
親友は、もう、すでに、死んでいた……。
まさか、まさかまさかまさかまさか!
俺の、ピンチに……、駆けつけて、くれた……?
電話の女性は、親友の、奥さんだった。
3年前、単身赴任中だった親友は、人知れず命を断っていた。
形見のスマホがいきなり鳴り出したので、驚いて出たのだそうだ。
「あの、良かったら、お墓があるので。」
「わかりました……。」
奥さんから、お墓の場所を聞いたので、次の休みに花を持って出掛けることにした。
……親友の心使いに、敬意を払いたくなったのだ。
花を添えて、手を、合わせる。
……安らかに、眠れよ、親友。
ふと、墓の横の、墓誌に目がいった。
倉田栄次……享年、37歳、か……。
わかいのに、無理しやがって……。
早死にの家系なのか?
親父さんも、お袋さんも、わりと早くに亡くなっている。
となりには、享年34歳の、女性の、名前……。
…うん?
確か親友は、一人っ子で子供時代を寂しく過ごしていたと、愚痴っていた、ような。
大学生になって俺と出会い、何でも話せる、兄弟ができたような気がしたって、言っていた、ような。
没年月日は……一年、前……。
まさか。
まさか……。
俺が、電話をした、奥さんは。
……ダメだ、何が本当で、何が幽霊なのか、混乱してきた。
ちょっと、落ち着く時間が、欲しい。
俺は、墓場を出て、コーヒーショップに入った。
トールサイズのカプチーノを飲みながら、スマホをひらく。
……ふぅ。
一息ついて、スマホの画面を開くと…、なんだ、見慣れない、アイコンが出ているぞ……。
着信履歴に、見慣れない番号がある。
……なんだ、この番号は。
万年ボッチの仕事人間である俺のスマホの電話帳には、会社と妹の電話番号しか入っていない。
通話記録は着信1秒、……なんだワンギリか。
あやしいな、消しておこう。
俺は、スマホを閉じると、コーヒーを、一口飲み、今日の予定を練りはじめた。
ううォう…ぼっちで検索かけたらよしたにさんが!!
決してモデルにしたわけではなく!!
ええと、理系の四コマの頃からファンです(本当)